第15話 同僚の覚悟


大樹の同僚、緑川恵子さん。いよいよ・・。


―――――


 白と淡いブラウンを基調とした、八畳間の私の部屋。

カーテンの隙間から明るい光が入って来ている。


 はあ、うまくいかなかったなあ。もう少しで広瀬さんとホテルに入れたのに。

そうすれば・・・。


 それにしてもあの人、どういうつもりなんだろう。足を挫いたなんて言ってたけど、明らかに怪我はしていなかった。

 広瀬さんも、分かっていたんじゃないかしら。でも、私よりあの人が大事みたい。

二人のやり取りを見ていると・・。


 あの時、『また今度』と言ったけど、あれだけの事を言った後だ。今度は早々に誘いには乗ってこないだろう。


 このままでは、私の人生が、親の都合にされてしまう。両親の思いは分かるが、自分の人生だ。せめて一生連添う相手は、自分の愛する人でありたい。何とかしないと。


単独では、誘えない。


等身大の鏡を見ている。パンティ以外、何もつけていない。自分の部屋だから。

顔だって悪くない。背中の半分近くある髪の毛、決して小さくない形の良い胸。ぜい肉の付いていないしまった腰。女性として魅力的だと思う。

もちろん、キスさえしていない。

 この体は、広瀬さんのもの。他の人には、触らせない。あの時以来、私の最初は、広瀬さんと決めた。


 でも、私に振向いてもらう為には、同僚を利用するしかない。ちょっと難しいけど気を付ければ大丈夫。


父親からは、会社の為、関連企業の後継者と見合いしろという。昨日も言われた。

もう時間がない。



§

「川岸さん、今日、仕事終わった後、時間ある」

次の週の金曜日、昼食から戻った私は、隣の川岸さんに声を掛けた。


「えっ、あ、空いています」

ディスプレイから顔を外した後、私の顔を見て、嬉しそうに言った。

「少し、行かない」

「はい」


彼の声に前に座っている、山越さんが、じっと私の顔を見ている。

「山越さんも行く。良いよね。川岸さん」

「ええ、もちろんです。でも女性が二人だと」


恥ずかしそうな顔をしている。彼は、結構シャイなんだな。でも予定通り山越さんが、声を掛けて来た。

普段見ていれば山越さんが、川岸さんを好きなのは見え見えだし。掛けてこなかったら、私から言っていたから。


「そうね。じゃあ、川岸さん、広瀬さん誘ってみれば」

「分かりました」


そそくさと彼の側に行って話している。広瀬さん、最初躊躇したのは、私がいるからだろう。でも川岸さんは、私と飲みたいはず。案の定、説得に成功したようだ。


「行くそうです。でも十九時頃でないと出れないと言っていました」

「それは、問題ないよね。山越さん」

「はい、問題ないです」

彼女は、川岸さんと行けるのが、嬉しいのか。二つ返事で了解した。


今日は、帰る方向が別々なので、会社の近くの居酒屋になった。

山越さん、私。前に広瀬さん、川岸さんの順で並んだ。一次会は、これでいい。


一時間くらいすると最初硬かった座が段々緩んでくる。

川岸君は飲めるようで、結構進んでいる。山越さんは、白ワインを少しずつのんでいる。あまり強くない様だ。広瀬さんはいつものペース。


 最初の話は、定番の仕事の話から始まり、上司の愚痴や同僚の噂に進む。広瀬さんが席を外したので、私も席を外した。

 後ろをちらりと見ると川岸さんが山越さんの前に座り、楽しそうに話し始めた。

これでいい。

 彼と私がテーブルに戻って来ると二人が、結構楽しそうだ。


「そうだ、川岸君は、何処から通っているの」

「埼玉からです」

「えっ、私も埼玉からです」

「そうなんだ。じゃあ、帰りは川岸さん、山越さんをしっかりと送って行かないと行けないね」

「え、ええ」

「嬉しいな」

山越さんが、何かを期待するような目で彼を見つめている。



「もう八時半も回ったから、帰ろうか」


私の言葉で、お開きになった。当然、広瀬さんは、私と一緒。


「あの、広瀬さん・・・。まだ九時前だし、ほんの少し、渋谷に寄って行かない」


「・・・」


「ダメかな」

悲しそうな顔で下を向いた。


もう表参道を過ぎている。


「いいよ。でもちょっとだけだよ」

「うん」


私は心の中で花が開いたように嬉しかった。この前の失敗は、しない。


この前と同じカウンタバーに入る。


今日は、ちょっと胸の開きが大きい洋服を着ている。一番目のボタンを外すと結構、深く見える。

ちょっと恥ずかしいけど・・。

カウンタに並んで座り、彼はジャックダニエルのロックを、私はモスコミュールを注文した。


静かな時間が流れる。注文したお酒が目の前に置かれても彼は何も話さない。せっかくの私の胸の隙間も見ないで、カウンタの反対側に並んだボトルを見ている。


「広瀬さん」


彼は、返事をしない。


「広瀬さん。この前はごめんなさい。でも本当に私の素直な気持ちです。先週の日曜日にも父に言われました。夫となる男を見つけるか、親の勧める人と結婚するかと。

 私は。・・・」


涙が出て来た。


また時間が過ぎた。


「緑川さん。なぜ僕なの。緑川さん程、素敵な人(女性)なら、引く手数多でしょう。

僕は、取り得もない人間だよ」


私は、右に座る彼の顔をしっかりと見ながら

「そんな事ない。貴方は、私を助けてくれた。あの時」

「あの時?」


「大学からの帰り、ゼミで遅くなって、大学から正門を通らずに横道を通った時、二人の暴漢に襲われた。明りもなく、真っ暗な林の中で襲われそうになった。もう諦めかけてた時、貴方が通りかかった。

物理学部からの裏道。貴方は、二人と争いながらも私を助けてくれた。でも私は、貴方を置いて逃げてしまった。三日後貴方が、腕に包帯を巻いて、大学に来た時、私は、なんて事をしたのかと思った。すぐに声を掛けようとしたけど、貴方は友達に囲まれて話していたから。でもその後、貴方はいなくなった。後で知ったのだけど、三年から八王子校舎になったと。ずっと思っていました。私は、広瀬さんに・・。」


僕は、頭の隅に仕舞い込んでいた大学時代の記憶の引出しを引いた。

「そうか。あの時の女性は君だったのか」


私は、声を出さずに頷いた。


「あなたが居なければ・・。だから、私の初めてを広瀬さんに・・。重く考えなくていい。結婚してほしいとか言わない。他の人と一緒になるにしても、初めては、広瀬さんで有ったほしい」


涙が流れていた。


そこまで・・。僕は左に座る緑川さんの目を見つめた。


頭の中で思考が停止していた。酔いも有ったのかもしれない。お酒を飲んで理性が緩んでいたかもしれない。緑川さんのほんの少しブラウスの中から見える淡いピンクの色にそそられたのかもしれない。


「本当に僕で良いの」

何も言わずに私は頷いた。


「分かった。出ようか」


彼女は何も言わずに椅子を離れた。



§

私は、お風呂から上がって自分の部屋でドライヤを掛けていると、家の前で車が止まる音がした。

カーテンを少し開けて見ると大樹が、タクシーから降りてくる。

時計を見ると一時少し過ぎ。いくら明日が、土曜だからって。


カーテンの隙間から大樹の顔がビルや街灯で見えた。

えっ、なんで。そんな。


好きな人だから、愛しているから分かる。ほんの少しの違いが・・・。


――――


これは不味いかも。次回。波乱の展開・・?


面白そうとか次も読みたいなと思いましたらぜひ★★★頂けると投稿意欲が沸きます。

感想や、誤字脱字のご指摘待っています。


お願いします。

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