第11話 この人、痩せたなぁとか思ったりして
珍しくというか、タイラは部屋の窓を開けており、彼自身とても薄着だった。
ノックもしたしドアを開ける音も派手にしたろうに、気づいていないのだろうか。ノゾムはリビングの手前で立ち止まって様子を伺う。タイラはテーブルに軽く腰かけて空を見ている。強く風が吹いては、タイラの肩にかかっている上着を揺らしていた。
たくさん言いたいことがあったので、ノゾムはひとつずつ口に出していくつもりでとりあえずタイラの隣に立つ。
「寒くないんですか、先輩」
「……お前は暑くないのか。暖房もつけっぱなしだし、俺の隣だぞ」
「人形なんで。暑いとか寒いとかは、あんまり」
タイラが微かに笑う。「頭がぼうっとするもんで、窓を開けたんだ。熱いのか寒いのかよくわからない」と肩をすくめた。
そんなことを言って鳥肌でも立てているんじゃないかと横目で見たが、彼の素肌はもうほとんど包帯に隠されてしまっていて見えない。火傷の痕は治るどころか広がっていくようだった。
「先輩」
「ん?」
「何、見てたんすか」
言ってすぐ、後悔する。下手な聞き方をした。もちろん彼の視線の先には空しかなく、こんなことを聞いても困惑するだけだろう。
しかしそんなノゾムの思いと裏腹に、タイラは表情も変えずに「夏を」と答えた。
「夏を……見てたんすか?」
「ああ。今まで凍えるようだったから気づかなかったんだが、もうこんなに……夏だったんだな」
再度彼の視線の先を追う。ノゾムは首をかしげた。
そこには、ノゾムが夏と言われて想像するような――――たとえば底の抜けた青空などはなかった。曇り空だ。大きな雲が重そうで、だけれどその隙間から青の面影も見える。夏の日差しと雨雲が競っているように、不思議と明るい銀色だった。遠くに雷の落ちる音がする。
だけれど湿った風は確かに、夏の匂いがした。
「雨が降るでしょうね」
「そうだな。こっちも雨が降るだろうな」
まるで遠くで降っているのを見たような口ぶりだ。ノゾムは笑いながら、「何でも知ってんですね、先輩」と呟く。
面白くもないような顔をしたタイラが「雷が鳴っているのが聴こえないのか?」と言った。ノゾムは「そんな言わなくてもいいじゃないすか」と頭をかく。
「吸いてえなぁ」
「煙草ですか?」
「俺に1ヶ月も禁煙させたのはあの医者が初めてだ」
タイラが喫煙者であることは意外でも何でもない。むしろノゾムは、彼が煙草を吸っている場面を見たことがあるような気がするほどだった。もちろんそんなわけはないのだが。
だけれどこの曇天の下、煙草を燻らす彼の姿はとてもよく似合ったろうなと思った。伸びた前髪を邪魔そうにかき上げながら、煙草を指に軽く挟み、呼吸の延長のように煙を吐き出すのだ。ああ、やっぱりどこかで見たことがあるような気がする。
タイラが仕方なさそうに肩をすくめた。
「どうして部屋に来た? また腕か足が取れたのか」
「いや、それはもうだいぶ自分で縫えるようになったんで。今日は暇だから来ました。ゲームやらせてください」
呆れた顔でタイラはノゾムを見る。それから点滴台を引きずりながら歩いて行ってしまった。しばらくして、「来いよ」と振り向く。ノゾムは頷いて、素直について行った。
テレビ台の下からゲーム機を出して、タイラはノゾムに押し付ける。それを戸惑いながら受け取って、ノゾムは「繋ぎます?」と確認した。タイラは何も言わず、そこにいくつかゲームのソフトを載せる。
「あの、今日こんなにやらないっすよ。オレと先輩しかいませんし」
「ここでやるつもりになってんじゃねえよ。帰ってあいつらとやれ」
「は?」
「やるよ、それ。お前に」
マジですか、とノゾムは目を丸くした。「マジですよ」とタイラは目を細める。
載せられたゲームのソフトを手に取って確認してみた。「ああ、これ」とその一つを持ち上げる。確か、初めてこの部屋に来たとき目についたソフトだ。
「クリアしたんすか」
「いや、できなかった」
思わず顔を上げて、タイラの目を見る。タイラといったらひどく穏やかな目で、「やるよ」とまた言った。
それからタイラは手招きしてノゾムを本棚の前に連れていく。「欲しいもんはあるか」と聞いてきた。棚に並んだ書籍やDVDの数々を見てノゾムは瞬きをし、ぐっと拳を握る。「箱」と呟いた。
「段ボール箱とかないんすか?」
段ボール箱など部屋に置いていないとのことなので、致し方なく洗濯かごにゲーム機と本を全て入れる。それを見たタイラが、「盗賊みてえだな」とげらげら笑った。
「うるせえっすよ、あんた買いすぎなんだ。これどこまで読んだんすか」
「舐めるな。本は全部読破したよ」
「それは素直にすげえな……そんな時間どこにあったんだ……」
どれが面白かったですか、と聞いてみる。タイラは真面目な顔をして、何冊か手に取った。「これは、」と言い出したので「ネタバレはやめてください」と遮る。
「感想はオレが読んでからにしてください」
タイラはきょとんとして、ふっと笑う。「どれも面白かったよ、俺はセンスがいいからな」とだけ、言った。
「かご、返しに来ますね」
「それもやるよ」
洗濯かごを見下ろす。何の変哲もないそれを抱えて、「いやいらねえ……」と呟いた。タイラは吹き出して、「文句言うなよ、貰えるもんは貰っとけ」とノゾムの背中を叩く。痛くはないが、痛かったらよかったのになと少し思った。
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