柊医師のカルテ

 No.7 透明病の患者

 30代、女。理性的な性格であり、自分でこの療養所を調べてきたようだ。

 自分の意思で透明になることは可能だが、自分の意思で戻ることはできない。また、不安なことがあると意思とは関係なく透明になる。

 発症のきっかけとなるようなことについて、本人に心当たりなし(話したくないだけか?)。今では『透明になったまま元に戻らなくなるかもしれない』という不安が大きく、それだけで透明になってしまうほど。

 薬物療法のみで経過を見てゆく。

(一般病棟A-107)


【メモ】透明病について

 近代まで「体が透明になる病」と信じられてきたが、身に着けていた衣服等まで見えなくなることから、「周囲の目を徹底的に拒絶する病」であると再認識されている。メカニズムは不明。強烈な自他暗示と言わざるを得ないが……医療の現場で暗示などと……頭が痛くなる。

 精神状態の向上により改善する例が多い。


 透明病に限らず精神的要因に左右される奇病は多い。精神科医、あるいはカウンセラーを新たに雇うべきか?






 No.13 薔薇病の患者

 20代、男。素性不明。不法滞在者か? 日本語は概ね通じるが、時折聞いたことのない言語を話す。

 交通事故により近医(救急外来)に搬送され発覚した。運がいいのか、悪いのか……。

 当院に運ばれた時点で傷口(縫合が必要なものからかすり傷に至るまで)から薔薇が咲いており、除去。ただし、心臓と直接繋がっていると思われる胸の一輪のみ切断すると失血死の恐れもあったので除去できず。輸血拒否あり。

 現在事故による傷は完治しているが、薔薇病は緩やかに進行している。今後も細やかな処置が必要である。

(一般病棟B-203)


【メモ】薔薇病について

 出血箇所から薔薇が咲く奇病。患者の血液を養分として育つ(自生している?)ため、放置すると患者は出血性ショックを起こし、最悪死に至る。

 病状の進行は緩やかであることが多いものの、発症してすぐ心臓部に花が咲き、棘が皮膚を傷つけ、眠っている間に全身に花が咲いて一晩で失血死したケースもある。

 発病の原因・治療法ともに解明されていない。傷がつかないよう皮膚を守る、咲いた花を除去していく等の対症療法となる。






 No.15 ケーキ病の患者

 10代後半、女。患者の言動を不審に思った両親が、近医(精神科)に連れていき、当院へ紹介。本人は落ち着いているが、両親――――特に母親がパニックを起こしている。ひとまず入院という形で保護した。

 1週間ほど前から被食願望が出てきたらしい。問診中もしきりに自分を食べてみてほしいと訴える。「確かに美味しそうだ」と言うと、泣きながら笑った。

 検査の結果ケーキ病と断定。そのまま長期療養となる。両親には定期的な面会を推奨したが、入院以来一度も来ていない。母親の精神状態を考えると、必ずしも接触がプラスになるとは言えないところだが……。

 家庭からの隔離が必要と思われ、このまま保護を続ける。

(一般病棟B-105)


【メモ】ケーキ病について

 名前の通り、全身が余すことなくケーキのように甘くなる奇病。身体は脆くなり、また、脳も生クリームに似た物質に変換されるため知能に異常が見られる。稀に被食願望が出現。

 以前、患者の自己肯定感とケーキ病の進行についての因果関係について新説が出たが……。少々自罰的な性格の少年少女に多く見られるのは事実である。

 現在治療法はなく、完治した例もない。脆い身体をカバーしながら社会生活を送っている患者もいるらしい。






 No.16 飴喰病の患者

 10代前半、男。まだ小学生であるものの、自分から近医(内科)を受診して当院へ紹介された。

 家にあった薬物を菓子と思い食べたところ、空腹感が増幅。しかも甘いもの以外に強い拒否感があり、近くのコンビニで万引きをしようとしたが正気に戻り内科医受診という経緯。両親については……1週間ほど前に無理心中(?)で亡くなっているようだ。今回の件で発覚した。

 飴喰病は必ずしも療養が必要な奇病ではないが、少年の立場を考えて保護。投薬を続けていく。

(一般病棟A-206)


【メモ】飴喰病について

 数年前、“服用すると知能が上がる”という触れ込みであるドラッグが流行った。その副作用、薬害がこの飴喰病である。発症自体稀ではあるが、発症すると、知能指数が上がる代わりに甘いものを生涯食べ続けなければならなくなる。知らずに甘いもの以外を食べて脳死した事例が後を絶たない。

 そのような危険な代物であるのにかかわらず、未だ違法ドラッグとして根強い人気があるようだ。今回の件のように、子どもが誤って口にすることもある。

 投薬治療が可能。完治した患者もいる。






 No.22 液状病の患者

 30代、女。奇病研究家。研究の最中に液状病を発症。本人は研究を続けようとしていたが、同僚の説得により当院受診。そのまま療養所行きへ。まだ現場復帰を諦めていないようだ。

 病状については本人が一番よく理解しているようなので、こちらとしては環境を整備するのみ。液状化した身体の形を保つため、プールを用意した。

(隔離病棟C-001)

 また、一般病棟に鱗粉病の娘がいる。どうやら娘の奇病を治療するため、奇病研究家に鞍替えした科学者のようだ……。


【メモ】液状病について

 その名の通り身体が液状化する奇病。不思議と人体の形を保っており、一見しただけでは健常者と変わらない。だが水の浮力より重いものを持ったり、受け止めたりすることはできない。

 また、気温変化により蒸発したり凍結したりすると二度と元には戻らない。その場合、意思疎通が取れなくなった時点で“死”と定義づけることが多く、脳死と同様の措置となる。

 発病の原因・治療法ともに解明されていない。


 




 No.23 鱗粉病の患者

 4歳、女児。No.22の娘。生まれたときから蝶様の羽根が生えていた。扶養者の母親が液状病となり入院したため同時に入院。本人は至って健康で人懐っこい性格。

 母親と一緒に隔離病棟へ入院させることも考えたが、鱗粉病にはコレクターが多く、なるべくスタッフや他の患者の目に触れるように一般病棟行きとなった。母親と協議済み。本人は大変寂しがっていたが……。

(一般病棟A-201)


【メモ】鱗粉病について

 背中から蝶、あるいは蛾のような羽根が生える奇病。多くは先天性であり、遺伝子異常と考えられている。羽根からは鱗粉を散らすが、そこまで有害な成分は含んでいない。羽根はどうやら浮遊能力を持つようだ。

 また、将来的に言葉を話せなくなることが多い(人の言葉が、何か他の言語に上書きされている?)。言語以外(ジェスチャーやイラスト等)で意思疎通は可能であるが、ある程度進行すると少なくとも人類種とはコミュニケーションを取ろうとしなくなる。『妖精症』と呼ばれることも。

 今日において治療法はない。“あるいはこれは病などではないのかもしれない”と言った研究者もいるが……。少なくとも、人から生まれた子どもを人が諦められるはずはないだろう。






 No.28 仮面病の患者

 10代前半、男。本来は中学校に行っているべき年齢だが、未就学。しかし理性的で、知性を感じられる。

 最初は表情筋が痙攣、固まるような症状。当時かかった医師からは顔面神経麻痺と診断され、治療開始。そのまま1ヶ月経過した朝(当院受診前日)起きると、着用した覚えのない仮面が顔に張り付いていた。まるで縫い付けたかのように取れない。再度近医に受診、当院へ紹介された。

 穏やかで落ち着いた様子。『不思議ですね』と微笑む余裕さえ見られる――――が、仮面病の患者とは得てして自分の本心を表に出さないため実際のところどう思っているかは全くの不明。

 仮面病について治療法はないものの精神状態によっては十分改善の可能性はある。ただし周囲に感染するという説もあるため、隔離病棟行きとなった。

(隔離病棟D-004)


【メモ】仮面病について

 軽度の仮面病は表情筋の一時的な麻痺から始まり、その症状から顔面神経麻痺と誤診されることも多い。中等度進行で表情が一切変わらなくなり、稀に仮面のような物体を生じる。皮膚が仮面のように変化してしまうのか、それとも仮面のような物体Aが張り付いて取れなくなってしまうのか、未だ解明されていない。外科手術で仮面を取り除く処置もあるが、顔が全く変わってしまうこと、また一度除去しても再発しやすいことが難点である。

 精神的な要因が大きく、カウンセリングのみで完治した患者もいる。またこの病は他人への感染も確認されているというが、正直眉唾。共感能力・精神的伝染現象レベルの話ではないか。






 No.30 宝石病・涙石病の患者

 30代、男。発症は数か月前とのこと。些細な怪我をした際、血が固まって宝石となったらしい(この時点で宝石病と涙石病を併発していたことが伺える。同時発症か?)。なぜすぐに医療機関を受診しなかったのか聞いたところ、自分の体から出る宝石で随分儲けたよう。最近になってどのような病なのかインターネットで調べ、命を削る奇病だと知り怖くなったそうだ。

 無理もないが、極端に死を恐れている様子が見られる。落ち着かせるため具体的な病状の話をしなかったが、すでに末期か。本来血液や涙などの体液が体外へ排出されなければ結晶化しない涙石病だが、何もしなくても口内から宝石が出現するレベル(唾液から生成されているのか?)だと言う。打つ手なしと言わざるを得ない。このまま宝石を吐き続ければ1年というところだろう。

 精神状態は不安定。予後について明言は避け、療養を推奨していく。

(一般病棟B-103)


【メモ】宝石病・涙石病について

・宝石病

 心臓、あるいは脳が宝石に変わる奇病。自覚症状はほとんどなく、患者が死んだ時にようやく発覚するということも多い。患者の死体は水のように崩れ、宝石となった脳や心臓のみが残る。

・涙石病

 体外へ排出された体液が結晶化する奇病。今回の場合、宝石病を併発していることから結晶化した体液は俗に言う“宝石”と化している。結晶を生むほど寿命が縮む。メカニズムは不明。まるで鉱山から石を削り出しているようだが……。

 宝石病・涙石病ともに治療薬が存在するものの、病状の進行具合によっては意味をなさない。






 No.33 翼病の患者

 30代、女。No.28の母親。定期的にNo.28の面会に訪れており、話をする機会があったため発覚。おかしいとは思っていたが、背中に翼があることを隠しているとは……。

 まだ背骨が小さく隆起しているところに羽毛が生えている程度。衣服で十分隠れるため、外から見てもわからない。本人は翼病と認めたがらない様子だったが、説得して入院させた。

 今のところ知能レベルに変化なし。本当に自我がなくなることがあるのかと問われ、『個人差あり』と返答。納得のいかない様子ながら、治療には意欲的。

(一般病棟B-207 ※進行状況によっては隔離病棟へ)


【メモ】翼病について

 背中から翼(鱗粉病と違い、鳥類の羽根に似ている)が生える奇病。後天的なもので、病状が進行するにつれ翼も成長する。最大で2メートルほど翼を成長させた患者は、鳥のように飛ぶことができたという記録も存在する。

 末期になると自我を失う患者が多い。進行を遅らせる抑制剤はあるものの、完治した例はない。






 No.39 高熱発火病の患者

 年齢不詳(恐らく30代)、男。身分証もなく自分の生年月日すら答えられないが、それ以外の受け答えは明瞭。

 40度を超える程度の発熱あり、寒気を覚えたので近医(内科)を受診。すぐに当院へ紹介された。今まで風邪ひとつ引いたことがなかったらしく、大仰な検査に辟易としていた。

 検査の結果、高熱発火病と発覚。すぐに入院の措置をとる。予後について、概ね1ヶ月と説明。特段動揺もなくすんなり受け入れたが、発火する危険性があると伝えたところ『なぜ近医にかかった時そのような説明がなかったのか。ここに来る途中、街中で発火していたら大変なことになった』と不満をこぼす。むしろただの風邪と誤診されなかっただけ有難く思うよう諭しておいた。

 隔離病棟の防火壁に囲まれた部屋を提供。あそこに入る患者もこれで5人目となるか……。

(隔離病棟E-001)


【メモ】高熱発火病について

 端的に言えば、人体では考えられないほど体温が上昇する奇病である。メカニズムの解明はなされていないが、主に心臓部が高温となり、心臓から送り出される高温のままの血液が体中を巡ることで体温の上昇を引き起こしていると思われる。

 他の内臓・脳・皮膚が熱に強くなる等の変化はないため、概ね1ヶ月ほどで内部から火傷が広がり死に至る。

 患者の多くは絶望的な寒さを訴える。たとえば体温が100度付近になると、常温といわれる平均的な気温とは70度以上の開きがある。これは健常者からするとマイナス30度の世界であるため、高熱発火病の患者が寒さを訴えることも自然だと言える。

 しきりに寒さを訴えながら熱中症のような症状を引き起こす。思考能力が激しく損なわれた結果、焼身自殺をはかる患者も多い。そのため以前は、高熱発火病の患者は必ず発火するものと考えられていた。故にこの病気は“火葬病”とも呼ばれている。しかし、生きながら発火することは稀である。

 治療法はなく、進行を抑制することも困難。身体を冷やし続けることで少なくとも火傷を食い止めることはできるが、患者にとって拷問に近い。

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