第13話

 古谷家は、江戸の初期から続く家柄だ。

 世襲制ではなく、戦中などは女性が代理、もしくは後継の当主として収まりながらも現在まで続いて来た、守護が突起した術師だ。

 色々と隠しにくいこのご時世で、古谷家も変わらざるを得なくなり、仏教僧としての後継者も育てながら、秘かに術師としての弟子も育てる作業を余儀なくされてしまっている。

 兄弟子だった直は、僧侶として活躍しない代わりに副業に携わる資格を持ったが、志門は問題なくこの道を進むつもりだ。

 保育士が地域の守護をしているよりも、ずっと根を下ろしている家の僧侶が守護している方が、目立たなくていいだろうと考えたのもあるが、実家が殆ど崩壊してしまったために居場所がなくなった自分を受け入れてくれた古谷家に、少しでも恩が返せればと言う思いがあったのだ。

 こんな事を口に出したら、実父が目を剝くだろうし、古谷氏も当惑してしまうだろうから胸の内に秘めたままなのだが。

 僧侶の見本となる兄弟子たちも多いが、この地には術師の見本となる人たちも多く、教えてもらえることは全て学び、ここまで来た。

 その集大成の一つを、ここにぶつける。

 この動物園は、本日臨時休業している。

 森口律が、色々な特権を使って園長に顔を通し、頼み込んだのだそうだ。

 幸い、自分たち以外の客はなく、蓮たちが市原夫妻と共に入園した後、門は問題なく封鎖され、現在余計な混乱は起きていない。

 志門は塚本聖と岩切静に手伝ってもらい、札の方な仰々しいものではない印を、園内の動物たちの檻の前に配置していき、怪木が動きを活発にする前に個々の檻を覆う壁を作り上げた。

 野生の動物は捕らわれていても野生で、空気や音、匂いの僅かな変化にも敏感だから、これからの異常な状態で混乱し、体調を崩さないようにするのが、この壁の目的だ。

 完全にとは言えないが、一応動物たちの安全の確保を終えると、若者に新たに出された課題に取り掛かる。

 塚本家の元祖にそのやり方を教わり、それを自分流に改良する作業をしながら、志門はとある方角に目を向けた。

 園内に大きな影を落とす怪木と、その周りをうろちょろする人影。

 その向こう側に、人ではない気配が集まっていた。

 園内の動物たちとも違う、異形の気配。

 あれを全て生け捕るのは自分達では無理で、それは別な方々が引き受けてくれることになっていた。

 セイが新たに出した課題は、志門が考えて作り出そうとしていた物より、遥かに簡単なものだ。

 目的の者を目的の場所に瞬時に送り届ける術は、術師としては始めのうちに教わるもので、主に式神などを敵に送り込む時に使用していたと言う。

 だがそれは、初めに目的の場所に印をつけ、送り出す場所も決めて行うそうで、敵との関係性によっては、その作業は命がけだった。

「大概、その印付けが成功したら、楽勝なんだけど。うちの式神を跳ね返せるほどの強い奴は、滅多にいないんだ」

 塚本家の元祖は今朝、志門にその転送術を伝授する時、そう胸を張った。

 だが志門だけではなく、少年の隣でセイまですごいなと感嘆しているのに気づき、苦い顔になった。

「お前に褒められても、嬉しくないっ」

「何でだ? 手軽に他人を別の場所に送り込めるなんて、すごいと褒めてるのに」

「お前、あの時、私たちの居場所なんか知らなかっただろっ? 何で、いさみが作った道じゃなく、全く別な場所から、式神を投げ返してこれたんだよっ」

 勇とは、聖の曾祖母に当たる、塚本家の先々代当主の名前である。

「あんたらの家は知らなかったけど、勇には一度会ったことあるから、顔を思い出して送り返しただけだ」

 塚本家の元祖は頭を抱え、自分が出かける頃になっても若者相手に喚いていたが、問題は志門の知識よりはるか上の、次元を超えた話になってしまっているようだ。

 数年の大学生活の後、少しはその問題が分かる位に成長できていればいいのだが。

 そんな事を考えながら、志門は己の課題に挑む準備に取り掛かるが、すぐにまた考え込んだ。

 仕掛けはいいが、この仕掛けにかかった獲物が、その場でじっとしている訳がない。

 移動させる呪いを唱えている間、どうやって足止めればいいのだろうか。

「……それも、課題の一つなんでしょうね。オレや静の手を借りて、って話なんだったら、その足止めを力づくでしろって事でしょうか?」

「それは、危なくないですか? 何を捕まえるのかは知らないですけど、あれと同じくらい危険な奴なんでしょう?」

 金田健一が、腕まくりして言うのに眉を寄せたのは、何故か新高校生組の少年二人と共に、血相を変えてやって来た河原章だ。

 あれと指さしたのは、未だに枝を振り回している怪木で、その動きは衰える様子がない。

「あれほど大きくはないです、多分」

「多分?」

 首を傾げたのは、全神経で怪木を警戒しながらも、こちらの話を聞いていた速瀬伸だ。

「何が相手なのか、正体が知れないんですか?」

「いいえ。違う土地で猛威を振るっていた、虚弱な妖怪だと言うのは、情報としていただいています」

「猛威を振るってたのに、虚弱なんですか?」

 章も首を傾げ、伸と共に並ぶと恐ろしく似て見える。

 それが微笑ましく、つい表情を緩ませながら、志門は頷いた。

「私たち若輩者からすると、そんな虚弱の者たちでも、強敵なのです」

「それもそうか……あれほど大きくないってだけで、正確な大きさも驚異の度合いも分からないってことですね」

 似通った二人の少年が仲良く唸る中、聖が切り出した。

「一番簡単なやり方は、前もって呪いを唱えて置いて、仕掛けを敷いた場所に誘き出したら、一気に術を仕掛けるって方法なんですけど、その間、術者は戦力外になるし、それこそ相手の些細な動きで失敗することもあるんで、タイミングは大事です」

 何より誘き出すにしても、その相手が術者に襲い掛かる誘き出し方では、元も子もない。

「その点は、心配しないでください。志門さんは私が、何に代えてもお守りします。だから、あなた方で、その獲物を誘き出せるように動いて下さい」

 真顔で、静が言い切った。

「それは、危なくないか?」

 思わず章が反論したが、少女は一瞥しただけだ。

 代わりに健一が、宥めるように返す。

「何に代えてもというのは、やめて欲しいが、お前なら問題ねえだろ」

「勿論です」

「色々と、訊きたいことはありますが、まずはこの状況の打破が先ですね」

 友人と少女の会話を見守り、静かに考えていた伸が聖に目を向けて切り出した。

 それを受けて、少年が頷いて答える。

「ポチと同種の怪木を、退治したことがある人の話を、うちの父が聞いてくれました」

 先程、父親からの連絡を受けた聖は、気楽に切り出したのだが、三人の少年が驚いた顔になった。

「え。退治できるんですか、あれを?」

「いや、退治しないと、不味いでしょう。ああなると、ポチは元に戻らず由良君を捕食しちゃうんですよ」

「そ、そうだが……」

「何人がかりで、退治したんだ、その人?」

 戸惑う伸の代わりに、章が真顔で問いかける。

 聖は父親の呆れ声を思い出しながら、説明した。

「一度目は雄株の怪木で、その人はそれの核になるものを、剣で一刺しして動きを止めて、地面から引きはがして空に放り投げて……」

「は?」

「空中に焚き木火を持って飛び上がって、それに火をつけて、燃やしたそうです。二度目は、その人の知り合いが……」

「ちょっと待て」

「何だ?」

 章が話を遮り、内容の異常性を指摘する前に、健一と伸が真顔で頷いた。

「成程。地面から引きはがして火をつけるのは、市原先輩でもできるな」

「ああ。問題は、核となるものの動きを止める方法だな」

「おい、何で、当然のごとく納得できるんだっ? 核の動きは兎も角、空に放り投げるのは、並じゃあ出来ねえだろうっ?」

 思わず、役柄を忘れて素で突っ込む章に、健一が目を丸くした。

「核になるもんの動き、止める方法が分かるのかっ?」

「いくらでも考え付くだろうがっ。除草剤でも動きを止めるくらいだ、植物相手の対処でも充分だろうっ」

「そうか。お前、頭いいなっ」

「ああ。その核の場所が分かれば、二重に頭がいいんだがな」

 心臓となる核が分かればそこを狙えばいいが、あそこまで大きくなった樹木を枯らすには、それだけの除草剤が必要だ。

 健一が手放しで褒める横で、伸がそれを指摘して、章を睨んだ。

「さっきも見たように、一つの枝でもかなり暴れる。全体にあれを使うとなると、どんな暴れ方をするか、想像もつかない」

「……オレの半端な力では、一気にあれ全体を凍らすことも出来ない、か」

「今日は、乾燥している分、樹木も燃えやすいだろうが、あのまま燃やすと延焼の危険がある」

 志門たちが園内の檻の保護をしているが、限度がある。

 だから、動きを最小限にしてから、一気に燃やすと言う方法しかない。

「聖その、退治法を知っている人の、二つ目の方法は、どんなものなんだ?」

 煮詰まった章の、苦し紛れの問いかけに、聖はあっさりと答えた。

「その人の知り合いが、剣で核ごと真っ二つに……」

「もっと無理じゃねえかっ」

 鋭い突込みに頷き、少年は苦笑した。

「まあ、僕たちは高みの見物でもいいんじゃないか? もしもの為に、退治経験者が二人、待機してるんだから」

 そんな気楽な言い分に、静も頷いた。

「それに、セイは動いていないですが、動いていないのはあの人だけ、です」

 他の人は、最小限の手助けをしてくれている。

 だから、ここにいる面々は、あの怪木の件が解決した後の、隠れた問題に立ち向かう要員として、必要だった。

「我々では役不足でしょうが、水月先輩も体力の温存に勤めている所を見ると、あの人もその要員なんですね?」

「はい。それに若は、あの山に謹慎していると言うだけで、動けないという訳ではありません」

 志門が言い切り、ようやくこの後の事情を深く話し出した。

 今迄関わった事がない部類の問題に、章は話を理解する時間が必要だったが、免疫があった他の少年少女の呑み込みは早かった。

「分かりました。じゃあ、その囮となりそうな先輩方の傍で、待機しておきます」

 伸がまず頷き、健一もにやりと笑う。

「どこから来るか分からないなら、その分張り合いがあるって事か。楽しみだなっ」

「呑気だな。お前、頭大丈夫か?」

 納得したと言うよりも開き直ったらしい章は、健一のワクワク顔を見て呆れ返っている。

 三人三様の少年を見て、志門は頭を下げた。

「大丈夫だとは思いますが、あの三人の事、よろしくお願いいたします。ああいう人たちですが、私にとっては友人である事には変わらないのです」

「分かっていますって。距離感がつかめない内に、卒業してしまっただけでしょ? ああいう人たちだけど、その位察してくれてますよ」

「……そうでしょうか」

 同年の少年たちも三人三様で、何を感じて察してくれているのか、判断できない。

 人付き合いに慣れていないから、友人たちを苦手視している志門だったが、嫌ってはいない。

 普段はあまり気にしていないが、こういう時心配するくらいには興味のある友人たちだった。

 同じように大人たちに試されている立場としても、この試練を乗り越えて欲しいと思いながら、志門は後輩の少年たちを送り出した。


 生き物には、どんな種族にも心臓の様な器官がある。

「だが、植物は明確にその器官が分からない」

 小枝をペン代わりに、森口水月が地面に木の絵をかきながらそう切り出すと、臨時の生物教師となった少年の、生徒代わりとなった少女二人が、真顔で頷いた。

「植物は、葉っぱと根っこで天と地から、めい一杯の栄養を集める」

地面からと日光浴で栄養を取る植物は、一度根付いたらよっぽどの事がない限り、その場から動く必要がない。

だが、葉や実を切り離されたくらいでは、本体に支障は出ない。

「というか、動ける類の物であったら、生態系も変わっていただろう。食虫植物ならぬ、食肉植物なるものも、誕生していたかもしれん。頑丈で生命力もある植物の類が、そちらの知恵を付けるように成長しなかったのが、動物たちにとっては幸いな話だったな」

 種を存続させる事だけに知恵を付ける樹木と違い、この怪木はどちらかというと動物に近い。

「我々哺乳類と同じで、心臓の役割をする場所を潰せば、動きも止まる」

「つまり、それを探すのが、まずは先決という事ですね?」

「ああ。だが……それを探されることが不味いと言う事を、ポチは本能で知っているようだな」

 空を仰ぐと、触手のように動く枝が、由良だけではなく周囲の者にまで攻撃を始めていた。

 地面で、根っこまで無数に動く気配もある。

「本能というより、煽り過ぎたせいかもしれんが」

 市原凪も金田健一も、由良を連れて飛び回る様は、妙に楽しそうだ。

 翻弄するのはいいが、余りやり過ぎると危険なのは、どんな動物でも一緒だ。

 暇を持て余し、戦力外の女子相手にポチの種族に関する知っている限りの事を、頭に浮かぶままに話していたが、そろそろ避難を考える頃合いかもしれないとも思っていた。

 避難すると言う事は、この場から動くと言う事で、その気配に反応されたら少々厄介だ。

 自分や長身の藤田弥生は兎も角、吉本朋美は成長途上の少女だ。

 下手に動くと、由良と間違えられてしまうかもしれない。

 動く場合の危険とここに止まる場合の危険、どちらの可能性が高いか。

 そんな考えを秤に乗せながら、水月は苦い顔になった。

 長い年月の中で、たった一人の弟子は恐ろしく目敏くなった。

 今日は万が一のことを考えて、こっそり武器に見えない道具を持参しようと思っていたのだが、それにことごとく気づかれ、取り上げられてしまった。

 お蔭で、身に付けているのは小遣いの入った財布と、卒業祝いに貰った懐中時計だけだ。

 先程は、拳大の石で対応したが、その程度の威力では牽制ならまだしも、護衛しながらの避難は難しい。

「……小銭を使うのは、勿体ないしな」

 心配そうに怪木を見上げる少女たちの後ろで、秘かに呟いた少年の言葉に、呆れ声が答えた。

「あんたからそんな、現実的な言葉を聞く事になるとはな。それだけでも、ここまで来たかいがあったと言うものか?」

「仕方ないだろう。この世の中、暮らしやすい環境ではあるが、金がないと色々と不便なんだ」

 突然、かけられた声に驚いたのは傍の少女たちだけで、水月は驚く事なく返して振り返った。

「まあ、それはオレも身に沁みてはいるが、あんたの口から聞くとまた違うな。時代は変わったと実感できる」

 のんびりと笑い、そこに立つ若者は仕込み杖を、鞘がついたまま地面に突き立てた。

 僅かに地面が震え、気配が遠のく。

 金色の瞳を、今は同じくらいに成長した水月に向け、鏡月はのんびりと言った。

「あんたはまだ、動く必要はない。あんたやあの旦那のように、あれを退治したことはないが、やれない事もないだろうから、もしもの時はオレか蓮が責任持つ」

「奴らは本当に、のこのことやって来てるな」

 話について行けない少女たちに構わず、水月はにやりと笑い、不意に空を仰ぐ。

「……想定よりも、虚弱に見えるんだが。今のオレだと、未だ加減が不安な位の奴らだ」

「そうか?」

「ああ。何か、他に武器になるものは持っていないか? 律の奴、財布と懐中時計しか見逃してくれなかったんだ」

 真顔になった頼みに、鏡月は再び呆れ顔になった。

 溜息を吐きながら地面から仕込み杖を引き抜き、のんびりと答える。

「充分な武器を、持たせてるじゃないか」

「小銭は、勿体ないだろう。時代劇では、穴の開いた銅貨を武器にする主人公がいるが、現実でやるのはまた違うだろう?」

「そっちじゃない、時計の方だ。それ、元々は、これの中身だ」

 しれっと若者が指さすのは、さっき地面から引き抜いた仕込み杖だ。

「外身はオレが形見で貰ったが、中身は律が持って行った。ずっと大事にばらさずに持っていたが、あんたが戻ったんだから、返すつもりなんだろう」

「……いや、あの刀が元にしては、小さすぎる」

 鏡月の言葉を聞きながら、少年は懐中時計を取り出し、手の中でしげしげと見つめていたが、そんな感想しか湧かない。

「返すなら、元の形で返せばいいだろうに、何を考えてるんだっ」

「あの形だと、法律に障るから、苦肉の策だろう」

 ここにいない愛弟子に毒づく水月に答える、鏡月の持つ仕込み杖の中身も刀のはずだが、それは棚上げにしている。

「もう一つ加工中だとは聞いているから、怒らずに待っていてやれよ。それは武器にはならんかもしれないが、今作成中の奴は、役に立つ代物のはずだ」

「……そうか。まあ、そう言う事なら、今日の所はこれで、何とかするか」

 意味ありげに言われただけでは、到底納得いかないが、鏡月の太鼓判は信用してもいいかと、水月は気を取り直した。

 愛弟子の律が、自分の為に苦心してくれているのも痛いほどわかるから、余り文句も言えない。

 納得したら、別な事が気になった。

「……鏡月」

「ん?」

「その中身、お前の刀か?」

「……」

 一瞬、目を見張った若者は、すぐにのんびりと笑った。

「じゃあな。楽しんで帰ってくれ」

「おい」

 少年の声を敢て聞き流して背を向け、若者はすぐにその場を去っていく。

 その背を見送り、水月は再び苦い顔になった。

 盲目になった鏡月が、あの仕込み杖を持っている場面を見たのは今日が初めてで、その中身の事など考えることもなかったのだが……。

「あいつ、えぐい事をしてくれたな」

 想像するだけで胸焼けして、立ち直る時間が必要になった。

 幸い話の蚊帳の外にいた少女たちが、二人の会話にきょとんとしている間に、水月は気を取り直して笑顔を浮かべる事が出来た。

「あれを相手にしている子らは大変だろうが、何とかなるだろう」

「そ、そうなんですか?」

 人見知りが過ぎて、弥生の傍から離れない朋美が、初めて自分に問いを投げた。

 少し慣れてくれたかと優しい気持ちで笑いかけ、答える。

「暴走しがちな根や枝は、あの子らの師匠格の連中が動いているようだ。後は、本体の退治だけに集中すれば、すぐに終わる。それまでは、ここで見物していような」

 まだまだ、高みの見物をしていても、障りはない様だ。

 そう判断した水月は、空を仰いで怪木を見上げた。

 

 高野晴彦が持って来た情報は、有力ではあるが二人の幼馴染を唸らせるには充分なものだった。

「確かに、速瀬たちが枝を一部枯らしたにもかかわらず、全く動じない所は植物だが、攻撃する奴を牽制する意思はあるようだな」

 心臓と言うより、脳の役割をする物が、どこかにある。

「その位置は?」

「どうやら、個々で違うらしい。うちのひい祖父さんの記憶では三人、あの怪木と同じ種を退治した人がいるんだが、全部、真似できない」

 全て、核のようなものを狙っての行動だからだ。

 しかも、全員が力技だ。

「一人は核を刺した上で、力技で空中に放り投げて火をつけ、一人は核ごと一刀両断。もう一人は、全停止の呪いをかけた針状の剣を、やり投げの要領で空から核に突き刺した、か。全員、おかしいだろう」

 結果、全然参考にならない。

 三人が盛大に唸る中、市原里沙が飛び回る金田健一と真倉由良を見守りながら呟く。

「その、核となるものが見つからないなら、それごと壊すしかないわね……」

「ええ。焼き払う、というのが一番だと思うんですが、ああも動き回られると……」

「動物園が、大火事に見舞われるわね」

 今のご時世、知らぬふりして逃げることは出来ない。

 速瀬伸が唸る横で、怪木の動きを見上げていた河原章が、考えながら切り出した。

「除草剤が効いたのなら、それと同じようなもので、一気に動きを止められるかもしれないですね」

「その、一気に動きを止める物が、分からないんだ。何か心当たりあるか?」

 篠原和泉の問いに唸るのは、章だけではなくその場の全員だ。

 らちが明かないので、各々植物と樹木について知っている事を並べてみる。

「葉っぱで光合成をして、栄養を集めます」

「種類によっては僅かな土の水分でも大丈夫だけど、水がないと干からびて枯れちゃう」

「水を取り過ぎても、根腐れしてしまう」

「木や植物が出す蜜を求めて、虫が寄って来るから、それを利用して繁殖しているのよね」

「でも、虫の種類によっては、天敵にもなるわよね」

「虫……」

 何気なく市原凪が最後に並べた言葉に、和泉が反応した。

「確か、樹木に群がって食い尽くす類の虫が、いたよな?」

 何故か、顔を引き攣らせた和泉の確認の言葉に、晴彦が頷く。

「家の柱なんかを食らう虫も、その類だろ」

「食害虫と言うやつね。良い手だけど、後を考えるとちょっと使えないわね。大体、こんな所で手に入る虫じゃないわ」

 里沙が現実問題を突き付け、何故か青褪めている凪がその横で何度も頷く。

「それは、出来ないわよ。残念だけど、いないものは仕方ないわよね」

「……ここは、動物園ですから、いないとは言い切れないですけど。食害虫はどうでしたっけ」

「いや、いても、展示している動物を逃がすのは、どうなんだ?」

 章が真顔で反論し、伸も真顔で返す。

 更に青褪める凪に、晴彦は笑って宥めるように言った。

「ここから探しに行って戻るのは、時間的にも体力的にも無理だ。この場に持参している奴がいたら、話は別だろうが……」

「いるわけないでしょっ。そんな虫なんか……」

「いや」

 喚くように返す凪を遮ったのは、顔を引き攣らせたままの和泉だった。

 振り返った幼馴染二人を見つめ、言い切る。

「……持参、しちまった」

「……何を?」

「だから、その虫を、だ」

 塚本家の当主の甥っ子は、恐る恐るジャケットのポケットに手を入れ、それを取り出した。

 硬式野球のボール大のそれは、禍々しい空気を纏っている。

「な、何? それ?」

「……塚本家元祖特性、白アリの蠱毒、だそうだ」

 その場の全員が無言で後ずさり、和泉から距離を取った。

「こ、蠱毒って、沢山の虫を器に入れて、生き残った個体を呪いに使うって言う、あれっ?」

 悲鳴交じりの凪の問いに、顔を引き攣らせたまま和泉は無言で頷いた。

「それの、白アリって、一体、何作ってんだその人はっ」

 晴彦の当然の言い分にも、和泉は何度も頷き、答えた。

「叔父貴が聞いたところによると、大昔、元祖が仕えていた人が、ある武将にはめられて、討たれたと思い込んで、その人たちが作った城を物理的に壊してやろうと思い立って、作ったそうだ」

 実行する前に、主の無事が分かってとどまり放置されたが、気づいたら一匹だったそれは、甕いっぱいに増えていた。

「仕方ないからこの形に封印して、倉の奥底に仕舞ったまま、最近まで忘れていたそうだ」

 それを、ここに来る直前、何故か訪問して来た叔父の塚本伊織に貰ってしまった。

「……待ち合わせ時間ギリギリで、家の中に戻って置いてくる暇が、なかったんだ……」

 言い訳しながらも、もしやと思う。

「あのタイミングで、こんなものを意味なく渡す程、叔父貴は変人じゃない。多分、これが一番あれの退治に適していると、そう言ってるんだろう」

「しかし、白アリなんか使ったら、ポチだけで留まるとは思えません」

 檻は殆どが鉄筋製のようだが、木が使われていないわけでもない。

 伸がそう指摘すると、晴彦が考え考え返した。

「ポチだけに仕掛けて、動かなくなるのを見計らって、凪が火を付ければ、どうだ?」

「……頃合いを見て、火は消してしまえば、うまくすれば延焼させずに済むかも」

 里沙も頷き、青ざめたままの凪を見た。

「どう? 出来る?」

「……虫に襲わせた上に、燃やせって言うのっ?」

「そうするしかないでしょう? あなたは、ポチと由良君、どっちが大事?」

「どっちともまだ、親しくないけどっ?」

 考える事すらしたくないと、激しく首を振る少年に、和泉が表情を改めて慎重に尋ねる。

「親しいか親しくないかじゃなく、お前は、ただの植物と人間の子供、どっちを取る?」

「……ひどいよ。何で、こんなことさせるの? あの人、子供には優しいんじゃなかったのっ?」

 頭を抱えた凪の毒づく先は、ポチを暴走させた男だ。

 晴彦が苦い顔で頷き、言った。

「怒りは最もだが、心配するな。今頃雅さんが、観覧車に乗せてくれてるはずだ」

「それが、何だって言うのよっ」

「ここを見下ろすように言ってくれてるはずだ、きっと。それで、充分反省してくれる。それで足りなかったら、オレたちで乗せちまおう」

「何で、観覧車縛りなんだ?」

 珍しく黒い笑顔を浮かべた晴彦は、和泉の突込みを笑って流し、話を戻した。

「なるだけ、ポチの所で虫を留めたまま焼けば、被害は最小にできるだろう。比較的空気も乾燥してるし。良かったな、今日は快晴で」

 言った晴彦とそれを目の前で聞いた和泉が、揃って首を傾げた。

 どこかで、同じセリフを聞いた気がする。

「……方針が、決まりましたね」

 考える二人に構わず話を収め、伸が由良を抱えて飛び回っている健一に合図した。

 すぐに戻って来た少年が、もう何の反応もしない少年を、凪に手渡す。

「じゃあ、後は頑張ってくださいね。オレたち、ここで見てます」

「う、うん」

 まだ乗り気でない凪を促し、和泉は怪木を見上げた。

 ようやく、この事態を何とかできそうだった。

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