第3話

 小中高と附属しているのなら、大学までついていてくれれば良かったのに。

 岩切静いわきりしずかは、ある山を見上げながら、この一月余り幾度となくぼやいき、周囲を苦笑させていた嘆きを、盛大にぶり返していた。

 静は今度、中学三年生になる。

 弟子仲間の一人は一つ年上で中学を卒業したが、高校も同じ学園の棟違いなので、何の感慨も抱かず祝福できた。

 だが、もう一人の弟子仲間は今度高校を卒業したら、本格的な勉強をする為に大学に進学する。

 仏教寺の跡取りが、本格的にその勉強をする学校が、この地にはまだない。

 通信教育にはその分野もあるかもしれないが、空気も感じて来てはという古谷ふるや氏の意見で、その跡取りはあと数日でこの地から旅立つこととなった。

 中等部の終業式は昨日で、その一週間前卒業生は巣立ち、宅習期間に入った。

 高等部の卒業生は更に前に巣立ち、就職を選んだ者も進学を選んだ者も、その準備に明け暮れている頃なのだが、古谷志門しもんは古谷家にいなかった。

 何でも、この山に建つ家に、入りびたりらしい。

「まあ、理由は承知しているが、時々はこちらに戻っておいでと、伝えておくれ」

 そんな古谷氏の言伝を持って、静はこの山の前に立っていた。

 この山は昔から、古谷家が私有しており、小さな立札が数か所、立てられていた。

 見えなかったと立ち入る者はこの地には殆どいないが、時々立ち入って勝手に迷ってしまっている者もいた。

 いつもは鬱陶しいと放って置くその哀れな迷い人を、今日はもやもやとした物を晴らす的にしてしまおうと考えていたのだが、そう言う時に限って見当たらない。

 残念に思いながらも、静は少しだけ足早に、山の傾斜を登っていた。

 頂上まで一時間程の小さな山だが、中学生でも小柄な少女にはいい運動になる。

 久し振りに登ったために、少し息を切らしながら辿り着いたのは、山の中にある屋敷だった。

 自分の目線程の高さの生垣と、門が見えた所で足を緩め、深呼吸する。

 門をくぐって玄関前に立つと、そこから見える庭の方へと視線を映した。

 庭に面した縁側に、ぽつんと腰かける若者がいる。

 薄色の金髪と透き通るような白い肌のその若者は、灰色の作務衣を身に付けて、まだ寒い空気の中、ぼんやりと空を見上げていた。

 珍しくのんびりとしているその若者に明るく声をかけ、静は傍に近づく。

 鈍い反応で振り返ったところを見ると、どうやら空を仰いだまま眠っていたらしい。

 近づいた少女を見止め、ゆっくり瞬きをしてから、表情を緩めた。

「おはよう。珍しいな、こんな朝早くから、山登りか?」

 気分が重くても、この表情を見るとすっと晴れてくるから不思議だ。

 そう思いながら、静は挨拶を返して用件を告げる。

「こちらに、志門さんがいると聞いたんですが」

「志門? ああ、ずっと、入りびたりだったらしいな」

 少しだけ目を見開いて頷き、若者はちらりと家の奥へと目を向ける。

「今もいるけど、復活はまだ無理みたいだ」

「?」

 意味不明な言葉に首を傾げる少女を促し、縁側から家へと招き入れ、若者はさらに奥の方に向かう。

 庭に面した部屋の長机の傍に控えめに正座していると、ようやく目当ての少年が顔を見せた。

 挨拶をしようと顔を上げた静は、その顔を見て思わず別な言葉を投げた。

「ど、どうしたんですかっ? どこか、具合でも悪いんですか?」

 挨拶のために口を開いていた少年が、ぐっと詰まって口を閉じ、人のいい笑顔を浮かべる。

 だが、その顔色はすぐれない。

「少し、無理をし過ぎてしまいまして」

「と、兎に角、座って下さいっ。お茶、用意してきますっ」

「え、お客さんは、あなたでは……」

 志門が戸惑って言うのに構わず、静は無理に少年を座らせ、代わりに立ち上がった。

 台所の場所も、食器の場所も把握している少女だったが、その必要はなかった。

 丁度廊下から歩いて来た、この家の本来の住民が、その準備を済ませて戻って来たのだ。

「ん? 来なかったか、志門は? 一応、声をかけておいたんだけど」

 目を瞬いて部屋を覗き、少女を見下ろした。

「何か、欲しいものでもあったのか?」

「いえ……」

 言い淀んで萎んだ静は、そのまま大人しく部屋の中に戻り、さっきの場所に正座した。

 妙な空気になっている二人を見比べ、若者は盆を畳の上に置き、無造作に茶菓子を長机に置く。

 急須にポットから湯を注ぎながら、何気ない口調で切り出した。

「静は、朝は食べたのか?」

「あ、はい」

「そうか。私も志門も、本当はこんなものじゃなく、白いご飯と焼き魚とみそ汁を食べたいんだけど、折り詰めを持って来るから、何も食べるなと言われて、お預け状態なんだ」

 無感情に溜息を吐く若者の言葉は、少しだけうんざりと響く。

 話が端的すぎて、深い事情は分からないが、要は誰かからか朝ご飯を作って持って来ると連絡が来て、素直にそれを待っていると言う事らしい。

「だから、お疲れモードなんですか?」

 心配そうに志門を見て言うと、少年は慌てて首を振った。

「い、いいえ。それは、全く関係ない……訳ではありませんが、拍車をかける事態では、あります」

 根が正直な先輩は、苦しそうに答えた。

「先程、完膚なきまでに叩き潰された挙句、楽しみである朝食を、未だ戴けていないのです」

「別に、強要はしてないだろ。私は、待つように言われてるけど。気にせずに、あるもので済ませてもいいぞ」

「そんな。若を差し置いて、一人焼き魚を食べるなんて、出来ませんっ」

「……いいハゼが、捕れたんだけどな……」

 新鮮なうちに食べたいからと、今も水を張った大きな盥に、数匹入れたままだという若者は無感情に言うが、随分永い付き合いになってきた静には、心底残念だと思っているのが見て取れた。

「夜、あいつらに、酒の肴にされる未来しか、待っていなさそうだ」

 暗い二人に困った少女は、話を変えようと明るく問いかけた。

「セイが朝からのんびりしているの、珍しいですね。お仕事はないんですか?」

 その問いかけは、余計なものだったらしい。

 若者セイが天井を仰ぎ、志門が言いにくそうに答えた。

「この一週間ほど、ずっとぼんやりとしておられます」

「ずっと、じゃないだろ。時々は、お前の相手をしてるじゃないか」

「は、はい」

 無感情に訂正され、志門が再びうなだれてしまった。

「え、お相手って……珍しく、修業を付けていたんですか、あなたがっ?」

「修業?」

 驚いた少女より驚き、セイが聞き返す。

「え? 違うんですか?」

「……そうか、あれも修業になるのか。一応、術の内だな、そう言えば」

 無感情に納得する若者とは対照的に、志門の方は首をすくめてさらに小さくなった。

「ここに休養で戻ってから暇を持て余していたら、暇なら何か課題を下さいと言われたんだ」

 真摯な顔で言われたので、セイは少し考えてその課題を出した。

「どんな課題ですか?」

 志門が憔悴するほどのどんな難題を、若者は振ったのだろう。

 息を詰めた少女に、若者はあっさりと答えた。

「作りたい術を作って見たらどうだ、そう言っただけだ」

「……それ、一番困る奴じゃないですかっ」

「そうか?」

「そうですよっ。晩御飯は何がいいか訊かれて、何でもいいと答える様なものですっ」

 的を外した例えを出した静の言葉に、セイはハッとした表情になった。

「それは、困るな。作ったはいいが、それを落胆顔で迎えられたら、更に困る」

 何で、主婦目線の話で、納得できるんだろう。

 そう疑問を持つ少女に、志門が憔悴した顔のまま説明した。

「オリジナルの術を作って、この数日何度か披露しているのですが、中々合格点に達することが出来ず……今日も、落胆されてしまったのです」

 主婦目線での、例え通りの状況だった。

「セイ……」

「うん、済まなかった。ちゃんとした課題を出した方が、いいか? 例えば、式神を一体作れとか、穢れを身に付けた妖怪を一体探して、浄化して来いとか……」

「それ、宅習期間中に、終わる課題ですか?」

「一週間の期限付きなら、出来るだろう?」

 真面目な顔になって考える志門に慌て、静はセイを窘めた。

「あなたの基準で、決めないでくださいっ」

「じゃあ、どうすればいいんだ? 程々で、合格させた方がいいのか? 分身にするなら、もう少し動かせないと、使えないと思うんだけど」

「……分身?」

 耳を疑った少女に、少年は溜息を吐いて説明した。

「姿かたちは似ても、同じように動けないのでは、分身としては使えないのです。服も再現できるのに、何故かどうしても、再現できないものがありまして……どうすればいいのか。出来れば、この地を離れるまでに、完成したいのですが」

 先程も、その術を披露し、言われていた通りに若者と手合わせさせたのだが、たった一撃で、掻き消えてしまった。

「初めは、デコピンで簡単に弾けたけど、今日は手刀で弾けた」

「いいえ、分かっています。若の気分で、弾き方を変えているだけで、進歩に変わりはないのでしょう? 下手な慰めは、余計に苦しいです」

「……」

 体力も精神力も全てつぎ込んだそれが、一瞬で消えるさまを見て落胆する志門を見るのが、最近の朝の日課となっているのだという。

「変な日課を、作らないでください」

「朝食を食べた後には、復活してるから、そこまで心配しなくてもいい筈だ」

 志門の基準は、静の考えていたものよりも、セイの方に近い。

 それに気づいた少女の反論は、先程の勢いを失くしてしまっていた。

 志門はそんな静を心配そうに見やり、湯飲みに茶を注いで二人の前に出した若者が、立ち上がって部屋を出て行ったのを機に、そっと声をかけた。

「あの、何か悩み事でも、あったのですか?」

 何て優しいのだと、胸を詰まらせながら、そう言えば言伝も頼まれていたと思い出し、少女は切り出した。

「古谷さんから、時々は家に顔を出すようにと、言伝を貰ってきました。卒業式を終えてからすぐ、こちらに入り浸りだそうですね?」

 伺うように顔を覗きこむと、今度は志門が声を詰まらせた。

 咳払いして、溜息を吐く。

「何か、悩みがあるのは、志門さんの方では?」

「いえ、悩みという程、難しい話ではないのです。ただ、この地を離れるまで会わずに済ませたい人が、一人おりまして……」

 困った顔ながら、そう控えめに言い訳した少年の言葉で、静は思い当たった。

 知らず、顔を顰めてしまう。

 何故か苦い顔になった少女を、志門は心配そうに見つめてきたので、静は無理に表情を改めた。

「……そうですか。もしかしたら、私も泳がされたのかも知れません」

 声に剣が籠ってしまったのは、仕方がない。

 わざわざ、終業式を終えた後の静を訪ねて来た志門の同級生たちの思惑に、遅ればせながら、気づいてしまったのだ。

 戸惑い顔の少年に、少女は苦い顔で今日朝早くから山登りして来た理由を話した。

「実は昨日の夕方、市原いちはら先輩と高野たかの先輩が、揃って家に訪ねて来てきました。遊びに行かないかと」

 卒業旅行のようなものだと、市原なぎは言った。

 参加者は凪の幼馴染の高野晴彦はるひこ篠原和泉しのはらいずみ、同級生の藤田弥生ふじたやよい、中等部の卒業生の金田健一かねだけんいち速瀬伸はやせしんと、初等部卒業生の塚本聖つかもとひじりとその友人も、誘っているという。

「男ばかりでむさ苦しいからと、里沙りささんを誘ったら、私も誘ってはどうかと言われたと。森口もりぐちさんも誘ったけど、この面子で行きづらいのなら、吉本よしもとさんや志門さんも誘ってみてと……言われて、来たんですが……」

 話の始めで顔を強張らせ、最後辺りで深い溜息と共に顔を伏せてしまった少年に、言葉を切った少女はそっと謝った。

「すみません。二人しか訪ねて来なかったものですから、ついつい、単純な感情でここまで来てしまいました」

 恐らく画策者は、一緒に訪ねて来なかった先輩だ。

 謝っても顔を上げない志門を見つめながら、静は拳を握った。

 あの眼鏡、普段は外見負けの軽さのくせに、時々妙に賢い策を立てる。

 見え透いた手に引っかかった軽さを棚に上げて、少女が心の中で毒づいていると、志門がゆっくりと顔を上げた。

 まだ眉を寄せてはいるが、それは困惑の為だった。

「……卒業式の後、篠原君から卒業旅行に行かないかと誘われたんですが、断りました」

 きっぱりと断ったはずなのに、その後の宅習期間にも、頻繁に古谷家に尋ねて来る。

 断るのも億劫になった志門は、無人のこの家に避難して来た。

「どうやら、この家は敷居が高いと考えているようで、あの人が訪ねて来ることはなかったのです……」

 この数十日は、登校日以外、広い部屋の掃除や家事をしながら、自習していた。

「先週、若が戻られてからは、課題を与えて戴けたので、有意義な休みとなっていたのですが……まさか、そんな画策をしているとは」

 若、とはセイの敬称だ。

 周囲の大人が、全く抵抗なくそう呼んでいるので、志門もそう呼んでいる。

 本人は、呼ばれる度に複雑そうな顔になるのだが、面と向かって拒否されたことはないので、そう呼ぶ者は増える一方だ。

 静は話を聞いて、少しだけ不思議に思った。

「先週からあの人は、ここに入り浸りなんですか? 珍しいですね」

 年末年始は仕事の合間に挨拶回りで忙しく、元旦からの三が日はこの家で挨拶の訪問を接客する。

 それ以外の日は、仮眠以外で立ち寄る事がないと、師匠にも聞いていた。

 そのせいで、用事がある時にも、捕まらない事があると。

 そんなセイが、一週間もこの家で、のんびりしていると言う事は……。

「何か、重大な失敗で、謹慎しているんですか?」

 思わず、声を潜めて問う静に、志門は人のいい顔を曇らせて首を振った。

「それが、はっきりしないのです。戻られてすぐ、ひと眠りし始めたら、その可能性もあると思ったのですが……」

 一週間前の朝、ひょっこりと戻って来たセイは、そのままのんびりと過ごし始めた。

 家の掃除をしようにも、それは志門が毎日している為、全くの手持無沙汰になっているようなのだが、仕事に向かう気配がない。

「今朝、川に魚とりに出掛けた若が、お客様が来るとおっしゃっていたので、もしかしたらこのお客様が、いつ訪ねていらっしゃるのか分からなかったから、待っておられたのではと思ったのですが……」

 七輪を用意して待っていたら、その客が朝食を持って来ると、妙に嫌そうに付け加えられたのだと、志門は顔を曇らせたまま言った。

 不自然な動きに疑問は尽きないが、子供に自分達がその疑問を解決できるとは思えず、静は話を戻すことにした。

「……行先は、県内の動物園だそうです。アトラクションも少ないながらあるし、楽しめる筈との事です」

 入場料もそれほど高くないし、人数が多ければ団体割も使えるから、お得でしょ? 

 と、凪はいつもよりもにこやかに、説明していた。

 静も説明口調になりながら、困惑顔になった志門を見ていた。

「……そんなに、行きたくないのですか?」

「そういう訳ではないのです。ただ……」

 そっと問う少女に、少年は困惑顔のまま答えた。

「物事の節目とは言え、その事で友人たちだけで騒ぐという行為が、よく分からないのです」

 卒業式を無事に終えた後、古谷家でもささやかに祝ってもらった。

 ずっと苦労ばかりかけていた人たちに、ようやく一人前になったと言って貰えたようで、とても嬉しかった。

 だが、元同級生と共に行くこの旅行と言うものは、どう言う意味を持つのかが、いまいち分からない。

「そこまで深く考える話ではないです。単に、この地を離れる志門さんと、思い出作りをしたい、そう言う理由だと思います」

 静がゆっくりと言ったが、志門はまだ困惑したままだ。

「この地を離れると言っても、問題なく進級できれば四年で戻るのに、思い出が必要ですか?」

 少女が目を見開き、すぐに顔を伏せた。

 その様子に驚く少年に、つい本音が漏れた。

「……離れる方は短いんでしょうけど、見送る方からすると、四年でも永いんです」

 予想以上に掠れた声で、自分でも驚いたが、志門はもっとぎょっとしたようだった。

「し、静さん?」

 狼狽えて呼びかけたその声に、けたたましい音が重なって、二人は揃って肩を跳ね上げた。

 目覚まし時計の、ベルの音だ。

 置時計すらないこの家に、そんなものがあるとは思わず、素で驚いた静がその発信源を探す前に、唐突にその音は止まった。

「はい」

 代わりに、無感情の声が答える。

 言いながら、若者は縁側から立ち上がり、中庭の方へと履物を吐いて出て行く。

「……」

 いつの間に、さっきと同じ場所に座っていたのか。

 唖然としつつも、何となく先の音の出所を察した。

 どうやら、あのけたたましいアラーム音は、セイの携帯電話の着信音らしい。

 ついつい湿った空気になりかけていた少女は、電話を受けている若者を見ながら、どうでもいい事が気になった。

「? あんな人形、つけてましたっけ?」

 呟いた静の目線の先のものを見て、志門が答えた。

「確か、静さんが中学に上がった年に、雅さんから戴いたものだったと思います。どこぞのゲームセンターで釣り上げたとか」

「はあ、相変わらず、物持ちがいいですね」

 携帯電話も、出会った頃から変わっていない気がする。

 感心している二人の目線の先で、セイは相手の話に耳を澄ませていたが、話が途切れた合間を縫って答えた。

「申し訳ないですが、今は、この山から出られないんです。こちらに来ていただけるなら、相談位は聞けますが……それは、家庭内の事情という奴で……」

 言いかけた若者は、不意に携帯電話を耳から遠ざけた。

 大音量で文句を言う相手が、落ち着くまで待って、静かに告げた。

「愚痴くらいなら、いくらでも聞きますから、もし体力に自信があるのでしたら、いらしてください。……はい、では」

 電話を切ったセイは、そのまま画面を見下ろし、少し眉を寄せた。

「……微妙な所だな」

 ぽつりと呟いた声音も、いつもより苦い。

 表情よりも声の方が感情の出にくい若者の、珍しい様子が気になり、静は思わず尋ねた。

「本日予定の、お客様ですか?」

「いや。でも、今は、招きたくない客、だな」

 珍しい答えに、二人が驚く中、セイは溜息を吐きながら呟く。

「招きたくないけど、あの勢いだと来るな……」

 多くを語らない若者は、二人が見守る中、先程の場所に再び腰を下ろしたが、再びけたたましい目覚まし時計のベルが、鳴り響いた。

「済まない。真面目な話してたみたいなのに、邪魔してるな」

「……いえ」

 溜息を吐きながら二人に小さく謝り、セイは再び立ち上がって電話を受けた。

 正確には、邪魔をしているのは若者ではなく、着信音だ。

 何でわざわざ、目覚ましのアラームの、ベルの方の音を選曲しているのか。

 しかも、大音量の設定だ。

 そんな不満を言葉にせず、静は気を改めて志門を見た。

 話を戻されると察し、背筋を伸ばした少年にこちらの頼みを口にする前に、若者の声が耳に届いた。

「……ん? 塚本さん達も? 聖も一緒なのか。分かった、くれぐれも無茶させるなよ。……ああ、まだ戻ってない。子供が二人来てるだけだ。ああ、待ってるよ」

 手短に返事しながら通話を終え、携帯電話を手に振り返ったセイは、目を見張って振り返る少女に気付いた。

「どうした? 気にせず、雑談してろ」

「……塚本聖君が、この山に来るんですか?」

 何をそんなに驚いているのかと、不思議そうにする志門に構わず、少女が問うと、若者はあっさりと頷いた。

「昨夜、退院できたそうだ」

「早くないですかっ? 確か、二週間ほど前に、病院に重傷で運び込まれたって……」

 目を剝く静の向かいで、志門も驚いて目を見開いた。

 そんな二人を見比べ、セイは小さく頷いて答えた。

「そうか、岩切さんは知ってたのか。ああ。一週間前に意識を取り戻した、昨日、退院できたそうだ」

「そうですか、良かったですね」

 静はほっとしたが、初耳だった志門は目を見張ったまま固まり、次いで声を上げた。

「この山を、登って来るんですか? それは、無茶では?」

 その当然の心配に気付き、少女も遅まきながらハッとする。

「そ、そうでしたっ。ここの方たちは、そういう心配をしなくてもいい方ばかりなので、忘れていました。小学生を卒業したばかりの子が、大怪我を負った後、たった二週間で山登りなんてっ」

「いざとなったら、抱えて来ると言ってたから、大丈夫だろ。葵さんもいるし」

 一人取り乱していない若者は、静かに二人を宥めた。

 携帯画面を覗いて小さく息を吐き、縁側に上がりながら呟く。

「今日は、朝から千客万来だな」

 隣の部屋で、接客準備を始めた若者を、少年少女は手伝ってから先程の部屋に落ち着いたのだが……。

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