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地平線に向かって真っ直ぐに伸びる国道へ出た。山越えが終わったのだ。
途中、再び例の谷を通った。カウボーイは少女に花を摘むかと訊ねたが、彼女は「いらない」と短く答えた。それ以外、二人の間に会話はなかった。
行きとは違い、帰りは皮肉に感じてしまうほど何のトラブルにも見舞われなかった。老カウボーイが今戦うべき相手は、夜通し動き続けたことによる疲労と、目的地までの遠さだけだった。
日は既に頂点を過ぎているが、ポラックを走らせれば夕方にはポートへ着くはずだ。
「一日分、超過だな」カウボーイは軽口を叩いたが、それに反応する者はいなかった。
蹄が地面を蹴り、強化馬は飛ぶように荒野を駆ける。
少女の沈黙の理由は、カウボーイにもわかる。そこに批難の色が含まれていることも。
だが、他に方法はなかった。
彼女を救うには、ああするしかなかった。
『あなたはバカよ』カウボーイの思考を読み取ったようなタイミングで、コニーが言った。あるいは、通信機を通して彼の内省が届いたのかもしれない。『わたしにはバックアップがあるって言ったじゃない』
「それはコピーであって、今のお前ではないだろう」
『そんなこと、あちらのわたしには関係ないわ。今まで通りの生活に戻るだけだもの』
「お前はどうなんだ」
コニーは言いよどむ。少ししてから、呻くように言う。
『――誰かの大切な思い出を奪ってまで、生きたいとは思わないわ』
「ずいぶん汐らしいじゃないか。転送時間が短かったが、やはりデータの欠落があったのかもしれないな」
『茶化さないで』声だけでも、彼女がむくれるのがわかる。
「お前は何も奪っちゃいない」カウボーイは言った。「器の中身を捨てたのは俺自身だ。お前は空いたところにたまたま入ってきたに過ぎない」
『その中身は』少女の声が詰まる。『捨てていいものではないじゃない』
「――何か見たのか」
『このストレージに展開された時、ログが見えたわ』
カウボーイは口を噤む。
『メッセージファイルの送信元、知ってるわ。あなたの奥さんと娘さんは、あのサーバにいたのね』
カウボーイは何も答えない。
『どうして、そんな大事なデータを消したりしたの?』
カウボーイは地平線に目を向ける。そこに、真っ青な空に向かって立ち昇る一筋の黒煙を見た気がしたが、幻はほどなくして消えた。
しばらく馬に揺られてから、彼はやがて口を開く。
「前に進もうと思ったんだ」
『前に?』
「ああ、前に」と、老カウボーイは頷いた。「そうするように言われたからな」
『いつかきっと後悔するわよ』少女はまだ納得がいかぬ調子で言った。
「今までずっとし通しだった。もう慣れてる」カウボーイは笑った。彼だけが笑っていた。「まあ、安心しろ。そのチップほど完全じゃないが、俺の頭にだって記憶は残ってる。夢に出てくるぐらいにはな」
『知ってる』と、コニーは言った。『寝言で何度も呼んでいたもの』
「聞いたのか」
『聞こえるほど大きかったのよ』
「これからは時々、お前の名前も呼んでやる」
『結構よ。今まで一度も呼ばなかったくせに。どうせ覚えていないんでしょう?』
「まあ、そう言うな。お嬢様」
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