4-3
月以外にろくな明かりのない、暗い山道を進んでいく。夜目の利くポラックでなければできない芸当だ。
道は一本で、迷いようがなかった。いつ〈狼〉が現れるかと身構えていたが、結局その後ろ姿さえ見えなかった。
山を越え、別の荒野を見渡せる場所に出た。こちら側にも、人間の営みによる明かりはない。あるのは、その痕跡が月明かりを浴びて作り出す影だけだ。廃墟と化した建物、河川の上で崩れた橋――。それらの中にあって、否応なく目を引くものが一つだけあった。
煌々と輝く、光の塊。うねる鉄骨と、大きな円形の影も見える。
遊園地だ。
打ち捨てられた施設に明かりが灯され、暗闇の中に浮かび上がっている。だがそこに、人の気配は感じられない。既に死んだ者が、体内に入り込んだ別の何かの意思で無理矢理動かされているような違和感が、そこにはある。
カウボーイは首を振り、ポラックを向かわせた。たとえどんな形であれ、無視するわけにはいかない。明らかに自分を誘う罠だとしても。
近づくにつれ、光の塊の中ではそれぞれのアトラクションが稼働しているのがわかってくる。観覧車はゆっくりと回り、ローラーコースターは波打つコースの上を滑っている。メリーゴーランドでは幻惑的な音楽の中、馬たちが駆け巡っている。いずれにも共通して、人間の姿はない。
メインゲートの前でポラックから降りる。構造物の多い園内では馬に乗っている方が小回りが利かず危険だという判断からだった。右手でライフルを持つ。左腕は、ポンプを引くぐらいの動きならば取れるまでに回復している。
カウボーイは、己を奮い立たせる思いで息を吐いた。何度か首を振り、ようやく心を決めた。
ゲートをくぐる。かつては多くの家族連れが通ったであろうこの場所には、今は電磁ライフルを携えた老カウボーイの姿しかない。恐らくは、今までここを通った誰よりも重い足取りで、誰もしたことないほどに周囲を警戒しながら、彼は進んでいく。
無人の券売所を通り、噴水広場に出る。広場から放射状に道が伸びており、一番太い正面の目抜き通りは、大きなジェットコースターへと続いている。カウボーイはその道を選ぶ。これが罠であるならば、手っ取り早く事を済ませるために、選択肢など用意するとは思えなかった。
目抜き通りの両側では、フリーフォールや回転遊具が光と音楽を放ちながら動いている。それらの影から〈狼〉なり〈鷲〉が現れる光景は容易に想像できたが、警戒に反し、何もでてくることはなかった。
アトラクションの前を一つ通り過ぎるたび、カウボーイは大きな疲労に見舞われた。そのうちに、あるいは本当に何もいないのではないか、という考えが浮かんできた。本当にここは、ただの遊園地の廃墟なのではないか?
カウボーイはそうした声を追い払う。それが都合のいい希望であることは、周りのやかましさが何よりの証明であった。サーバ世界を維持できぬほどの電力不足にあえぐ人類が、どうして無人の廃墟をこうも明るく照らすというのか。その理由を考えるより、ボットが張った罠だとする方がはるかに簡単だった。
彼女のチップが無事ならば、とカウボーイは通信機を高周波に切り替えた。「聞こえるか」と小声で呼びかけてみると、通信機からはノイズが響いた。彼は体を一層強ばらせ、辺りを見回した。ボットの影がないことを確かめてから、聞こえてくるノイズに意識を振り分けた。
ノイズは方向によって、音程が上下した。目抜き通りの奥に向かうと、音の粒が細かくなった。さらに進んでいくにつれ、音は鮮明になっていく。やがれそれは声になり、言葉になる。少女の発する言葉に。
『――来てはダメ――』
足を止める。というより、体が先に反応した。
通信機から聞こえる声のせいもあったが、生物としての本能が危機を察したのだ。
そこは目抜き通りの終点となっている、ジェットコースター前の広場だった。周囲をベンチで囲まれた広場の中心に、何かの影がうずくまるように座っている。
大きな、獣のような形をした何かが。
〈母〉――。
『ダメ、逃げて』
声に訊き返そうとしたところで、カウボーイは周りでコンクリートを踏みならす硬い足音を聞いた。〈狼〉たちが、彼を取り囲んでいた。
迷っている暇はなかった。カウボーイは地面を蹴って道の脇にある茂みに飛び込んだ。手入れがなく毛羽立った芝生の上を数回転がり、そのまま起き上がって駆け出した。振り向かずとも、背後から〈狼〉たちが追ってくるのがわかった。
走りながら、辺りを見回す。夜空に突き出た観覧車が目を引いた。彼はそちらへ足を向ける。
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