4-2

 森の中にも、そして再び戻った谷底にも、〈狼〉たちの姿はなかった。

 谷底では、花の絨毯が月明かりに照らされ、青白い光を放っていた。美しさが行きすぎて、毒々しささえ覚える光景だった。その中を、ポラックは進んでいく。

 目的の場所へたどり着くとカウボーイは馬を下り、花に埋まった血まみれの通信機を拾い上げた。闇の中から〈狼〉が飛び出してくる気配もなく、辺りは相変わらずしんとしている。風の渡る音さえ聞こえない、静かな夜である。

 それからカウボーイは、ファーボを探す。

 だが、見渡す限り腕の一本も落ちてはいない。考えてみれば、これは奇妙なことだった。ボットたちの目的は、人間を初めとする人型オブジェクトの破壊である。壊したものを綺麗に片付ける必要などどこにもない。

 機械が食ったとでもいうのだろうか、と考え、カウボーイはハッとする。

 ボットはあくまで機械で、彼らが繁殖することはない。だが、その数は人類の大半を現実世界から追いやるほどに増え、今も増殖を続けている。

 主立った製造施設はボットとの戦いが始まって間もなく破壊され、一旦は人間たちもそれで事が済んだと思い込んでいた。ところが、造物主に対して牙を剥いた機械たちの方が上手だった。彼らは必要な素材を取り込み、体内でボットを作り出す個体を用意したのである。全長十メートルを超える巨体でありながら移動する脚を備えたそれは、さながら〈歩く製造工場〉であった。

 物理世界で〈母〉と呼ばれるその個体は、〈狼〉を初めとする他のボットに狩りをさせる。そうして次のボットを産み出すための材料を集めるのだ。集めた獲物は、ファーボならボットたちの部品に、生身の人間であれば人工筋を作るためのタンパク源となる。

 これまでも〈母〉が罠を張ることが知られていたが、単純な待ち伏せなどがほとんどだった。人間の感性に訴えておびき寄せるなどという話は、少なくとも老カウボーイは聞いたことがなかった。何より彼を慄然とさせたのは、ボットたちがの住人へその魔手を伸ばしたことである。谷底に花の咲く光景をネットに流したのは、おそらくボット自身である。この光景を見て、生きて帰れた者はいないはずだ。そうでなければ、この場所が罠としての機能を失うのだから。

 カウボーイは花を一輪摘み取る。月明かりにかざしてよく観察してみると、それが生花ではなく、質感を本物に似せた造花であることがわかる。

 彼は、自分がまだ生きている事実について考える。この花畑が罠としてあり続けるためには、彼もまた生きて帰されることはないはずだ。肩を負傷した時点で、長くはないと判断されたのか? それは考えづらい。ボットたちと地続きにある現代の医療技術について、彼らが判断を誤るはずがない。

 自分は、生かされている。罠はまだ続いている。

 老カウボーイはそこから、ある答えを導き出す。

 

 手の中にある造花と、襲ってこない〈狼〉たちがその証拠であった。一応の辻褄が合うという以上の根拠はないが、それが信ずるに足る何よりの要素であるように思われる。

 自分が試されているのだと、カウボーイは自覚する。このまま踵を返し、山を下りることもできるだろう。だが、罪悪感という頸木がそれを許さないことを、ボットは見抜いている。少なくとも、老カウボーイに対してはそれが最小の手間での有効手段だと判断したのだろう。

 行くのか、とポラックが訊ねてきた。

 カウボーイは摘み取った花を捨てた。

「まだ、約束までに時間はあるからな」

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