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 川のせせらぎが耳に入ってくるほどに容態は落ち着いてきた。

 カウボーイは岩の上で仰向けになっていた。左肩の治療用パッチに触れてみると、痛みはあるが耐えられないほどではない。抗生ナノマシンが利いたようで、大きな腫れも熱もない。応急処置は成功したようだ。

 辺りはすっかり闇に包まれている。目の前に広がる夜空には、粉を振りまいたような星の光が広がっている。

 またしても、コニーのことが頭に浮かぶ。最後に目にした彼女の姿を思い出す度、カウボーイの中では何かが切り刻まれる。そこへ後悔が押し寄せてきて、全てを飲み尽くす。彼はその波頭の中から顔を出し、少女が最後に発した「わたしは大丈夫」という言葉にすがるが、それさえも自分が作り出した都合のいい幻なのではないかという疑念で融かされてしまう。

 時刻を確かめると、あれから十二時間が経過している。ファーボは破壊し尽くされているだろう。意識を載せたチップさえ破壊されていなければ、は無事だろうが――。

 だが、カウボーイはなかなか起き上がることができない。起き上がったところでどうするべきか、判断がつかない。

 戻って少女のファーボを回収するのか?

 それを見越して〈狼〉たちは待ち受けているのではないのか?

 彼女のチップは無事なのか?

 バックアップがあるというのは本当だろうか?

 これ以上、自分に何ができるというのか?

 老カウボーイは右の手のひらで目を覆う。そうだ。

 

 幼い息子の白い手が、彼の手をすり抜けていった時のように。

 青空へ昇っていく黒煙を、荒野に立って見上げるしかなかった時のように。

 彼には、何もできない。

 ただ目の前で起こったことを、受け入れるしかない。


 生温かい空気が頬に当たった。闇の中で、面長の影がのぞき込んできていた。カウボーイはその影に手を伸ばす。

「お前は、怪我はないか」

 ない、と言葉ではない返事が伝わってくる。

「そうか」

 これからどうする、と問いが来る。

「これから、か」カウボーイは夜空を見上げながら考える。

 答えはどこにも見当たらない。その代わりに、頻りと瞬いている星が目に付く。

 それは星ではなく、通信機が彼の視界に表示させているレーダーだった。他のカウボーイの通信機を捜索した時のものが残ったままだったのだが、体内に入った抗生ナノマシンの影響か視界表示が不鮮明になっているらしい。

 同心円の端では光点が明滅している。通信機を拾い損ねたことを、カウボーイは思い出した。

 またあそこに戻るのかと思うと、全身が鉛のように重くなる。

 だが、逃げてはならないという気持ちも、彼の中には確かに存在した。せめてチップだけでも持ち帰らなければ。

 これからどうする。ポラックが再び問うてくる。

 老カウボーイはレーダー上で点滅する光を掴む思いで右手を空に伸ばし、拳を作ってまた開く。己の手が、己の意思で動くことを確認する。

 自分が、まだ動けることを確認する。

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