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『パパ、メッセージありがとう。顔を見られなかったのは残念だけど、声だけでも聞けてよかった。ちょっと老けた? それとも、お酒のせい?
こっちは相変わらず穏やかな毎日です。通信環境の悪さも相変わらずだけど。
みんな、ここでの生活にも慣れたみたい。二年も経つんだから当たり前よね。わたしは来年からハイスクールです。パパは忘れてしまったかもしれないけど。そっちでは、もっと時間が経ってるんだもんね。
ママは半年前から病院で働き始めました。
サーバの中なのに病院が必要だなんてね。
こっちに来る前、パパからは聞いていたけど、心のどこかでは信じてなかった。でもここでは本当に何もかもがそっちにいた時のままなの。病気にもなれば怪我もする。死ぬことだってあるわ。ただ時間の流れがそっちより遅いというだけで、あとは何も変わらない。
人間が形を変えても人間として居続けるには、生き物としての決まりを守らなければならないって。パパ、そう言ってたよね。
パパは今でも、わたしたちのことを生きている人間だと思ってくれている?
前にも話したと思うけど、学校の同級生には〈デジタル〉の子も何人かいるわ。彼女たちと話していると、わたしたちと何も変わらなくて、むしろ、わたしがパパみたいにそっちに残った人たちからどんどん離れていくような気がしてくるの。
パパにとって本当は、わたしたちはもう生きた存在じゃないんじゃないかって。
あの子と同じように。
……。
ごめんね。
こんな話するつもりじゃなかったのに。
もっと楽しい話題がたくさんあるのに。
今日はもう、これで終わるね。
バイバイ、パパ。愛してる』
外は黄土色に煙って、視界が全く利かない。
〈砂嵐〉。予報は出ていなかったはずだが、きのうの晩からろくに確認もしていなかった。
吹き荒れる風の音に混じって、細かい羽音のような音も断続的に鳴っている。この砂嵐を作る〈原因〉が鳴らしている音だ。正体は虫よりも小さなボットである。この極小機械が群をなし、狂った〈本能〉にかまけて砂を巻き上げながら荒野を飛び回った結果が、外で繰り広げられている光景なのである。
単なる砂嵐と異なり、こちらはボットとしての特性――つまり人型のものを襲う習性を持っている。だから決して呑まれるわけにはいかない。万が一取り囲まれでもしたら、極小のボットによって骨も残らぬほど綺麗に食い尽くされる。
「これは、あと一時間はダメだな」
「あと少しだっていうのに」
カウボーイも腰を下ろした。先ほどの発信者への通信を試みるも、彼自身の通信機がやはり電波を拾えていない。
すっかり手持ち無沙汰になってしまった。気づくとカウボーイは、いつものようにコートのポケットから端末を抜き出していた。液晶画面に情報を表示するタイプの、旧式の物理端末である。
親指で叩くと、画面が灯った。若い両親と、幼い姉弟が顔を寄せ合っている写真が現れる。老カウボーイはそれをしばらく見下ろしてから指を滑らせ、ロックを外した。並んだアイコンをタップし端末を操作していき、保存された動画データの一覧の中から目に付いた一つを再生する。
『久しぶり、パパ』耳になじんだ声が、音声出力として設定した通信機を介して頭の中に聞こえてくる。『お元気ですか? わたしもママも変わらず元気です』
「その人」コニーの物理音声が洞窟内に響く。「あなたの娘?」
「ああ」メッセージを聞きながらも、会話はできる。何度も繰り返し聞いた娘の言葉は、暗唱できるほど覚えている。
「あちらにいるの?」
「まあな」
「どうして離れているの?」コニーは訊ねてきた。「あなたも一緒に行けばよかったのに」
「さあ、どうしてかな。自分でもわからん」彼が視線を落とすと、小さな画面の中では娘がまだしゃべっている。
「《こちら》に心残りがあるとか」
その言葉に、カウボーイはつい彼女の方へ目を向けた。少女の形をしたファーボは、気まずそうな顔をして――そんな繊細な感情も表現できるのだ――彼から視線を逸らした。その仕草で、カウボーイは少女が何らかの情報を持っているのだと悟った。おそらく、寝ている間に夢でうなされていたか、寝言でも言ったのだろう。
「息子がいるんだ」彼は観念して言った。「この子の弟だ。住んでいた街がボットに襲われたどさくさで、離ればなれになった」
コニーが何か言いかける。その前に、カウボーイが言葉を重ねる。
「もちろん、生きているとは思っちゃいない。だが、あの子がこの世界のどこかで眠っているのであれば、一人で残して行くわけにもいかない――まあ、信仰のようなものだな」
「それが、あなたがこちらで生きる理由」コニーは情報を噛みしめるように言った。「でも、いないとわかってる男の子にばかり目を向けて、女の子の方に背中を向けているのはかわいそうだわ」
カウボーイは苦笑いするしかなかった。
「そうだな」彼はつぶやいた。
『――バイバイ、パパ』メッセージが反響する。『愛してる』
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