2-3
辺りに木立が見られ始めた所で、ようやくポラックの脚を緩めた。さすがの強化馬も息が上がっている。カウボーイは地面に降り立ち、ねぎらう気持ちで相棒の首を撫でた。
続いて、馬上の少女を見やる。
「お前は大丈夫なのか?」
「問題ないわ。ピンピンしてる」
カウボーイは肩をすぼめた。
「場所の目星はついているんだろうな?」
「ええ。こちらの方角で間違いないわ」
「急ぐぞ。山の中で夜を迎えるのは御免だ」内省会話でポラックに呼びかけ、森の中を歩き出す。「ところでお前、名前は?」
「何よ、今さら」
「呼ぶときに困るんだ。教えろ」
「みんなからは〈コニー〉って呼ばれてる。あなたは?」
「俺は――」名乗ろうか迷ったが、やめておくことにする。「俺のことは呼ばなくていい」
「ずるいわ。教えなさいよ」
「どうせ明日までの付き合いだ。知る必要もないだろう」
「だったら〈おじいさん〉って呼ぶわ」
「やめろ」
「〈おじいちゃん〉の方がいいかしら。親しみを込めて」
やれやれ、と老カウボーイはため息をつく。これが生身の人間と〈デジタル〉の差なのだろうかと思う。平和が約束された世界で生まれると、こんな風に子供が育つのだろうか。
彼の娘は〈デジタル〉でもおかしくない世代だが、少女と同じぐらいの歳になるまではこちらで暮らしていた。明るく素直で、弟想いのやさしい子だったと、親ながらにして思う。彼女に比べれば、馬上にいる〈デジタル〉の少女はごろつきのようなものだ。根本的な〈人間味〉のようなものが抜けている――いや、よそう。カウボーイは悪い考えを追い払うように首を振る。余所の子供をとやかく言う筋合いは、自分にはないと言い聞かせる。
自分の子供すら守れなかった、自分には。
ポラックに水を飲ませることには、さすがに少女も反対しなかった。ちょうど手近な場所に水場を見つけたので、そこで休憩をとることになった。
カウボーイは改めて少女が探している場所の画像を表示させた。周囲の光景に重ねると、稜線が確かに似ている。この山のどこかにあるのは間違いなさそうだが、彼には気にかかることがあった。
「この写真」と、カウボーイは少女に言った。「向こうでは有名な場所なのか?」
「さあ?」水筒から口を離し、少女は首をかしげた。「わたしは弟から渡されて、初めて見たわ」
「お前の弟はどこでこれを?」
「ネットで見つけたって言ってたけど。何か問題でも?」
「いや――」しばらく考えてから、カウボーイは再び口を開く。「俺もこんな写真を見たのは初めてだ」
「おじいさんが特別に情報に疎いんじゃなくて?」
「たぶん、こちらの誰も知らないだろう。こんな場所があれば情報が共有されているはずだ。だが、花の話など聞いたこともない」
「その写真はニセモノだってこと?」
「可能性はある」
「だったら、それはそれで構わないわ」と、少女は言う。「ニセモノだって事実がわかるだけでも大きな収獲よ。弟にだってそう話せるし。一番いけないのは、探しもせずに〈ない〉って決めつけて、諦めること。それだけはしたくないわ」
「なかったとわかる方が、弟はがっかりするんじゃないか?」
「どこかにあるかもしれないって期待を持ったまま本当のことを知れないなんて、そんな気持ち悪いことないもの。あの子には、そういう心残りを持ったまま行ってほしくない」
「お前の弟――」そこでカウボーイは咳払いを一つ置く。「長くはないのか」
「ええ」少女は目を伏せたまま答える。「わたしたちからしてみれば。あなたにとっては、笑っちゃうほど長いかもしれないけれど」
「そういうものに他人の感覚は必要ない。重要なのは、自分がどう感じるかだ」
少女はしばらく手の内で水筒をもてあそんでいたが、やがて口を開いた。
「説教くさいわね」
「年寄りだからな」
二人は視線を交わすと、肩をすくめ苦笑し合った。
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