2-2

 雲のない空を、一羽の鳥が飛んでいる。

 だが、よく目をこらせばそれが鳥の形をしたボットであることがわかる。

 伸縮カーボン製の羽をしならせながら、〈鷲〉はカウボーイたちが身を隠している補給スタンド跡の上空を旋回している。

「何なのよ、もう」少女の声が、暗い事務所内に響く。

「騒ぐな。気づかれる」カウボーイは押し殺した声で言った。

「あんなの撃ち落とせばいいじゃない」

「その前に向こうの機関砲でこっちが蜂の巣だ」カウボーイは手にした電磁ライフルを引き寄せる。「それにこんなものは気休めにしかならん」

「きのうは犬みたいなボットをやっつけたじゃない」

「一時的に麻痺させただけだ。俺たちでは、奴らを破壊することはできない」

「じゃあどうするのよ」

「奴が諦めて去って行くのを待つしかない」

「いつになるかわからないじゃない」

「いつになるかわからないな」

「とんだ時間の無駄だわ。急いでるっていうのに」少女は割れたタイルを叩く。ちゃんと足が残っていたら地団駄を踏んでいたところだろう。

 彼女は一通り悔しさを吐き出すと、顔を上げた。

「この時間はカウントされないわよね?」

「一日は一日だ」

「ケチ」

「ケチで結構」カウボーイはガラスのなくなった窓枠から外の様子をうかがった。

 このスタンドの他に身を隠せそうな場所は見当たらない。ポラックの背中に乗って出て行ったところで、振り切ることも難しいだろう。相手のAIが目標を見失ったと判断するのを待つしかない。幸い、ボットたちには何が何でも人間を殺さなければならないという執着は残っていない。ただ人の形をしたものを見つけたら殺すという、歪んだ本能があるだけだ。

 ガラガラと、モノの落ちる音がした。少女がガラクタの山を崩したようだ。

「音を立てるな」

「これ、使えるかしら」彼女はかまわずガラクタをかき分ける。

 ゴミの中から旧式の|自動人形が顔を出す。いかにもとした見た目は、この店の業務を手伝っていた機体であることをうかがわせる。カウボーイが子供の頃には街中にこうしたアンドロがあふれていた。まだ機械たちが人間にとって敵でも隣人でもなく、従者だった頃の話だ。

 カウボーイはアンドロに近寄り、ぐったりと折れた首に手を充てた。スイッチを入れると、稼働ランプがぼんやりと灯った。各間接のアクチュエータも駆動し始める。

「体は生きているようだ」

 だが、そこから先に進まない。一瞬、首が動いたかと思うと、アンドロは再びうな垂れてしまった。

「OSがダメになっているようだな。これでは動くことはできない」

「要は〈頭〉がどうにかなればいいってこと?」

「まあ、そうだが」OSの修復には専門の知識とコンソールが必要となる。前者はカウボーイでもどうにかなるが、後者は持ち合わせていない。廃墟と化したこの事務所内にも使えそうなものは見当たらない。そもそもここには電力がない。

「わたしが動かすわ」少女が言った。「その機体で囮になる」

「バカを言え。こいつがやられたら元も子もないだろうが」

「わたしたちのことは何も知らないのね、おじいさん」そう言うと、少女は首から通信ケーブルを引き出した。そしてその先端をうな垂れるアンドロの同じ位置に接続した。

「おい――」止めようとして、彼女の名前を知らないことに気がついた。

 アンドロが顔を上げた。

「〈デジタル〉にはこういうこともできるのよ」ひび割れたその声は、アンドロの顔面スピーカーから聞こえた。さらにアンドロは左の腕を持ち上げ、カウボーイに向けてひらひらと振ってみせる。「簡単な動きだったら、〈無意識〉を切り分けて載せてあげればどうにかなるわ。歩くのなら歩行の〈無意識〉を」

「仮にもお前の意識だろう」カウボーイは言った。「切り分けたとして、お前は今後歩けなくなるんじゃないのか?」

「いいのよ、バックアップは取ってあるんだから。それに今のこの体じゃ歩けないし、どのみち不要よ」

 カウボーイは考え込む。だが、いくら考えたところで、求める答えにはたどり着けそうになかった。

「――本当に、元には戻るんだな?」

「大丈夫だって言ってるじゃない。心配性ね」

「切り分けるデータは最小限にしろ。そのアンドロが動ける程度でいい」

「はいはい」

 アンドロへのデータ転送は一瞬で終わる。本当にデータが小さいのか、元々そういうものなのか、カウボーイには判断がつかない。

「それで、どうすればいいの?」少女がスピーカー越しに言った。

「そいつを道路に沿って歩かせてくれ。ボットが降りてきたところを狙い撃つ」

「わかった」

 アンドロが体を軋ませながら立ち上がった。旧式の人型機械は一歩ずつ地面を踏みしめるように戸口へと向かっていく。その姿は、大昔の映画に出てくるゾンビを思わせた。

「さっさと終わらせてよね」少女が今度はファーボの口で言った。

 カウボーイは身を屈ませたまま、外が見える配置に着いた。壁の陰から顔だけ出すと、真っ白な陽光の中を、アンドロがノソノソ歩いて行くのが見える。上空へ目を転ずれば、旋回を繰り返していたボットの軌道に変化が生じたところだった。

 カウボーイはライフルを構える。

 ボットが急降下してくる。本体の下部に備えた銃口が何度も爆ぜ、銃声を轟かせる。同じ数だけ、朽ちたコンクリートが砕かれる。銃撃は瞬く間にアンドロへ迫り、その脚から胴体へと這い上がっていく。

 後ろから押されたように体勢を崩す人型機械に重なるようにして黒い影が横切った。

 カウボーイは引き金を引く。

 手応えは、感じた。

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