第8話 議論の行方

後味は悪いが紫雲先輩の件は解決した。後は俺が嫌われれば済む話だ。

……本当はそんなに簡単なことではないということは分かっている。

十数年間も抱き続けていた思いを壊されてしまったのだから彼女の悲しみは計り知れない。

おそらく俺のことも憎んでいるだろう。

だけど今日はもう一つの問題を解決に導くため話し合いをする必要がある。

一旦気持ちを切り替えなければ。


「ただいま」

「ただいまです」

「2人ともおかえり」


先日2人と話し合ってからというものの葵の態度がぎこちなくなっていた。

小春はいつも通り接してくれるのだがやはりどこかよそよそしくなっていた。


「真白さん、元気ないですね。」

「そんなことないよ」

「……真白さんはどうして1人で背負い込もうとするんですか。確かに私たちじゃ頼りないですけど、それでも少しくらいは打ち明けてくれてもいいじゃないですか」

「……それじゃあ、今後のことについて改めて話したいんだ。少し時間をもらえるかな?」

「わかりました。小春も一緒の方がいいですよね?」

「そうだね。これは2人の人生に関わることだから」


そう言うと葵は鞄を置いて小春を連れてきた。もはや日常となりつつあるこの光景ももうすぐ見られなくなるのかと思うと何とも言えない気持ちになる。だけどいい加減けじめをつけなければ。その方が2人にとって良いに決まっているのだから。


「お待たせしました」


葵と小春は俺の正面に座ると神妙な面持ちで俺の言葉を待っていた。


「この間の続きを話し合いたいと思うんだ」

「……ここから出て行かないといけないという話ですよね」

「2人に出て行ってほしいというわけではないんだ。ただこのままこんな歪な関係を続けるわけにもいかない。そこはわかってもらえるかな?」

「……約束したじゃないですか、もうお互いに裏切ったりしないって」

「それは……」


大晦日。あの日確かに約束した。お互いに裏切るようなことはしないって。

そうか、2人からすれば俺の提案は裏切りとして捉えられるわけか。

確かに俺が逆の立場だとしても心地よい場所からいきなり出ていくように言われてしまったら不信感を抱くだろう。

じゃあどうすればいいんだ。


「やっぱり私たちは家に帰るべきだと思います」

「小春? なんでそんなこと言うの?」

「私だって壮馬さんと別れるのは寂しいし、嫌だよ。だけど壮馬さんは私たちの将来のために提案してくれているんだよ?」

「それはわかるよ。でも……」

「お姉ちゃん、覚悟を決めなきゃ。いずれにしてもここにずっといるなんて無理なんだよ」

「……」

「それにもう二度と会えなくなるわけじゃないんだよ」

「そんなのわからないじゃん! ここで別れたらもう会えないんじゃないかって……怖いんだよ」


怖い、か。怖いよな。

自分の居場所となりつつあった場所から急に見知らぬ場所に移されようとしているんだから。


「……あと1週間。あと1週間だけ下さい。そしたら……家に帰ります」

「壮馬さん、どうかお姉ちゃんの望みを叶えてもらえませんか?」

「もちろん大丈夫だよ。こればっかりは俺がどうこう言えた話じゃないからね」

「ありがとうございます」


こうして小春の説得もあり、2人を蝕む問題がほんの少しだけ解決に動き出した。


それからの1週間はあっという間だった。2人が学校から帰ってくれば外に遊びに行ったり、休日には例のショッピングモールに行ったりもした。2人がしたいと言ったことはなるべく叶えてあげたし、欲しいと言ったものはなるべく買ってあげた。罪滅ぼしではないけれど、これが2人の思い出となるのなら甘んじて受け入れようと考えていた。


後悔はしていない。俺だって本当は2人と一緒に暮らしていきたかった。だけど感情論で生きていけるほど甘い社会ではないことも理解している。それに俺の収入では2人を養っていくことも難しいだろう。


「真白さん、私のお願いを聞いてくれてありがとうございました」

「私からも。ありがとうございました。楽しかったです」

「俺も楽しかったよ。ありがとう」


これでいいんだ。あとは2人とお別れ。俺は元の日々に戻り、2人は虐待から逃れることができる。うん。それでいいじゃないか。それ以上何を求めるんだ。


「……真白さん、最後のお願いです」

「うん? どうしたの?」

「今夜は3人で寝ませんか?」

「俺は大丈夫だけど……小春はいいの?」

「私も大丈夫ですよ」

「ありがとうございます」


2人と過ごす最後の夜。なぜだかいつもよりも長く感じられた。

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