第7話 一途
昨晩は紫雲先輩の告白に対する返事を考えていたため寝不足気味だ。
結局納得できるような答えは得られなかった。だけど紫雲先輩と出会うまでには覚悟を決めなければならない。
「行ってきます」
「行ってらっしゃい。気をつけてね」
葵たちを送り出したところで俺も大学へ向かう。数時間後には俺の人生――いや、紫雲先輩の人生をも変えかねない決断を下す必要があるのか。
そんなことを考えながら構内を歩いているといつもの如く黒瀬と出くわした。
「お疲れさん。また考え事か?」
「お疲れ。まあそんなところだ」
「なんか最近の壮馬はいっつも悩んでるみたいだけど大丈夫か?」
「そうだな。今回はかなり深刻な悩みだな」
「どうしたんだよ」
黒瀬に言うべきか? いやいや、こいつに言ってもおそらく茶化してくるだけだろう。それに紫雲先輩は勇気を出して告白してくれたんだ。秘密にしてくれとは言われてないけどベラベラと他人に話すのもためらわれる。
「今話題の恋愛映画があるだろ? 幼い頃に仲良くしていた男女が引っ越しで離れ離れになって――ってやつ」
「ああ、なんかよく聞くな。それがどうしたんだ?」
「お前がもしあの映画の主人公ならどうする? 数年間も一途に想ってくれるヒロインに告白されたとして、お前はどんな選択をする?」
「うん? 俺だったら即OKを出すね」
「もし主人公が何か大切な問題を抱えていて、恋愛どころじゃないとすれば?」
「なんだそれ、ストーリー破綻しないか? でも、そうだなー。それでも俺はヒロインと付き合うかな。だって1人で問題を抱えるよりヒロインに共有してもらった方が気持ちが楽になるかもしれないだろう?」
「ふっ、ヒロインはさぞ迷惑だろうな」
「いいんだよ。だってヒロインはずっと一途に想ってくれてたんだろ? だったら主人公を助けてあげたいって気持ちを持ってるはずじゃないか」
そんな考え方もあるのか。一見自分の問題をヒロインに押し付けているようだけど、ヒロインの想いも含めるとなると確かに黒瀬の言い分は正しいのかもしれない。
「なるほどな。参考になったよ」
「おう。俺にできることがあればマジで何でも言ってくれよ」
「そうだな。この間の貸しも残ってるからな」
「うっ。エグイのはやめてね」
「可愛いこぶるな、気持ち悪い」
相手を助けたいという気持ち、か。人生は物語のように簡単じゃないけど、もし紫雲先輩もそんな風に考えてくれているなら――いや、虫が良すぎるな。
お互いが納得できるような形はどこにあるんだ。約束の時間まで残り4時間。
今日はバイトもないし昨日と同じ場所で直接会うことになる。
講義も終わったため俺は一足先に昨日の公園に足を運ぶことにした。
残り1時間。思考を整理しよう。
まず俺と紫雲先輩が一番最初に出会ったのは小学生の時。委員会が同じで話すようになったんだっけ。当時のことはあまり鮮明には覚えてない。だけど先輩にとっては人生を変えるほどの出来事だったと。それから先輩は俺にお礼をしようと考えてくれていたみたいだけどタイミングが悪かったためそれが叶うことはなかった。もしあの時俺が欠席していなければそこで関係が途切れていたかもしれない。いや、逆に先輩と親しくなる未来もありえたのか。それから月日は流れ大学生になった俺たちは再びバイト先で出会ったわけだ。驚くべきことに先輩は今日この日まで俺のことを引きずっていたらしい。そのため彼氏を1人も作ることはなかったと。
「あれ? 真白くん? 早いわね」
「紫雲先輩。先輩こそ早いですね」
「それは……まあ。重大な話に遅れるわけにはいかないし」
重大な話か。
「もう一度告げるわね。私の想いを」
そう言うと紫雲先輩は深呼吸をして声を震わせながら続きの言葉を紡いだ。
「小学生の時あなたのおかげで私は勇気を出すことができた。あのままいけば私の人生は真っ暗なままだったかもしれない。あなたはまさに私の心を照らす光のような存在だったわ。それから次第にあなたに惹かれている自分に気づいたの。だから……私はあなたのことが好きです。付き合ってくれませんか?」
俺は……
「ごめんなさい」
「え……」
「紫雲先輩のことが嫌いというわけじゃないです」
「だったらどうして……」
今の告白を聞いて違和感の正体がはっきりとした。
紫雲先輩は俺のことが好きなんじゃない。
ただ”依存”しているだけなんだ。
当時の自分を助けてくれた存在がたまたま俺だった。ただそれだけだ。
そしてそれは肥大した恋心なんかじゃなく、単に数年ぶりに再会できたことに安心して、俺ならまた自分を救ってくれるという願望だったんだ。
「先輩は俺に依存しているだけなんですよ」
「そんなことない! 私はあの時からずっとあなたのことが好き!」
「じゃあ具体的には俺のどこが好きなんですか?」
意地の悪い質問だ。先輩に向かってこんなことを告げるなんて、俺はどうしようもないヤツだな。
「それは明るくて面白くて何よりこんな私のことも気にかけてくれるような優しいところよ」
「やっぱり。それって全部過去のことじゃないですか」
「えっ?」
「今の俺はどうですか? こんななりで明るいって言えますか? 必要以上に人と関わらないようなヤツの話が面白いと言えますか? 現にこうして先輩の想いを踏みにじるような男が優しいと思えますか?」
「それは……」
「確かに先輩は面倒見がよくて本当にいい人だと思います。でも俺は紫雲先輩のことは優しい先輩としてしか見られません。だから、きっと俺よりいい人に出会えますよ。俺なんかじゃもったいない。今の俺じゃあなたを幸せにはできない」
「そん……な……」
「本当にごめんなさい。そして、俺みたいなヤツを好いてくれてありがとうございました」
いたたまれなくなった俺はその場から駆け出した。
本当は先輩の方が何十倍も傷ついてるはずなんだけどな。
重い空気を身にまとい、先輩の心を案じながらも帰宅することにした。
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