第6話 あなたのおかげで
翌日。俺はバイトへ向かった。どうやら紫雲先輩が重要な話をしたいらしい。
いつになく真剣な表情だったけど一体何の話なんだろうか。
それと昨日は2人とかなり話し合った。
このままの関係を続けるわけにはいかないと理解してもらえたがまだ納得はしていないようだった。
とりあえず今は紫雲先輩のことに集中するか。
「おはようございます」
「おはようございます」
バイト仲間に挨拶を告げて早速仕事に取り掛かる。
最初の頃はなんで昼なのに『おはようございます』を使うんだろうと思っていたが、どうやら『お早くからお疲れ様です』という意味が含まれているとか。
それを聞いた時にはなるほどなと感心したものだ。
ともあれ、無事に今日の仕事も終了した。
「真白くん、お疲れ様」
「紫雲先輩、お疲れ様です。それで話って……」
「そうね。とりあえず場所を移しましょうか」
誰にも聞かれたくない話ってことか。悩み事とかかな?
いや、でも俺に相談してくるわけないしな。
そうして俺たちは前回のデートみたく無言のまま公園に入った。
この公園は丘の上にあるため非常に眺めがいい。
加えてここを知っている人が少ないのかあまり人が居ないため、俺もよく訪れる場所だった。
「ここら辺でいいかしら」
そう言うと紫雲先輩は近くのベンチに腰を下ろした。俺も距離を取りつつ同じベンチに腰掛ける。
「それで、話って何ですか?」
「そうね。その前に私の昔話を聞いてくれるかしら」
「わかりました」
「私は小学生の頃まで極度の人見知りで友達も1人もいないような孤独な子だったの」
「紫雲先輩が?」
「そうよ。それで昼休みは毎日図書室にこもってばかりでそんな日々を過ごすうちに図書委員会に入ることになったの」
紫雲先輩はそう言って俺の方を見てくる。その瞳は何かを訴えかけているかのようだった。
「そんなある日、1人の男の子と出会ったの。彼は普通の男の子だった。だけどこんな私にも気さくに話しかけてくれて、私が曖昧な返答しかできなくても飽きることなく接してくれたの」
「……」
「そしてついに私は彼に悩みを相談することに決めたの。どうしたらこの性格を治すことができるのかって。そうしたら彼は言ってくれた。『紫雲さんの性格も素敵だと思うよ。でも……変わりたいなら少し勇気を出して思ってることを伝えてみたらどうかな。俺でよければ練習相手になるから』って」
……そういえば俺も小学生の頃は図書委員だったような気がする。確かじゃんけんに負けて嫌々引き受けることになったんだっけ。それでも結局は楽しかった思い出がある。
それは1人の少女と関わることになったからで……。
「それから私は彼と一緒に会話の練習をすることになったの。初めは頭が真っ白になって何を話していいのかわからなかったけど彼が話題を提供してくれたり、アドバイスをくれたり、彼の話し方を真似てみたりと色々なことを繰り返してやっと人並みにはなせるようになった。次第にクラスメイトとも話せるようになって友達と呼べる人もできるようになったの」
そうだ。俺もあの少女に悩みを打ち明けられて会話の練習をして……そんな日々が次第に楽しくなって、少女の成長が嬉しく思えて……
「すべて彼のおかげね」
そうか。そうだったのか。ははは、世界は狭いとはよく言ったものだな。
「それじゃあそろそろ本題を話すわね。……」
続きの言葉を紡ぐ前に紫雲先輩は深呼吸をした。
そして少し震えた声でこう告げた。
「真白くん、あなたは私のことを覚えているかしら」
「思い出しましたよ。紫雲楓さん」
「!!」
俺がそう返答すると紫雲先輩は驚愕の表情を浮かべ、目尻にうっすらと涙を浮かべた。
「よかった……覚えててくれたんだ……」
「実はこの話を聞かされるまで忘れてたんですけどね。まさか紫雲先輩があの時の女の子だったなんて思いもしませんでしたよ」
「私は一目見て真白くんだって気づいたけど」
「ははは、すみません」
「改めてあの時はありがとう。本当は卒業の日にお礼を告げようと思っていたけど真白くんがお休みだったみたいだから」
「確か当時は風邪をひいてしまって休んでたんですよね。でも、お礼だなんて大袈裟ですよ」
「いいえ、あなたと出会っていなかったら今もつまらない人生を送っていたと思うわ。それほどまでに真白くんの行動は私の人生を変えてくれたの」
俺の行動が紫雲先輩の人生を変えた……か。俺があの時助けなければ今目の前に紫雲先輩の姿はなかったかもしれないのか。
「それとね、もう一つ」
「どうしたんですか?」
紫雲先輩は姿勢を正し、俺の方に体を向けてきた。その目はとても真剣なものだ。
その雰囲気に自然と俺も背筋を伸ばした。
「……小学生の頃から、真白壮馬くん、あなたのことが……好きでした」
「えっ!?」
これは告白か? 唐突過ぎて理解が追い付かない。紫雲先輩が俺のことを好き?
でもそんな素振りは何も……いや、あったか。
バイト終わりにお茶に誘われたり、ついこの間だってデートと称して出かけたばかりじゃないか。あれはからかってるだけだと思ってたけど本気だったんだな。
「その……考えさせてください。明日、もう一度ここでお話しましょう」
「わかったわ! ごめんなさい突然こんなこと言って」
「いえ……そ、それじゃあ!」
「ええ、また明日」
俺は逃げるようにして公園を立ち去った。
普通ならあの場で即決するべきだと思う。
でも、俺は……答えを出せなかったんだ。もちろん紫雲先輩のことは嫌いじゃない。それに俺を気にかけてくれて優しい先輩だなと思っていた。
だけど……俺は本当に紫雲先輩を好きだと思えるのか?
生半可な気持ちで返事をするのはもちろんダメだ。だけどそれと同じくらい偽善心で返事をするのもダメだ。紫雲先輩が勇気を出して告白してくれたからOKを出す。これは違うと思う。それはきっと、遠回しに彼女を傷つけてしまうことになるから。
俺は……
そもそもこの状況で俺は恋愛を楽しむことができるのか?
まだ葵や小春のことも解決しないといけない。その過程で俺は自らの過ちを償う必要があるはずだ。そんな精神状態で俺は紫雲先輩と楽しむことが、彼女を幸せにすることができるのか?
いや、それは思考を放棄しているだけか? 俺はどうしたいんだ?
紫雲先輩のことは……やっぱりバイト先の先輩としてしか見られない。
でも、どうして紫雲先輩はこのタイミングで告白をしてきたんだ?
小学生時代の出来事によって俺に好意を抱いてくれたのは理解した。
だけど、どうしてこのタイミングで明かしてくれたんだ?
そしてなぜこのタイミングで告白を?
わからない……
そうこうしているうちに家に帰りついた。
「ただいま」
「おかえりなさい」
俺は明日どんな決断をするのだろうか。
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