第5話 会者定離
大学の図書館から帰宅した俺は葵と小春と向かい合っていた。
もちろん先程調べてきたことについて話すためだ。
「真白さん、お話って何ですか?」
「実は……」
彼女たちに問題を解決するように伝えなければ。
そうしないと前には進めない。これ以上彼女たちとの関係を続けてはいけない。
これ以上罪を重ねるわけにはいかない。何より2人のためにはならない。
「そろそろこの問題を解決しようと思っているんだ」
「……私たちのこと、ですか?」
「そうだ。君たちの父親のことだ」
「……」
「いずれは解決しないといけない」
「どうやって解決するんですか?」
小春が興味深そうに尋ねてくる。
「2人には家に戻ってもらって俺が児童相談所に連絡をしようと思う」
「それって壮馬さんとお別れをしないといけないってことですか?」
「そう……なるね」
「でも、また会えるんですよね? この間みたいにまた私たちを助けてくれるんですよね?」
「そうですよ! また外に遊びに行ったり、おいしいごはんを食べたりできるんですよね?」
2人の同意を求めるような声に対し、俺は首を横に振る。
「そん……な……」
おそらく俺が児童相談所に連絡をすればそんなことはできなくなるだろう。
そもそも俺と彼女たちは世間からすれば何の関係もない赤の他人だ。
大学生と小中学生が一緒に遊んでいるなんておかしかったんだ。
お互いこれまで通りの、出会う前の関係に戻るだけだ。
「本当にごめん。勝手に手を差し伸べておいて、俺が解決するとか言って期待させておきながら結局は他人まかせにしてしまう」
希望を与えておきながらそれを打ち砕くなんて俺のやっていることも結局は周りのヤツらと変わらないものだ。当時の保志さんみたいなことをしてしまっているんだ。
最悪な男だ、俺は。
「だったらもう少しあとからでも……」
「ごめん。それはできないんだ」
「壮馬さん、一体どうしたんですか? なんで急にそんなことを言い出すんですか? 私たちのことが嫌いになった……とか?」
「そうじゃない! 2人のことは大好きだ。大切に思っている。だからこそ今回の選択に至ったんだ。2人に幸せになってもらいたいから」
「私たちはもう幸せですよ! こうして真白さんと一緒にいるだけで――」
「ダメなんだ。それじゃあ根本的な問題が残ったままだ」
「……」
「これ以上一緒にいてはダメなんだ」
自分がとてつもなく自己中心的な発言をしていることは理解している。
それでも俺が彼女たちにできることには限界があるだろう。財力もない、知識もない、人望もないただの大学生だ。軽率な行動を取ってしまったことは本当に後悔している。
それから、もちろん彼女たちから好意を向けられていることは知っている。でもそれは手を差し伸べたのがたまたま俺だったからで、おそらくどんな人物であったとてあんな行動をすれば好意的な感情を抱くのも無理はないだろう。
きっと俺以上に彼女たちを幸せにしてくれる人が現れるはずだ。
このままここに縛り付けて自由を奪うのはダメだ。
彼女たちはもっと依存してしまう。
せめて彼女たち自身の選択で幸せをつかんでほしい。
「……ごめんなさい」
「えっ? あっ」
葵はそう言うとこの場から逃げるかのように家を出て行ってしまった。
「お姉ちゃん!?」
「本当にごめん」
「うぅ、とにかく! 私、お姉ちゃんを連れ戻してきますね」
そう言うと小春も家を飛び出していった。
こうしている場合じゃない。俺も葵を探しに行かなければ。
***
あの場の雰囲気に耐えきれなくなった私は以前雪遊びをした公園に来ていた。
相変わらずここには誰もいない。そんな静かな環境は考え事をするのには最適だった。
いずれはこんな時が来ることくらいわかっていた。このままずっと真白さんのお世話になるわけにはいかない。以前真白さんの家を出たときにも思っていたことだ。
でも、まさかこんなに早く別れが訪れるなんて。それも真白さんの方から。
私はまだ真白さんと一緒に居たい。でも父の件を解決しないといけないとは思う。それにお母さんのことも心配だ。だけど、約1ヶ月間を通じて真白さんからは色々なことを教えてもらった。世間は悪い大人ばかりじゃないこと、ゲームや料理、外出みたいに楽しいこともあるということ、そして真白さんが同窓会で過去と決別したようにたとえ時間がかかっても自分を変えることができるということ。もっと一緒にいれば色々な世界を見せてもらえると思っていた。
でも……イヤだ! 帰りたくない! ずっとここに居たい! ずっとこのままがいい!
「お姉ちゃん……」
私を探しに来てくれたのだろうか。小春が声をかけてきた。
「ううっ、もっと一緒に居たいよ」
「私もそう思うよ。でも……お父さんのこともどうにかしないといけない。もう2度と会えないというわけじゃないだろうし大丈夫じゃないかな」
「だけど、真白さんはもう会えないって言ってたし」
「それは……何か問題があるのかも」
「嫌だよ、急にお別れだなんて。早すぎるよ」
「とにかく、一旦家に戻ろう? 壮馬さんに詳しく聞いてみようよ」
「そう……だね」
「よかった! 2人ともここにいたのか」
「なんで真白さんがここに?」
「そりゃあ急に家を出て行ったら心配するだろう」
「ごめんなさい」
「とにかく落ち着いて話し合おう」
心配してくれてたんだ。この優しさは出会ったときから変わらないな。
そうして私たちは茜色の空を背に家に戻るのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます