第3話 同窓会②

「……もしかして真白か?」


背後からかけられたその声は聞き覚えのあるものだった。

振り返ってみるとそこには背の高い男の姿があった。

清潔感のある髪型に整った顔。

こんな人物1人しか心当たりがない。


「小谷か……」

「その、久しぶりだな」

「そうだな」


小谷に関しては別にこれといった感情は持ち合わせていない。

当時の行動はおそらく彼なりの処世術だったのだろう。

ただ彼には聞いておきたいことがいくつかある。


「小谷、いくつか質問してもいいか」

「ああ。俺が答えられることなら」

「じゃあまず1つ。お前は俺が竹原達の間に割り込もうとしたときに止めたよな。成長した今でもあの時の判断は正しかったと思っているのか?」

「確かに当時の真白の意志は人間としては正しいものだった。だけど俺が君を止めたことも間違ってはいなかったと思ってる。結果的にああなってしまったのだから」


確かに俺があの時小谷の言う通りにしていればこんな現在はなかったのかもしれない。


「2つ目だ。俺がいない間に竹原から何を言われたんだ?」


いじめられっ子の芦村を助けてから俺がいじめの標的になるまでの間に何があったのか知っておきたかった。


「竹原に真白を無視するように脅されたんだ。あいつの性格をよく知っている君ならわかるだろう?」


担任が無関心を貫くタイプの人間だということは同じクラスの生徒なら知っていたはずだ。

そこに学校側も手を焼くほどの不良少年が脅しをいれた、と。

それなら確かにわざわざ俺と関わろうなんて思わないよな。


「なるほどよくわかったよ。だがそれはあくまでも校内での話だろう?」

「その通りだ」

「じゃあなんで校外でも無視し続けたんだ? 俺は何度も助けを求めたのに」

「それは……」


当時はスマホがようやく普及し始めたくらいの頃だったし、中学生でスマホを持っている人なんてあまりいなかった。だから子どもが助けを求められるのは親か近くの大人それか親しい友人くらいのものだった。


当時の俺はまず小谷に助けを求めた。だが無視され続けた。だから今度は担任に助けを求めた。でも嫌な顔をされるだけで結局解決してはくれなかった。それならばと思い親に相談した。でも学校に連絡しておくと言ったきりで動いてはくれなかった。息子が苦しんでいるのに助けてはくれないのかと失望した覚えがある。

だから今の俺は両親に対してあまりいい感情を抱いていないのだ。


「結局お前も自己保身に走ったんだな」

「……すまなかった」

「もういいよ。過去が覆ることはないんだ。俺は謝罪の言葉が欲しいわけじゃない。もう自分でもどうしたらいいのかわからなくなってきたよ」

「真白、聞いてくれ。実は今回の同窓会は君のために開いたんだ」

「何を言ってるんだ」

「俺はどうしても君に謝罪の気持ちを伝えたかったんだ。そして当時のいじめに特に関わりの深かった人物に対して今回の会に出席するよう伝えたんだ」

「何を今更」


仮に小谷の話が本当だとしたら先程の保志の態度はもっと謙虚なものだったはずだ。

それに一番重要な人物が来ていないじゃないか。


「また俺をハメようとしているのか? 同窓会に便乗して本当は俺に謝る機会を作っていたんだなんて思ってもいないことを口にしているんだろ?」

「違う! 信じてくれ!」

「何が信じてくれだ。俺たちは友人だなんて言っていざという時には自分だけ逃げたようなヤツのことを信じれるとでも思うか?」

「……君の言う通りだ。確かに当時の俺は自分に被害が及ばないように逃げてばかりのずるいヤツだった。でも! 君に対する申し訳なさがあったのは本当だ!」

「口では何とでも言えるんだよ。特に昔のことならなおさらだ」


小谷は何が言いたいんだ? そして俺は何をしてほしいんだ? 

……わからない。自分の望みがわからない。



***



ああもう! どうしてこうなっちゃうの? 

本当は真白くんにあの時はひどいことを言ってごめんなさいって謝るつもりだったのに口から出るのは『楽しかったよね?』とか『言われてやってただけだし』とか責任を逃れようとする言葉ばかり。

それじゃあ真白くんの言う通り私は悪くないですよと言っているようなものじゃないか。


当時は楽しければそれでいいやと考えていた。だけど時を重ねるごとにもっと他人を思いやりなさいと言われるようになった。そして私は気づいたんだ。自分の過ちに。真白くんに対してどれだけひどいことをしてしまったのかを。


忘れもしない中学2年生の時。たまたまゲームで負けてしまった私は竹原の命令で真白くんに嘘告をすることになった。竹原は色々な噂が飛び交っていたし私も従うしかなかったのだ。でも実は真白くんのことは気になっていた。というのも私は真白くんが竹原に対していじめを止めるように説得していた場面を見ていたからだ。恐れることなく間違いを正そうとするなんて勇気のある子だなと思っていた。だから告白したときの言葉は半分本当だ。


それから付き合うことになって私たちは色々なところに行った。私はそれまで告白されたことはあっても誰かと付き合ったことなんてなかったから結構ドキドキしていた。嘘の関係とはいえ真白くんに楽しんでもらえるように色々調べたし、デートマナーみたいなものも彼と共有した。


校外での彼は明るくて優しかった。成長した今も彼みたいな人物はそうそういなかっただろうなと思う。ずっとこんな日々が続けばいいのにと思っていた。

でも嘘で塗り固められたこの関係に終わりが来るのは当然だった。


付き合い始めて1ヶ月が経った頃、竹原が『そろそろネタばらししようぜ』と言ってきたのだ。内心ではあの関係を終わらせたくないと思っていたけど竹原に逆らうわけにもいかなかった。

しかも竹原はどうせならこっぴどく振った方が面白いだろ、俺もついて行くとまで言い出したのだ。


本当はそんなことをするつもりなんて微塵もなかったのに。

竹原が監視している手前、あいつの言う通りにするしかなかった。


私の口から真実を聞いた真白くんは絶望的な表情を浮かべていた。その日から彼の目は真っ黒に染まり、まるで生気を失ったかのように変わり果ててしまった。


当時の私はまだ自分のしたことが真白くんにどれほどの影響を与えたのか考えていなかったのだ。


そうしてつい最近、同じクラスだった小谷くんという子から連絡がきた。内容は真白くんに謝罪をしようというものだった。その時になってようやく私は自分がした罪の大きさについて知ることになったのだ。



***



「こんなところに居たんだ」


俺たちが何の進展もない話をしていると再び保志さんが現れた。

その表情は先程とは打って変わり申し訳なさそうなものになっていた。


「……何しに来たんだ」

「真白くんが急に逃げ出したから。じゃなくて……ああ、もう! 私のバカ!」


保志さんはそう言って自分の頬を叩いた。その突然の出来事にまるで時間が止まったかのような感覚に陥った。そんな中彼女は決意を固めたようにこう告げた。


「今更謝ったところで私がしたことは許されないことだってわかってる。でも私の気持ちを聞いてください」

「……」

「あの時はあなたを騙してしまってごめんなさい」


保志さんは真剣なまなざしと共に頭を下げてきた。


「俺もわが身可愛さに君を避けるような真似をしてしまってすみませんでした。今考えると本当に情けない。友人失格だ。」


2人からの数年越しの謝罪はそう簡単に受け入れられるものではなかった。

だが、冷え切った俺の心がどこか揺れるような感覚がした。


「……俺はもっと普通の中学生活を送りたかった! 今までみたいに些細なことで笑い合える友人がそばにいてほしかった! 俺のしたことは間違いじゃなかったって認めてほしかった! たった1人でも理解してくれるような人がいて嬉しかった! そんな人に裏切られたことが悲しかったんだ!」


俺は感情の赴くままに思っていたことをすべて吐き出した。


そうか。俺は認めてほしかったんだ。

自分は間違っていないって言ってほしかったんだ。

ただ、それだけだったんだ。


「うん。真白くんは何も間違ってないよ。間違ってたのは全部私たちの方」

「そうだ。君は間違ったことなんてしていないんだ。だからあの時彼らに声をかけたことを後悔しないでくれ。その善意を誇ってほしい」

「……遅いぞ、バカ」


この日。俺の心を包み込んでいた氷は少しだけ溶けた。

一歩だけ前進出来たような気がする。

このまま俺の心の氷は全て溶け切るのだろうか。

いや、そうなるように動かないとな。


その後小谷から衝撃的な事実を告げられた。

なんと全ての元凶であった男――竹原はすでに亡くなっていたそうだ。

どうやらあいつは高校進学後も不良たちと夜遊びに明け暮れていたらしい。

そしてある日とうとうバイク事故を起こしてしまった。即死だったそうだ。


何とも言えない結末だな。死んでほしいほど憎んでいたわけではないが因果応報というやつか。


それから俺たちは同窓会を楽しんだ。途中最初にいじめられていた芦村からも感謝と謝罪を受けることになったのはちょっと驚いた。


「真白くんは今彼女さんとかいないの?」

「いないな。誰かさんのせいで」

「うっ、ごめんなさい……そうだ! 連絡先交換しとこ?」

「え? なんで?」

「何かあった時のために?」

「なんでそっちが疑問形なんだよ……」

「その……真白くんの言うことなら何でもするから」

「罪滅ぼしのつもりか?」

「違う……とは言い切れないけど!」

「まあ、連絡先を交換するくらいなら」

「やった!」

「まだ完全に許したわけじゃないからな」

「うっ……ごめん」


そんなこともあり、無事に? 同窓会は終了した。

今回の同窓会に参加するように背中を押してくれた2人にお土産でも買っていこう。そう決めた俺は駅のお土産屋に足を運ぶのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る