最終章 狂い始める運命の歯車
第1話 招待状
冬休み明けから数日が経ったある日。俺の元に一通の招待状が届いた。
内容は中学時代の同窓会を開催するというものだった。
あんなことがあったのに一応俺も招待するんだな。いや、あんなことがあったからこそ引け目を感じているのかもしれない。
「真白さん、それ何ですか?」
「……中学の同窓会の案内だよ」
「同窓会ですか! いいですね、憧れます。真白さんの中学時代はどんな感じだったんでしょうね」
葵は俺の隣に腰を掛けてウキウキした様子だ。
俺の中学時代は途中から思い出したくもない日々の連続。
でもいい機会だ。以前約束していた通り俺の過去について葵に伝えておくか。
「葵、昔話をしよう」
「突然どうしたんですか?」
「俺の中学時代のことだ」
「気になります! 優しい真白さんのことだからモテモテだったりして」
――中学時代。
すべての始まりであるあの日のことは鮮明に記憶している。
天気は快晴。梅雨も明け、本格的に夏が始まろうとしていた頃だ。
俺はいつも通り友人の小谷と他愛もない会話をしていた。
小谷はその表裏のない性格が評判でクラスでも人気の男子だった。
一方の俺はというと所謂中間層のポジションに属していた。
高い人気を誇るわけでもなく過度に嫌われているわけでもない。
まさに人畜無害な生徒だ。
そんな俺はふとクラスメイトの会話を耳にした。
その内容はまさにカツアゲ。しかも白昼堂々教室の中で行われていた。
カツアゲをしているのは竹原。筋骨隆々で校内でも名の知れた不良だった。
一方でカツアゲをされているのは芦村という小柄な男子。びくびくとしており小心者といった感じだ。
中学生とはいえ流石にカツアゲはダメだろうと思った俺は小谷の制止を振り切り彼らの間に割って入った。
あの時の俺は竹原にどれだけ悪い噂があろうと話を聞くことくらいはするだろうと、そして話し合えば解決できるだろうといった軽い気持ちでいたのだ。
「ちょっと、流石にそれはマズいんじゃないか?」
「ああ? 何だよ。テメーには関係ねぇだろ?」
「いや、一応クラスメイトだし。怪しい会話が耳に入ってきたからさ」
「ヒーローでも気取ってんのか?」
「そういうわけじゃないけどさ。ほら、芦村も困ってるみたいだし」
確かそんな感じの問答がしばらく続いたはずだ。
その場は何とか丸く収まったような記憶がある。
その時の俺はやっぱり話せばわかってくれるのだと呑気に考えていたものだ。
翌週からそんな甘い考えなんてあるわけないということを思い知らされた。
俺がいない間に竹原が何か行動を起こしたのだろう。
教室に入るとみんなが視線をそらし、やがて俺を無視するようになった。
友人だったはずの小谷まで俺を無視していた。すごくつらそうな表情をして。
学校のような閉鎖的な空間では人の悪意は簡単に伝播する。
少数の人物、それもクラスのカースト上位の人たちがこいつは悪だと認定すればその認識が一気に教室内に共有される。たとえ個人単位ではそんな考えを持っていないにせよ集団というのは力ある少数の意志によっていとも簡単に支配されてしまうものだ。
やがて竹原の俺に対する嫌がらせはエスカレートし始めた。
もちろん担任にも相談はした。だが事なかれ主義を貫いていた当時の担任は救いの手を差し伸べてはくれなかった。
そもそも俺は間違った行動をしていないはずだ。
なぜ俺がこんな目に遭わなければならないのか。
日常に絶望しながらも高校進学のためには出席を重ねなければならなかった。
ある日を境にして1人の女子が俺に絡んでくるようになった。
彼女の名前は保志さん。同じクラスの生徒なのだがこれまで接点は全くと言っていいほどなかった。
クラスで孤立することになった俺だが保志さんだけは俺の味方でいてくれた。
理由はわからなかった。でもそんな状況に参っていた俺からすれば彼女はまさに天使のような存在。彼女が優しくしてくれる理由なんてもはやどうでもよかった。
「あなたのことが好きでした。私と付き合ってください!」
俺はそんな天使のような保志さんに告白をされた。
まさに夢のような出来事だった。
俺と一緒にいたら保志さんまでいじめの標的にされてしまう。そう伝えたのだがもっとそばで支えてあげたいという彼女の想いを受け告白を受け入れることにした。
こうして中学2年生の冬。俺と保志さんは付き合うことになった。
それからというもの放課後は一緒に下校したり、休日にはデートに行ったりした。
学校にいるときとは違う彼女の一面も見ることができたし、何よりこんなにかわいくて優しい女の子が恋人なんて夢のような日々だった。
学校は居場所がなくて面白くなかったけど保志さんに会えるだけでいいと思えるようになった。
保志さんが希望を作ってくれたといっても過言ではない。
それほどまでに彼女の存在は俺の中で大きなものになっていた。
付き合い始めて1ヶ月程が経ったある日。
俺は竹原に呼び出された。屋上へ向かうとそこにはなぜか保志さんの姿もあった。
竹原が保志さんに何かしたのかと思ったのだがどうやらそうでもないらしい。
俺が聞かされたのはあの告白の言葉は全部嘘だったというものだった。そんなわけはないと保志さん本人に確認してみるが彼女はあっけらかんとした表情でまるで当たり前かのようにこう言って見せた。
「え? 嘘告だけど」
その表情には罪悪感などみじんも感じられなかった。むしろ清々したかのような表情を浮かべてさえいた。
実は彼女との恋人ごっこは全部罰ゲームという土台の上で成り立っていたものだった。確かによく考えてみればおかしなところもあった。今まで全く接点がなかったのに急に親し気に接して来たり、告白された時だってなぜわざわざ向こうからする必要があったのか。
俺からする分にはまああり得る話だがクラスメイトから無視されているような男にわざわざ告白する道理がない。
あんなに親しくしてくれていた人が演技をしていたなんて……
もう誰も信じれなかった。友人だと思っていた小谷も今の状況を見て見ぬふりしているし、恋人だとおもっていた保志さんも実は嘘をついているだけだった。助けてあげた芦村も標的が俺に変わったことに対してどこかホッとしたような表情をしていた。
結局人間なんてそんなものか。自分の身が一番大切なのだ。他人がどうなろうと知ったことではない。
悔しかった。情けなかった。人の悪意を考えることもなく全ては善意で回っていると信じ切っていた。俺はまだまだ子どもだったんだ。どんな人でも話せば何とかなると思い込んでいた。この世の中はそんな綺麗事では回っちゃいない。人生14年目にして最悪な形で思い知らされた。
もうどうでもいいや。人間と関わるのもめんどくさくなってきた。
助け合い? 親切?
散々言われてきたその言葉も結局のところ互いが良心的な人物であることが前提の話。悪意のある人間に対して和解を求めても、救いの手を差し伸べても意味はない。端から聞く耳なんて持っていないのだ。
そして俺はどうやら悪意のある人間を見抜くのが下手らしい。
だったら最初から関わらないようにすれば良いんだ。
「もう絶対に誰も助けない」
そうして俺の暗い中学時代が幕を開けた。
学年が上がっても竹原首謀のいじめは留まることを知らなかった。それどころか竹原と同じクラスになる始末だ。その対応から当時の担任が本当に何もしてくれていなかったことがうかがえる。
人に期待するのはやめよう。どうせ動いてはくれない。
人に話しかけるのはやめよう。どうせ俺の話は聞いてくれない。
人を信じるのはやめよう。どうせ裏切られるだけだ。
毎日のように壊れていく心。次第に歪んだ性格が形成されていった。
結局、卒業まで彼らの態度が変わることはなかった。
尤もその頃には俺もあきらめていたし、彼らの行為にも何も感じなくなっていたのだが。
「――とまあこんな感じだ」
「そん……な」
「まあよくある話さ。いじめられっ子を助ければ今度は助けたやつが標的になる」
「だとしても! そんな話、酷過ぎます。だって真白さんは何も悪くないじゃないですか」
「俺も当時はそう考えたよ。俺は何も間違っていないはずなのにって。でも社会はそうではなかったみたいだ」
「……」
葵は黙り込んでしまった。彼女も身をもって経験しているからわかるのだろう。
この世界は時に理不尽を強いるのだと。それでもほとんどの人は誰か手を差し伸べてくれる人物に出会い、逆境を乗り越えていく。俺の場合はそんな人物が近くにいなかっただけだ。即ち運が悪かったのだ。
――なんてこんな簡単に過去を割り切ることはできないけど、それでもこんな考え方をしないと心が持たない。
「同窓会には行くんですか?」
「どうしようかな。行っても多分つまらないだろうし。それにわざわざそんなことに時間をかけるくらいだったら葵や小春と一緒にいた方が楽しいからなぁ」
「……ダメです!」
「葵?」
「ダメです。同窓会に行ってください」
「どうして急にそんなことを」
「真白さんは中学時代の出来事をここまで引きずって生きてきたんですよね」
「……」
「だったらここで過去を割り切るべきです」
「でも……」
「これが最後のチャンスかもしれないじゃないですか。これを逃したら一生過去に囚われたままになってしまいます」
確かに葵の言い分は正しいのかもしれない。でも……今更言ったところであいつらは覚えているのか? 仮に謝罪を受けたとして俺はあの出来事を水に流せるのか?
「でも俺は」
「怖がっていてはダメです。未来なんてどうなるかわからないじゃないですか。もしかしたらその人たちは当時のことを覚えていないかもしれませんし、数年越しに謝罪を受けることになるのかもしれません。真白さんが許すかどうかは別として。とにかく行動しないと過去も未来も変えられないんですよ」
「!!」
そうだ。あの時の俺はまだ幼かった。でも今は違う。あれから色々な経験をしてきたはずだ。そして学んだはずだ。行動しなければ何も始まらないと。
まさか中学生の葵にそんなことを気づかされるとは。情けないな。
「……ありがとう、葵。同窓会行ってみるよ」
「はい! 今度は私たちが真白さんを助ける番ですね!」
そんな言葉と共に向けられた笑顔は俺に勇気を与えてくれたような気がした。
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