第16話 それぞれの日常

今日から学校が始まる。2人ともやはり俺の家から通うことに決めたらしい。

今朝はバタバタしたがなんとか2人を送り出すことができた。

一方で俺はというと2人を見送った後大学へ向かっていた。

今日は2限から講義があるのだ。


「よお! 元気だったか?」

「お前はいっつもどこから出てくるんだ」

「え? 何のことだ?」

「何でもない」


急に後ろから話しかけられたので思わずビクッとしてしまった。

こいつは俺の位置がわかる能力でも持ってるのか?


「まあ、なんだ。明けましておめでとう」

「おう! 明けましておめでとう。今年もよろしくな」

「お前が留年しなかったらな」

「おいおい、この俺が留年するとでも?」

「は?」

「『は?』 ってなんだよ! 俺も一応ヤバいと思ってこの休み中は頑張ったんだよ」

「おお、それはすごいじゃないか。ところで今日のレポート課題やってきたのか?」

「……忘れてました」


これでこそ黒瀬だ。一体何に熱を注いだのやら。


「一生のお願いです! レポート見せてください!」


黒瀬はそう言って両手を合わせ懇願してくる。

ちょっと上目遣いなのが憎たらしい。


「はぁ、一生のお願いって言ってこれで3回目だぞ」

「重々承知しております! マジで単位ヤバいんです! 助けてください! なんでもしますから!」

「ほう、なんでも……ね」

「エグいのは勘弁してください……」

「ほら」


俺はバッグからレポートを取り出し黒瀬に手渡す。我ながら甘いなと思う。


「壮馬様! 一生ついて行きます!」

「いや、普通にキモいから」


何が嬉しくて男につきまとわれなきゃならんのだ。


「それよりなんでもするって言ったよな」

「はい……」


何をさせようか。悩むな。


「とりあえず保留で」

「真白様ぁ!」

「なしにしたわけじゃないからな」

「……」


なんだそのわかりやすい落ち込み具合は。そんなにエグいことはさせんて。

なんてことがありつつも俺はいつもの如く退屈な講義を受けるのだった。

ちなみに黒瀬のレポートはギリギリ間に合った。



***



冬休みも昨日で終わり今日からは3学期が始まる。少し前までは学校に行くのが楽しみだったけど今日はちょっとめんどくさいなと思ってしまっている。


「お姉ちゃん、冬休みもうちょっと長かったらよかったのにね」

「うん。今までの私たちじゃそんなこと思いもしなかったよね」


隣を歩く小春も同じようなことを考えていたみたいだ。これまでは父から逃れられる学校が唯一の救いだったけど今は違う。真白さんの家は私たちにとってとても心安らぐ場所になっていたのだ。だから学校がちょっと面倒に感じてしまう。


「あっ、じゃあねお姉ちゃん」

「うん。気をつけてね」

「はーい」


いつもの交差点で小春と別れる。途中までは通学路が同じだから一緒に登校するんだけど別れた後の小春がちょっと心配だ。交通量もそこまで多くないし周りには小学生の姿もちらほらと見えるから大丈夫だとは思うけどね。



小春と別れてから5分と経たないうちに中学校に着いた。


「おはよう」

「あっ、葵だ。おはよー」


彼女は私の友達のマキだ。明るくてどこかのんびりとしている性格の持ち主でクラスでも人気が高い。


いつも通りマキと他愛もない会話をして授業の開始を待つ。

今日は始業式だから午前中には帰れるはずだ。


「あれぇ? 葵なんかいいことあった?」

「なんで?」

「いやぁ、なんとなくだけどさー」


いいこと、か。最近あったいいことといえば真白さんに会ったことくらいかな。

とはいえマキに真白さんのことを話すわけにもいかないし。


友達には家庭のことは話していない。というより話せるわけがなかった。

だからみんな私を対等な関係で扱ってくれる。私にとっては学校で友達と話す何気ない時間が一番好きだった。


「よーし、席つけー」


チャイムと同時に担任が教室に入ってくる。


「明けましておめでとう。冬休みはリフレッシュできたか? 今日から学校が始まるわけだが気持ちを切り替えて授業に臨むように。来年の今頃は受験シーズン真っ只中だからな」


先生の話が終わると各自机を前に運び始める。1時間目は大掃除だからね。

それから体育館で校長先生の長い話を聞き、教室に戻ってきた。


「葵、次は席替えだよ。誰の隣になるのかな!」

「そうだね、私は位置さえよければ誰でもいいかな」

「えーほんと? 好きな人の隣になったらどうしようー」

「マキって好きな人いたんだ」

「えー話してなかったっけ? 葵はいないの?」

「私は……」


好きな人か。正直なところ好きが何かがわからない。

一緒にいて落ち着いてそれでいて楽しい気分になるのは真白さんだけど、ただ単に私にそういった経験が不足しているだけなのかもしれない。


記憶を失っていた時の私は真白さんに好きだと伝えていたような気がする。

でも最近になってあれは混乱していただけなのかもしれないと思うようになっていた。だって"好き"にはもっと時間をかける必要があると思うから。


今の父がいい例だ。長くいればいるほど相手の色々な部分が見えてくる。でも本当に好きならそんな部分も受け入れられるはずだ。だから"好き"には時間をかける必要があると思う。


「私はまだいないかな」

「そっかー。葵はモテるから選び放題だと思ったんだけど」

「え?! 何それ初めて聞いたんだけど。それならマキの方がモテるでしょ?」

「ウチ? ないない。それならとっくに――」


そう言うとマキは顔を真っ赤にして黙り込んでしまった。

どうやら妄想の世界に入り込んでしまったみたいだ。


「よーし、じゃあ席替えするぞー。端っこの2人じゃんけんな」


じゃんけんに勝った方の列からくじを引きに行く。

くじに書かれた番号と先生が黒板に書いた数字を照らし合わせて席を確認するシステムだ。


後半にもなると教室は喜びと落胆の声に包まれていた。

確かに席替えは一大イベントだけど大袈裟だなと思いつつもくじを引く。


「えっと……」


隣は女の子か。私のクラスは若干女子の方が多いのでこんなこともある。

それから全員がくじを引き終えたところで席を移動し始める。


「夕凪さん。よろしくね」

「うん。よろしくね。えっと、成宮さんでいいかな?」

「下の名前でいいよ」

「じゃあ遥香さん。私のことも名前で呼んでね」

「うん。葵さんと話すのは初めてだよね」

「そうだね」


成宮遥香さん。この子は割と有名な子だ。

確かに容姿はかなり整ってるし性格もいいと聞く。

そんな子なら名前が知れ渡るのも当然だ。


が、それ以上にこの子はブラコンとして知れ渡っていた。これまで直接話すこともなかった私が知っているくらいだから結構な人が遥香さんイコールブラコンという認識を持っているんじゃないだろうか。尤も本人はブラコンであることを頑なに否定しているのだが。


さて、噂は本当なのだろうか。


「そういえば遥香さんってお兄さんがいるんだよね」

「うん! お兄ちゃんは高校生なんだけどね――」


私が話題を振ると遥香さんはお兄さんについてベラベラと語り始めた。

この反応は本当っぽいな。



まさかこの後毎日のようにお兄さんの話を聞かされることになるとは思ってもみなかった……



***



お姉ちゃんと別れた私は1人で学校に向かった。


「うわ……」


靴箱を開けるとそこには数枚の手紙が入っていた。

1つ1つが丁寧に封までされている。


「またか……」


とりあえずその手紙を全部持って教室へ向かう。


「おはよー」

「おはよう」


私の席は窓側の一番後ろだ。教室では1位2位を争うベストポジション。

ここなら後ろから見られる心配もない。

本当は誰もいない場所で読むのがいいんだろうけど小学校じゃそんな場所ないからね。


「小春ちゃん、おはよう」

「あっ、おはよう」

「それ……また?」

「うん。嬉しいんだけどちょっと困るよね」


そう。さっきの手紙はすべてラブレターだったのだ。

私夕凪小春は自分で言うのもなんだけどめちゃくちゃモテる。

というかこんなにラブレターを貰っておいて『全然モテないんですよ』とかいう図太い神経は持ち合わせていない。


友達曰く年齢にそぐわず大人っぽいところとか落ち着いているところが魅力的なんじゃないかとのこと。そんな自覚はないんだけどなぁ。


しかもこのラブレターは学年問わず来るものだから複雑な気持ちになってしまう。

一応全部目を通して待ち合わせの指定があれば直接出向いてお断りするようにしている。せっかく書いてくれたんだからそれくらいはしないとね。


「いいなー。私もそんなにラブレター貰ってみたい」

「心苦しいだけだって」

「これがモテる女の悩みか」

「そんなんじゃないってば」


実際、待ち合わせ場所に行って相手が勇気を振り絞って告白してくるのを断るのはすごく申し訳ないと思っている。でも一方的に存在を知られているだけの相手に付き合うのはなんか嫌だ。それに今の私には気になる人ましろさんもいるしね。


そうして今日の放課後もラブレターの返事に時間を割くことになったのだった。

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