第15話 雪遊び
早いもので冬休みもあと2日だ。
小中高生の頃は長期休暇明けの登校が面倒くさかったものだが大学生にもなるとそんな憂鬱さは消え去っていた。モラトリアム最高。
なんてくだらないことを考えていたのだがここには小中学生がいるわけで。
2人は宿題の最終確認をしたり学校の準備をしたりとせわしなく動いていた。
「真白さん、この問題これで合ってますか?」
「どれどれ……」
うっ、よりによって数学か。しかも図形問題。中学レベルの図形問題って苦手なんだよな。補助線を引いたりとかあんなのひらめきじゃないか。
「えっと、これはこうして……」
「なるほど! さすが真白さんです!」
俺にも解ける問題でよかった。この歳になっても割と覚えてるものだな。
その後も家庭教師じみたことをしていると絵日記をつけていた小春が突然声を上げた。
「わぁ、雪だ!」
その声につられて窓を見ると真っ白な雪がひらひらと舞い散る様子が目に飛び込んできた。
俺の地元は雪なんて滅多に降らないようなところだったのでこうして雪が降る様子を目の当たりにするとなんだか嬉しくなってくる。
「この地域では雪って結構降るの?」
「たまに降ることはあっても積もるまではいかないですね」
そうなのか。まあ積もったら積もったで雪かきとか大変だろうし俺も外出中に降ってこられるのは嫌だなと思う。
でも――こうして窓を眺めてわくわくしている小春を見ていると積もってほしいな。
「雪、積もるといいね」
「はい! 雪が積もったら雪合戦しましょう!」
小春はそう言って再び窓の外に視線を移す。その様子は普段のしっかりしたものとは異なった年相応の無邪気さを感じさせる。
「真白さん! これ見てください」
葵に言われた通りテレビの画面を見るとこの地域一帯に大雪警報が発令されているといったニュースが流れていた。なんでも数十年に一度の寒波が到来してるとか。
「まじか。このままいけば本当に積もるかもね」
「そうですね。でもどうせ寒いなら雪でも降ってくれた方が気分が変わると思いませんか?」
「確かに」
その夜はいつも以上に冷たい隙間風を受けながら眠りについた。
さすがは数十年に一度の寒波。
それにしてもこのボロアパートどうにかならないかな。
翌朝。冬休み最終日。
いつもなら3人とも昼前に目覚めるのだが今日は小春から叩き起こされた。
「壮馬さん! 起きてください! 雪たくさん積もってますよ!」
「うっ……うう」
「雪合戦しましょうよ!」
寝ぼけ眼をこすりながら体を起こすとかなり興奮した様子の小春の姿が見えた。
パジャマも着替えて遊ぶ気満々だ。
「おはよう」
「おはようございます! さあ! 行きましょう!」
「ちょっと待って、先に朝ごはん食べようよ」
「雪が溶けちゃいますよ」
「そんなに早々溶けることはないよ」
そう言いながらも外の様子を確認してみる。
昨日は見えていた地面も今では真っ白な雪に覆われてしまっていた。
たった一夜にして一面が銀世界へと変貌していたのだ。
遠目から見ても結構な量が積もっているのがわかる。
「おっ、これはすごいな。こんなに積もってたのか」
「早く朝ごはん食べましょう!」
「わかったよ。用意するから葵を起こしてきてくれる?」
急かしてくる小春を宥めながらも朝食の用意を始める。
昨日から普段と違う様子の小春を見ていると雪遊びをするのが相当楽しみなんだなと思う。
確かに小学生なら雪遊びも楽しみに感じるよな。なんならあの光景を目の当たりにした俺すらもちょっとわくわくしているくらいだ。
「おはようございます……」
「おはよう。ちょうど朝ごはんできたよ」
葵はまだ眠いのかふらふらしている。
小春とは対照的なその姿を見ていると自然と笑みが零れてしまう。
「いただきます」
「「いただきます」」
今朝は久しぶりにフレンチトーストを作ってみた。
「んっ! これは!」
寝ぼけながらもフレンチトーストを口に含んだ葵が目をパッと見開く。
「どうしたのお姉ちゃん?」
「このフレンチトースト確か私が真白さんの家で初めて食べたやつじゃないですか」
「覚えててくれたんだ」
「もちろんです! あんなにおいしいものを忘れるわけがありませんから。にしてもまた食べられるなんて」
「確かにおいしいね。私フレンチトーストなんて初めて食べたかも」
こんなに褒められるとむず痒いな。でも気に入ってくれたようで何よりだ。
それから朝食も食べ終わり、食休みを挟んで外に出ることにした。
雪遊びということで近くの公園に行くことにしたのだがその道中が結構大変だった。
俺の靴をすっぽり覆うほどに積もった雪は歩くたびにサクッサクッと跡を残していく。
これは絶対濡れて帰ってくる羽目になるだろうなと思いつつもせっかくの機会を楽しもうと思ったのだった。
意外にも公園には誰もいなかった。てっきり小学生なんかが遊んでいるのかと思っていたけどそうでもなかったらしい。そもそもこの近所に小学生がいるのだろうか。
「いやぁ誰も居なくてよかったです。中学生にもなって雪で遊んでるのを見られるなんて恥ずかしいですから」
「そう? 別におかしくはないと思うけどなぁ」
雪の降らない地域では年齢に関係なくテンションが上がるものだと思う。
ましてや小中学生がはしゃぐのは普通じゃないか? さすがに俺みたいな大学生がはしゃぐのはどうかと思うが。
「壮馬さーん、行きますよー」
「えっ? ……ぐえっ」
「あはは! なんですか今の声!」
遠くで雪玉を丸めていた小春が急に雪玉を投げつけてきた。
ほう。今のは宣戦布告と受け取ってよろしいか?
「小春! 急に投げたらダメでしょ。真白さん、ごめんなさい……あれ?」
「よろしい、ならば戦争だ」
「あ、あれ~壮馬さん? 怒ってます?」
「ちょ、真白さんまで!」
そんな風に俺たちは雪合戦や雪だるまを作ったりと1年に1度できるかできないかの遊びを大いに楽しんだ。なんだか俺も童心に帰った気分だ。
「楽しかったですね!」
「もう小春ははしゃぎすぎだってば」
「まあまあ、こっちの地域だと滅多にできない経験だろうし。俺も楽しかったよ」
「そう……ですね。私も楽しかったです」
3人での外出は何気に今日が初めてだったりする。
こんなふうに色々な経験を、感情を分かち合える毎日が続けばいいのにと思う。
だが一方でこの生活はそう長く続かないだろうとも考える自分がいた。
これまでは2人を楽しませようとしてきたけど流石にこのままずるずるとこの関係を続けるのはよくないよな。
「真白さん?」
「ん? ああ、ごめん。さあ家に帰ろうか」
その夜、テーブルの上に小春の絵日記が置かれていたので覗いてみた。
そこには今日の雪遊びのことがぎっしりと綴られていたのだった。
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