第11話 本屋にて
俺たちは本屋へ来ていた。田舎だけあって近場の大型書店といえばここくらいしかないため俺も昔はよく訪れていたものだ。
「小春は本よく読むの?」
「そうですね。家にいても暇でしたからよく読んでました」
まだこの呼び方には慣れないな。
どうやら小春の方も同じらしく俺が名前を呼ぶたびに恥ずかしそうにしている。
まあ向こうからこう呼んでほしいと言ってきたわけだししばらくすれば慣れるだろう。
小学生が読む本なら児童書コーナーだろうと思い足を運んだのだがどうやら違ったらしい。
「小春くらいの年齢なら児童書とかかなと思ったんだけど違った?」
「学校の図書室でなら読むんですけど最近はこっちですね」
小春はそう言ってラノベコーナーを指さした。
小学生でラノベは凄いな。というか大丈夫なのか? 際どい表現のラノベも結構あると思うんだが。
「最近はこれにハマってるんですよ」
「おっ! それ霊恋じゃないか」
小春が手にしているのは幽霊少女と恋愛してみた――通称霊恋と呼ばれる作品だ。
霊感がある主人公と主人公に想いを寄せる幽霊の女の子との日常を描いた物語で切ないと話題なんだよな。
「壮馬さんも知ってるんですか?」
「もちろん。5巻までは読んだけど6巻も出てたなんて知らなかったな」
「私も試しに読んでみたらハマっちゃって、5巻まで一気読みしてしまいました」
「話のテンポもよくて何より主人公とヒロインの関係性が切ないんだよな」
「わかります! 成仏が近づいているから主人公のことをあきらめるしかないという流れには思わず涙しちゃいました」
まさか身近にこの手の話が通じる子がいたとは。自分が好きなものについて語り合える人がいるというのは案外嬉しいものだな。
「家にもラノベが大量に置いてあるんだけど読みたいのがあったら自由に読んでいいからね」
「本当ですか?! ありがとうございます」
小春は本の話題になると興奮した様子で喋っていた。
その表情はとても嬉しそうで、見ているこっちまで楽しくなってくる。
「……それから――あっ、ごめんなさい。ついつい喋りすぎてしまいました」
「大丈夫だよ。でもそろそろお昼だし、続きは家でゆっくり話そうか」
「はい!」
申し訳なさそうな表情をしていた小春は俺の言葉を聞いてパッと笑顔になった。
こんなところはやっぱり姉妹というだけあって似ているなと思う。
それから霊恋6巻とその他ラノベを数冊買い、フードコートに向かうことにした。
「小春もフードコートははじめて?」
「はい。はじめて来ました」
流石に正月早々ここに来る客は少ないのかいつも以上にテーブル席に空きがみられる。
葵ちゃんと来た時も結構少なかったけどあの時の半分くらいしかいないな。
まあ座れるに越したことはないか。
「小春は何が食べたい?」
「えっと……あれで」
立ち並ぶ飲食店の看板を一通り見渡した小春が指をさしたのはラーメン屋さんだった。
あれ? デジャヴ? 葵ちゃんと同じものを選んでるし。
「ははは、姉妹揃ってラーメンを選ぶとは」
「お姉ちゃんもここに来たんですか? というかラーメンを選んだんですか?」
「うん。まだ出会ったばかりの頃だったけどね」
「うぅ、なんか複雑な気分です……」
今回は前回のように待機列はできていなかったのでそれぞれの目的の店に2人で並び、注文を済ませた。
そこで恒例のスマホサイズのブザーを受け取る。
「楽しんでもらえたかな?」
「もちろんです。何というか……ごめんなさい。最初の方はあんな態度で接してしまって」
「いいんだよ。前にも言ったと思うけど俺が小春の立場だったら受け入れ難いからね」
そんな話をしているとテーブルの上のブザーが鳴る。
「ふぇっ?! ……びっくりしました。これブザーだったんですか」
「ははは」
「もう、何笑ってるんですか」
「ごめんごめん、葵ちゃんと反応が全くおんなじだったからつい」
ともあれようやく2人の食事がそろった。
小春は目の前のラーメンに目を輝かせている。
「それじゃあ、いただきます」
「いただきます!」
じゅるじゅると麺をすする音が響く。
「おいしいです!」
「それはよかった」
かみしめるようにしてラーメンを食す様を見ていると心の底からおいしそうにしているのが伝わってくる。
「この牛丼もおいしいな」
前回はちゃんぽんを選んだがこのフードコートに新しく牛丼チェーンが参入したと聞いたので牛丼を食べることにしたのだ。うまい、安い、早い――牛丼を表すのにこれほどピッタリな表現はないだろう。と、同時にサラリーマンや学生に人気なのもうなずける。
先程までラーメンを食べるのに集中していた小春だったが今度は物欲しそうな顔でこちらを見つめていた。もしかして葵ちゃんみたくこの牛丼が食べてみたいのだろうか。
「食べてみる?」
「大丈夫です。……あっ、もしかしてお姉ちゃんが言ってたいつもあーんしているってこのことですか」
「誤解だよ。いつもやってるわけじゃない」
「やってはいるんですね」
「ごめん」
「ふふふ、冗談です。もう怒ってませんから」
小春はそう言うと再びラーメンを食べ始めた。
今日1日で仲良くなれただろうか。少なくとも昨日までよりは距離が縮んだような気がする。
思い返せばあのおっさんから助けた辺りからか。こう考えると少し癪だがあのおっさんにはきっかけを作ってもらったわけか。うん? おみくじに書いてあった争い事ってこれのことか?
でも争い事ってほど大袈裟なものでもなかったしな。
「壮馬さん? 大丈夫ですか?」
「えっ? ああ、大丈夫だよ」
「壮馬さんは……何か隠し事があるんですよね」
「隠し事?」
彼女たちに対して隠し事をしているつもりはないが一体何のことを指しているのだろうか。
「お姉ちゃんが言ってました。『真白さんは時々つらそうな顔をすることがあるんだ』って」
「そんなことを言ってたのか」
「私も実際に壮馬さんと関わってみて何かがあるんだろうなと思いました。上手く言葉で言い表せないですけど」
おそらく彼女たちが感じてることは俺のトラウマに関することだろう。それと彼女たちを助けてよかったのかという葛藤。いずれはきちんと向き合う必要がある。でも今はもう少しこの関係性を続けていきたい。先延ばしにするのはよくないと頭ではわかっている。だけど彼女たちの楽しそうな表情を見てしまったらどうしてもそう考えてしまう。
「私たちに手伝えることがあれば言ってください。助けてもらったんですから次は私たちが――」
「ありがとう。でもこの件についてはもう少し待っててほしい。いつかちゃんと話すから」
「そう……ですか。ごめんなさい。急にこんなこと聞いて」
「いいよ。それよりご飯も食べ終わったことだし次はどこに行こうか」
小春は申し訳なさそうにうなだれる。ごめんな。これに関しては俺が悪いんだ。
こうしてちょっと暗くなった空気を戻そうと次の目的地に向かうことにした。
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