第8話 大晦日の過ごし方

葵ちゃんと和解もしたことで頭上の重しが取れたような気分になった。

ふと時計に目をやると時刻は12時過ぎ。


ぐぅーー


気の抜けたような音が室内に響き渡る。

音の出所には頬をみるみる紅潮させて俯く葵ちゃんの姿があった。

あれはおなかの音だったのか。


こんなときモテる男ならどうするだろうかと考えながらも俺はモテる男ではないのでこう言うしかなかった。


「そろそろ昼ごはんにしようか」

「……はい」


なんか余計に恥ずかしがらせてるみたいなんだが?!

人間の心理は難しいなと思いつつもキッチンへ向かう。

その後ろからなぜか葵ちゃんもついてくる。


「どうしたの?」

「私も手伝います」


家にいたときの癖みたいなものかな。手伝ってくれるのは嬉しいけど今朝の買い出しでは結局おせち類しか買っていなかったので昼ごはんはインスタントラーメンにするしかなかった。


「ありがとう。でも今日はゆっくりしといてよ。ほら小春ちゃんもまだ片づけてるみたいだし」

「わかりました。そういうことなら」


どこか不満そうにしながらも俺の指示に従ってくれた。

やりたいと言ってくれることに対して否定するのは気が引けるが今日くらいはゆっくりしてほしいからな。


しばらくして3人前のラーメンが出来上がった。袋麺だけど大丈夫だろう。


「2人ともご飯できたよ」

「はーい」


葵ちゃんが元気よく飛び出してきた。よほどおなかが空いていたのだろう。

それに続くように小春ちゃんも出てくる。まだ警戒しているようだ。


「それじゃあいただきます」

「「いただきます」」


じゅるじゅると麺をすする音だけが耳に響く。

3人とも夢中で食べていた。

ただの袋麺だけど気に入ってくれたのだろうか。そうだとすればありがたい。


「「ごちそうさまでした」」

「お粗末様でした」


皿を下げ、しばしの閑談を楽しみつつも2人は部屋の整理をすると言って戻っていった。


1人残された俺はというと皿を洗い、リビングで年末の特番を眺めているのであった。



特番にも飽きてきたので一眠りしようとしたとき、襖が開く音と共に小春ちゃんが現れた。


「真白さん、お話があります」

「ん? どうしたの?」

「ここじゃあ、あれなので外に出ましょう」


わざわざ外に出て話すってことは葵ちゃんに聞かれたくない話だろうか。

とはいえ断る理由もなかったので小春ちゃんと共に外に出る。


「その……私たちを助けてくれたことは感謝しています」

「力になれるかはわからないけど今はここで休んでほしい」

「はい。ですが……」


そう言うと小春ちゃんは表情を一変させた。

そして腰に手を当て、ビシッと俺を指さしてきた。


「これ以上お姉ちゃんと仲良くしないでください!」

「えっ?」

「そのままの意味です。助けてくれるのはありがたいですが私たちにはあまり深入りしないでください。私はまだあなたのことを完全に信用したわけじゃありませんから!」


それだけ言うと小春ちゃんは家の中に戻っていった。


一体どういう意味だ? 

小春ちゃんはまだ俺のことを信用していないと言っていた。

その気持ちは分かるし、もし俺が小春ちゃんの立場だとしてもたった数日で信用できるわけではないだろう。

だとすれば俺が今やるべきは小春ちゃんに少しでも安心してもらうことか。

ならばやはり彼女の言葉通り葵ちゃんと距離を置くべきか。


俺は深呼吸をして家に戻った。



それからは特に2人と話すこともなく時間が過ぎた。

時計を見ると時刻は18時半。

そろそろ夕飯の準備をするかと思い、冷蔵庫の中のおせち類を取り出した。


そういえばおせちっていつ食べるのが正しいんだろうか。地域や家庭によって差があるとは聞いたことあるけど家は大晦日に食べていたような記憶がある。


「2人とも夕飯食べる?」


襖に向かって問いかけてみると元気のいい返事が聞こえてきた。


「うわぁ! お寿司ですか?」

「すごいねお姉ちゃん、おせちなんて久しぶりに見たよ」

「まあ総菜なんだけどね」

「それでも充分ですよ!」

「それじゃあ食べようか」

「「「いただきます!」」」


昼間のやり取りが嘘だったかのように小春ちゃんは食事を楽しんでいた。

葵ちゃんも寿司を食べて頬を緩ませている。

2人ともとても嬉しそうだ。

そんな2人に見とれていると俺の視線に気づいたらしい葵ちゃんが声をかけてきた。


「あれ? 真白さん食べないんですか?」

「え? いや、食べるよ」

「ふふふ、私たちの方を見ていたみたいですけど、そんなに食べさせてほしいんですか?」


そう言うと葵ちゃんは伊達巻を箸でつかみ、俺の口元に近づけてきた。


「はい、あーん」

「な!?」


その様子を見ていた小春ちゃんが驚きの声をあげた。

よく見るとこちらを睨みつけている。

くっ……昼間のやり取りがあった手前、ここで葵ちゃんのあーんを受けるわけにはいかないだろう。


「葵ちゃん? 大丈夫だから!」

「何をいまさら。いつものことじゃないですか」

「いつ……もの?」


小春ちゃんの表情がさらに険しくなる。


「語弊があるから!」


あの言い方だとまるで俺たちが毎日あーんし合ってるみたいに聞こえるじゃないか。

ほら、小春ちゃんが鬼のような形相で睨みつけてきてるし!


「むうっ、どうして食べてくれないんですか」

「ほら……俺たちそういう関係じゃないでしょ?」

「一緒にお風呂に入ったのに?」

「お……ふ……ろ?」


確かに! 温泉には入ったけども!

ああ! 小春ちゃんの目が死んでる!


「ちょっとお姉ちゃん! いくら匿ってもらってるとはいえ相手は大人なんだよ? もっと警戒しないと!」

「ええ? 心配しなくても大丈夫だよ。真白さんはひどいことするような人じゃないから」

「わからないでしょ? 本性を隠してるだけかもしれないし」

「もう、そんなこと言ったら失礼だよ?」

「いや、いいよ。俺も小春ちゃんの立場なら疑って当然だからね。でもこれから仲良くしていけたらなと思ってるよ」


俺がそう言うと小春ちゃんはぷいと顔を背けてしまった。

信頼を築くのにはまだまだ時間がかかりそうだな。



それから俺たちはおせち料理や年越しそばを味わいつつ1年の終わりを平凡に過ごしたのだった。

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