第6話 提案

俺は小春ちゃんと出会ってから家に帰ってきていた。

彼女と出会えたのは嬉しい誤算だった。

おそらくあの伝言で事態が前に進むことだろう。


そう考えていると見計らっていたかのようなタイミングで電話がかかってきた。

この時代に電話とは珍しい。誰だろうと思ってスマホを取ると見たことない番号だった。


「もしもし」

「あっ、もしもし。真白さんの携帯ですか?」

「そうですけど……」


電話の向こうから聞こえてきたのは聞き覚えのある声……というかついさっき話したばかりの少女の声だった。


「私夕凪小春です。さっきの」

「やっぱり小春ちゃんか。どうしたの?」

「実はお話があって……」


小春ちゃんが不安げな声色でそう告げてくる。

特に用事もないし話を聞くことにした。

むしろ向こうから連絡を取ってきてくれるのは願ってもないことだった。

以前葵ちゃんはスマホを持っていないと言っていたが小春ちゃんは持っていたのだろうか。


「単刀直入に言います。お姉ちゃんと私を助けてください」

「……もちろん。その言葉を待ってたよ」

「よかったです。それで打ち合わせをしたいんですけど」

「その家からどうやって逃げるかだよね」

「話が早くて助かります」


ほんとに小春ちゃんは小学生なのだろうか。

なんかものすごい大人な対応なんだけど。


「実は私たちは明日にでもこの家を離れようと思っています」

「それまた急だね」

「というのもお父さんの仕事が明日まででそれ以降はお正月休みになるからです」

「なるほど。そうなると家から出るチャンスがなくなるわけだ」

「はい。ですから明日お父さんが仕事に行った後から帰ってくるまでの間に逃げたいと思っています」

「わかった。俺は大丈夫だよ。それで俺は何を手伝えばいい?」

「そうですね、私たちの家の近くまで来てもらって荷物を持ってもらえると助かります。教科書とか学校に必要なものもあるので」

「荷物持ちね。了解」

「詳しいことは今からお姉ちゃんと相談したいのでまた明日になるかもしれません」

「わかった」

「では失礼します」

「あっ待って」

「どうしたんですか?」

「最後に、希望を捨てちゃだめだよ」

「……はい。ではこれで」

「じゃあね」


そうして電話を切る。

しっかり者の妹だな。葵ちゃんがうらやましいよ。

何はともあれ彼女たちの悲惨な日々は明日で終わり。

あとは俺が精一杯楽しませて普通の人と変わりない生活をさせてあげればそれでいい。


こうして事態がいい方向に進んでいることに満足した俺は夜のルーティンをこなし、眠りにつくのであった。



――夕凪家

「お姉ちゃん、あの人が助けてくれるって」

「ほんとに?!」


お姉ちゃんはものすごく嬉しそうだった。


「それで明日にはここを出るから今のうちに荷物をまとめておこうよ」

「わかった。明日しかチャンスがないもんね」


そうして机の上にある教科書や通学カバン、服など必要最小限のものを用意する。


「真白さんの家に布団があったから寝具は大丈夫だよ」

「うん。さすがに持っていこうとは思わないよ……」

「え? そうだったの?」


なんというかお姉ちゃんはちょっと天然なところがある。


「じゃーん。見て見て」

「えっ? それどうしたの?」


お姉ちゃんが手に持っていたのはお札だった。それも結構な枚数がある。


「実はさ、前からお年玉貯めてたんだよね。高校生になったらこの家を出て行ってやると思って」

「そうだったんだ。でもそれだけあればしばらくは安心だね」

「うん。さすがに無一文で真白さんのお世話になるわけにはいかないからね」


ざっと数えても10万円とかそれぐらいある。

すごいなお姉ちゃん。私だったらすぐに使っちゃいそう。


しばらくして2人とも荷物をまとめ終わった。

あとは気づかれないように部屋のすみにおいておけば大丈夫だろう。

お父さんが私たちの部屋に入ってくることはないし鍵もかけれるから。


ガチャッ


ちょうどいいタイミングでお父さんが帰ってきた。

いつもならその音を聞くだけで震えが止まらないけど今日でこの苦痛ともお別れできると思うとなんだか気持ちが楽になった。それにあの人からかけられた希望を捨てないでという言葉も私たちを救ってくれているような気がする。


「おい! さっさと降りてこい! 俺が帰ってきてやったんだ」


玄関先からお父さんの暴言が聞こえてくる。その様子もいつもと変わらないのになんだか今日は滑稽な姿に見えた。


そうして今日も今日とて私たちは殴られたのだった。

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