第3話 手紙

葵ちゃんが再び家に戻ると言い家を飛び出して行った日。

買ってあげた服も返されてしまったため、とりあえず畳んでおこうと思い服の山を動かした。

すると服に紛れて1通の手紙が出てきた。


「差出人は……葵ちゃん?」


内容が気になった俺は手紙を開けてみることにした。

中には女の子らしい文字でこんなことが書かれていた。


(真白壮馬さんへ

 およそ2週間お世話になりました。一緒に買い物に行ったこと、ゲームをしたこ  と、料理をしたこと、クリスマスを楽しんだこと、それから温泉旅館に泊まったこと。すべて楽しい思い出です。あなたに出会えてよかった。あなたに救われた気がします。

 もう会うことはないと思いますが私のことは気になさらないでください。それから、私を裏切ったなんて言ってごめんなさい。本当はそんなこと思っていません。

 最後になりますが、本当にありがとうございました。私のことは忘れて健康に過ごされてくださいね

                                  夕凪葵)


これを見た時、なぜか涙が出てきた。自分のしてきたことが間違いじゃないと言ってもらえたからだろうか。

手紙には葵ちゃんのことを忘れるように書いてある。でもそんなことできるはずがない。

こんな中途半端な形で関係を切るわけにはいかなかった。

だから、俺は葵ちゃんとその妹を助ける。

図々しくもそう考えたのだった。



――翌日。

昨日の夜は中学時代のトラウマを思い出してしまった。

あの日から俺は他人を信用しないし助けなくなったんだっけ。

でも葵ちゃんと出会ってから少しずつ心を開けるようになったかもしれない。


そんなことを考えていると――


「よお、壮馬。ん? どうしたんだ? 元気ないみたいだけど」

「そうか? 別になんともないぞ」


今日は補講日ということで大学に来ていたのだがどうやら黒瀬も同じらしい。


「ふーん。あっ、もしかして従妹ちゃんと喧嘩したとか」


相変わらず黒瀬は鋭い。毎回当たらずとも遠からずといったところをせめてくる。

どうしたものか。正直に言うか? でもやっぱり大事にはしたくない。


「まあ、そんなところだ」

「やっぱり? なんで喧嘩したんだよ?」

「そうだなー、お互いに素直じゃなかったのかもな」

「???」


黒瀬は何のことかさっぱりわからないといった表情を浮かべていた。


結局、俺は葵ちゃんのことを助けたくて、葵ちゃんは俺に迷惑をかけたくないし妹と一緒じゃないと嫌だというだけの話だ。

じゃあどうするか。2人まとめて助ければいいじゃないか。


「まあ原因がわかってるなら大丈夫なんじゃないか?」

「そうだな。ありがとう黒瀬。解決できそうだよ」

「おっ……そうか。よくわからんが力になれたようでよかった。それにしても珍しいな壮馬がお礼を言うなんて」

「いやマジでどんだけ印象悪いんだよ」


せっかくお礼の言葉を言ったと言うのになんでムードを壊すかなぁ。

まあそれもあいつなりの照れ隠しなのかもな。



それから講義も終わり、バイトに行く時間になった。

なんかバイトも久しぶりというか、なかなか入れてなかったんだよな。


バイト先に着くと紫雲先輩がいた。どうやら今日も同じシフトみたいだ。


「久しぶりね真白くん」

「お久しぶりです」


バイトに入れなかったことを謝罪しつつも少し雑談をして、仕事に臨んだ。


「早いもので今年もあと2日ね」

「言われてみればそうですね」


確か旅館に行った日がクリスマスの2日後でそれから2日経ってるから……

今日は12月29日か。うん。今年もあと2日だ。


「また1つ歳を取るのかと思うと憂鬱だわ」

「えっ? 紫雲先輩って俺の1つ上でしたよね?」

「そうよ」

「ならまだ全然若いじゃないですか」

「そうだけど、女の子にとっては歳を重ねるのは憂鬱なのよ」


そうなのか。俺は歳を取るにつれて自由度が増してるような気がするから歳を重ねるのはあまり悪い気はしないんだけどな。


「ところで話は変わるけど、もし時間があれば今日もお茶しない?」

「今日ですか?」

「予定があったかしら?」


そう言って不安げな表情をみせてくる。そんな表情されたら断れないだろ。

まあ断るつもりもないけど。


「大丈夫ですよ。行きましょうか」

「ふふふ、ありがとう」


紫雲先輩はそれはそれはうれしそうな笑みを浮かべるのだった。



バイトも終わり、前回と同じ店でお茶をすることにした。

先輩はミルクティー、俺はまたもや抹茶ラテを注文する。

この間飲んだやつが結構おいしかったんだよな。


「それでどうしたんですか?」

「ん? どうって?」

「いえ、何か話があるのかなと思って」

「特に私から話したいことはないのだけれど、強いて言えば真白くんの方が話したいことあるんじゃない?」

「俺ですか?」


特に相談事とかないんだけどなぁ。


「真白くんがなんだか寂しそうというか、悲しそうな顔をしていたものだから」

「そう……ですか」

「葵ちゃんのことで何かあったんじゃないかしら」


どうして俺の周りにはこう、鋭い人ばっかりなんだ。

それとも自覚してないだけで実は顔に出やすいタイプなのか? 俺は。


「まあ、そうですね。ちょっと喧嘩したというか」

「やっぱり?」

「多分お互いに意地を張り合ってるだけなんですけどね」

「原因がわかってるのなら大丈夫じゃないかしら。あとは素直になることと後悔のないようにすることかしらね」


これは黒瀬にも言われたことだな。でも……


「後悔のないように……ですか」

「そうよ。どんな選択でも後悔が残ってしまったら楽しくないでしょう?」

「そうですね。選択肢があるのは今だけですからね」

「そういうこと。まあ喧嘩の内容はわからないけれどもお互いに納得できる選択をとって自分を信じて謝罪してそれから相手を許すことができるのなら仲直りできるんじゃないかしら」

「自分を信じる……」


これまで自分は情けないやつだとか卑下してきたからな。自分を信じるというのは確かにできてなかったかもしれない。そうか俺はいつの間にか他人だけじゃなく自分自身も信じないようになっていたのか。


「ありがとうございました。なんだか気分がすっきりしました」

「力になれたようでよかったわ」

「なんか俺ばっかり助けられてるようで。お礼ができればいいんですけど……」

「いいのよ。先輩だから当然でしょう? でも、そうねぇ……真白くんがお礼をしてくれるっていうなら今度デートにでも行かない?」

「デ……デート?!」

「私と一緒は嫌かしら?」


そう言って悲しげな上目遣いをしてくる。これはずるいだろ。

でも俺なんかとデート? どういうことだろう。

考えてもしょうがないか。


「俺なんかでよければ行きましょう」

「ふふふ、楽しみにしてるわね」


デートか。中学時代のトラウマが蘇るな。

もちろん紫雲先輩がそんなことをする人じゃないってことは理解している。

それでも女性と一緒に遊ぶのはちょっと怖いな。

葵ちゃんの場合は一緒に暮らしてたし、何より彼女からしても裏切るメリットがないというか。

とにかく安心できていたんだけど。



それから俺たちは喫茶店を後にした。

家に帰るまでの間例のコンビニを通り過ぎた。

最初はここで出会ったんだよな。そう考えると感慨深いというか。寂しいというか。

やっぱり俺にとって葵ちゃんは大きな存在となっていたんだ。


家に着き、夕食の支度をする。つい先日までは葵ちゃんと料理を作ってたっけ。

ほんとに上達が早くてびっくりしたな。葵ちゃんが1人で作ったオムライスは絶品だった。


久しぶりの1人飯か。先日までは賑わっていたリビングも今はシーンと静まり返っている。


食後だって話しかけてくれる相手もいないし、皿洗いも風呂を沸かすのも手伝ってくれる子がいない。

葵ちゃんと出会う前の日常はこんなにも寂しいものだったのかと改めて思う。

今頃彼女は父親の虐待に……

彼女の家が分かればすぐにでも助けに行ってあげたい。

それが俺の悔いのない選択。少なくとも俺が納得できる選択。


とりあえず今日は寝よう。

そうして1人寂しく布団に入るのであった。

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