第2章 姉妹救出作戦
第1話 葵の葛藤
私は真白さんと来た温泉旅館で突然激しい頭痛に襲われた。
そして混濁する記憶の中でふと妹がいたことを思い出した。
同時になぜそんな大切な存在を忘れていたのか、も。
あの日――真白さんと初めて出会った翌日。
妹の小春を置いて家を出てきた私はそれがとんでもないことだったと気づいた。
もしかすると小春に虐待の手が及ぶかもしれない。
そう考えると居ても立っても居られなくなった私は真白さんに家に帰ると告げた。
しかし、真白さんはそれを許してはくれなかった。
本を手にした彼は私に向って何かを告げだす。
次第に意識が遠のいていき、次に目を覚ました時には小春のことなんてさっぱり忘れていた。
それから私たちはショッピングセンターへ行ったり、ゲームをしたり、料理を教えてもらったり、クリスマスプレゼントをもらったり、商店街へ出かけてみたり、そして温泉旅館を訪れたりしていた。
もちろん今も全部覚えている。何なら一番最初にフレンチトーストを食べさせてもらったことも私が目覚めたときにお粥を作ってもらったことも思い出した。
真白さんが小春の存在を忘れさせていたと知ったときにはショックだった。
それでも真白さんは全部私のためにやってくれたんだ。
こうなることを予想していながらも私を助けてくれようと、楽しませてくれようとしていた。
あの時は純粋に楽しかった。今まで私を裏切ってきた大人たちとは違う。
こんな素敵な人もいるのかと思った。
そして私は思い出した。
あの日真白さんは「妹の存在を忘れてもらう」と言っていたことを。
どうしてそんなことをしたのかわからなかった。
だけど今ならなんとなくわかる気がする。
多分真白さんから見て私は相当危ない状態にあると思ったんだろう。
小春のことを忘れさせてまで私のことを救ってくれようとした。
そうしないと私が拒否してしまうから。
全てを思い出した今、これ以上真白さんの世話になるわけにはいかないと思った。
だから、「真白さんも裏切ったんですね」なんて心にもないことを言ってしまった。
そうすれば嫌われると思ったから。
嫌われればもう私に関わらなくなると思ったから。
彼が私を裏切るなんてことはしないだろう。裏切ったのは私の方だ。
本当は真白さんと過ごした日々を覚えている。楽しかった日々を覚えている。
優しくて頼りがいのある真白さんのことを想っている。
でもダメなんだ。私1人だけ救われてもダメ。救われるなら小春も一緒に救われるべきだ。
喜びも痛みも悲しみも全部分かち合う。
それが私たち――両親に見放された姉妹の生き方だから。
あれ? なんで泣いてるんだろう私。
悲しくなんかない、もう少しで小春と再会できるはずなのに。元いた日常に戻るだけなのに。
怖いのは耐えられる。痛いのも耐えられる。
じゃあなんで!
止まってよ……私の涙。
「それでも私は! これ以上誰の手も借りない! 自分の力で何とかする!」
頬を叩いて気を引き締める。
そう、今日からはまた地獄に足を踏み入れる。
思い出すんだ、私。あの時の生き抜き方を。
何者にも期待しない。光なんてあるはずない。
蜘蛛の糸も降りてこない。ただ痛みと暴言に耐えるだけ。
それが終われば朝が来る。父が帰ってくれば痛みに耐えて――その繰り返し。
少なくとも中学を卒業するあと1年数か月。これを乗り切れば私は家を出る。
もちろん小春と一緒に。家を出ればバイトでもしてお金を貯めて、少なくともその日を耐えしのぐくらいの生活はできるはず。
そんな決意を固めていると久しぶりの忌まわしき我が家が見えてきた。
およそ2週間ぶりか。
「……」
玄関を開け、真昼だというのに真っ暗な廊下を進む。
リビングにはやつれた母の姿があった。父はまだ帰ってきていないようだ。
忘れていたが今日は平日。父はまだ職場にいるのだろう。
母に声をかける気分にもなれなかったので2階の自室に行くことにした。
その前に隣の小春の部屋に行ってみようか。
コンコンコン。
「はい」
小春が中にいることを確認してから扉を開ける。
声を聞くのは数日ぶりだろうか。
「えっ?! ……おねえ……ちゃん?」
「……ごめんね。本当にごめんね!」
小春の姿を見た途端、1人で逃げてしまった罪悪感が抑えきれなくなってしまった。
泣きながら小春に抱きつく。そんな私を見て驚きと喜びのような表情を見せる小春。
「おかえり。待ってたよ」
「ごめんなさい! 私だけ楽しい思いをして! 小春に辛い思いをさせてしまって!」
「ううん。お姉ちゃんはきっと帰ってきてくれるって信じてた」
その言葉を聞きさらに涙があふれる。小春はまだ私のことを信じてくれていたのだ。
帰ってくる確証なんかどこにもなかったはずなのに。
しばらくして落ち着いた私は妹の現状を聞くことにした。
小春から聞いた話はこうだ。
私が家を出て行った日、激怒した父は母に対して暴力を振るった。
そんな光景を目の当たりにした小春は自分の部屋にこもり、1階から聞こえてくる父の罵詈雑言と母の泣き叫ぶ声を聞きながら布団に潜っていた。
翌日からは母と一緒に小春も虐待を受けるようになった。
小春は次第に心が壊れそうになりながらも私が帰ってきてくれることを信じていた。
そして数日が経った今でも父の虐待は続いているらしい。
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