幕間 壮馬のトラウマ②
「あなたのことが好きでした。私と付き合ってください!」
俺は
保志さんというのは目の前にいる同じクラスの女子のことだ。
茶色のストレートヘアーとその童顔が印象的でクラスの中でも人気がある。
彼女とはこれまで接点がなかったが竹原にいじめられ始めたあたりから何かと俺をかばってくれるようになった。
なぜ俺が竹原にいじめられるようになったのかって?
それは竹原がクラスメイトの芦村をいじめている場面を目撃した俺がいじめを止めるように説得したからだ。
おそらく竹原にとって何の関係もない俺が割り込んできたのが気に食わなかったのだろう。
あの日以来クラスでも中位にいた俺は一気にカースト最下位にまで堕ちた。
友人だと思っていた小谷も今では俺を無視するようになっていた。
そんなわけでクラスで孤立することになった俺だが保志さんだけは俺の味方でいてくれた。
理由はわからなかった。でもみんなからいないものとして扱われていたことに参っていた俺からすれば彼女はまさに天使のような存在。彼女が優しくしてくれる理由なんてどうでもよかった。
そんな天使のような保志さんが今、俺の目の前で告白をしている。
相手は俺。これは現実なのだろうか。
「えっと……理由を聞いてもいいかな」
「真白くんの優しいところが好きだったの。今の状況だって元は真白くんが芦村君を助けようとしたから生まれたことなんでしょう? そんないい人をいじめるようなことは私にはできないわ。だから真白くんの彼女になればもっと支えてあげられると思ったの」
「そう……だったんだ。でも、保志さんも知ってる通り俺はいじめられてるんだよ。俺みたいなやつにかまっていればきっと保志さんも標的にされてしまう」
「私は大丈夫だから。それよりも真白くんの方が心配だな」
「そうか。やっぱり保志さんは優しいんだね。こんな俺でよければお付き合いさせてください」
「やったー!」
こうして中学2年生の冬。俺と保志さんは付き合うことになった。
それからというもの放課後は一緒に下校したり、休日にはデートに行ったりした。
学校にいるときとは違う彼女の一面も見ることができたし、何よりこんなにかわいくて優しい女の子が恋人なんて夢のようだった。
学校は居場所がなくて面白くなかったけど保志さんに会えるだけでいいと思えるようになった。
保志さんが希望を作ってくれたといっても過言ではない。
それほどまでに彼女の存在は俺の中で大きなものになっていた。
付き合い始めて1ヶ月程が経ったある日。
俺は竹原に呼び出されていた。屋上へ向かうとそこにはなぜか保志さんの姿もあった。
「保志さん!」
「おいおい、来て早々こいつのことかよ。話があるのは俺だぜ?」
「……竹原ァ」
俺は怒りを抑えられないでいた。竹原が保志さんに手を出したのだと思ったからだ。
そんな俺を見て竹原は笑みを浮かべた。見ていて不快な嘲るような笑み。
人間にあんな表情ができるものだろうかと思った。
「まどろっこしいのは嫌いだからよ、単刀直入に言うぜ。こいつはお前に嘘告をしたんだ」
竹原はそう言って笑みを強めて見せた。嘘告? 何を言っているんだこいつは。
俺には保志さんがそんなことをするような女の子とは思えなかった。
だってこの1ヶ月俺といる時の彼女は本当に楽しそうにしていたし何より信用できない人物ばかりの環境で唯一信用できる人物、それが彼女だったからだ。
「何馬鹿なことを言っているんだ。保志さんがそんなことをするはずないだろう。そうだよね保志さん」
俺は保志さんに直接確認を取ることにした。しかし返ってきた返事は予想外のものだった。
「え? 嘘告だけど」
あっけらかんとした表情でまるで当たり前かのように言って見せた。
その表情には罪悪感など微塵も感じられない。
むしろ清々したかのような表情を浮かべていた。
「……どういうこと?」
「だから私がアンタにしたのは嘘の告白だってこと。そんなことも理解できないわけ? だいたいあんたみたいなやつが私と付き合えるとほんとに思ってたの?」
「じゃあ……放課後に一緒に帰ったのも休日に遊びに行ったのも」
「正直さ、めんどくさかったのよね。わざわざ休日も空けといてあげたんだから感謝してほしいくらいよ」
俺たちの関係が嘘だった……? そんなの信じられるわけがない。
「はぁー面白れぇ。信じてたやつに裏切られた気分はどうだ? お前すっげー間抜けな顔してんぞ」
「もうめんどくさいから説明するわ。私はあんたに告白する前にクラスのみんなとゲームをやってたの。それで罰ゲームを付けることになったんだけど竹原が負けたやつはあんたに嘘告な、とか言い出して。結局私が負けちゃったんだけど。それからよね、かなり面倒だったけど竹原達からあんたをかばうふりをしてみたり告白したり遊んであげたり。まあ私にしてはいい演技だったんじゃない?」
「そん……な」
この約1ヶ月の間に起きた出来事全部嘘だったって言うのか?
確かに考えてみればおかしなところもあった。
今まで全く接点がなかったのに急に親し気に接して来たり、告白された時だってなんで向こうからしてくれたんだろうって嘘みたいな出来事だって思ってた。
それがほんとに嘘だっただなんて。
「まあそういうわけだから。これからは一切近づかないでね」
「だってよ。はは、保志は辛辣だな」
そう言い残し、2人は屋上をあとにした。
1人残された俺は地面に座り込み、絶望していた。
あんなに親しくしてくれていた人が演技をしていた……
もう誰も信じれなかった。友人だと思っていた小谷も今の状況を見て見ぬふりしているし、恋人だとおもっていた保志さんも実は嘘をついているだけだった。助けてあげた芦村も標的が俺に変わったことに対してどこかホッとしたような表情をしていた。
結局人間なんてそんなものか。自分の身が一番大切だからな。
他人がどうなろうと知ったことではない。
悔しかった。情けなかった。人の真意を考えることもなくただ表面的なことを感じ取っていただけだった。俺はまだまだ子どもだったんだ。どんな人でも話せば何とかなると思い込んでいた。世の中そんな人間ばかりじゃない。人生14年目にして最悪な形で思い知らされた。
「ううっ……」
零れ落ちた涙が地面を濡らす。
もうどうでもいいや。人間と関わるのもめんどくさくなってきた。
助け合い? 親切?
散々言われてきたその言葉も結局のところ互いが良心的な人物であることが前提の話。
悪意のある人間に対して和解を求めても手を差し伸べても意味はない。
そして俺はどうやら悪意のある人間を見抜くのが下手らしい。
だったら最初から関わらないようにすれば良いんだ。
「もう絶対に誰も助けない。アイツのことも助けなければ良かった」
――「ハッ!」
そこで目が覚めた。
「また嫌な夢を思い出したな。もう5年くらい前の話なのに」
そう、俺が他人を信じないようになった原因と女性と付き合うことができなくなった原因を作った張本人。彼女も罰ゲームで動いていただけといえばそれまでだがあんなに醜い人間だとは思っていなかった。人の心をもてあそぶような言動。許せなかった。
「俺が他人を信じれるようになるのは一体いつなんだろうな」
誰にともなくつぶやき、再び瞼を閉じた。
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