第17話 解錠
とある温泉旅館に来ている俺たちは絶景と名高い星空を見るために混浴露天風呂に入っていた。
といっても周りには俺たちぐらいしかいない。
冬休みといっても平日だしもうそろそろ年末だからな。
旅館内では家族連れもあまり見かけなかった。
「真白さん、開けてみましょうか」
「うん」
目の前にある大きな引き戸を開ければ外につながる仕組みだ。
俺は戸に手をかけ外へと出てみた。
「「うわぁ」」
見上げれば満天の星空。
その一つ一つがきらめいていて暗い夜空を照らしている。
俺たちは隣り合い、無言で星空を眺めていた。
満天の星空はまるで今の俺たちのようで――
そう、それぞれ心に暗い夜空を抱えてる俺たちはお互いがお互いにとっての輝く星となっていた。
俺もあの星空のように彼女の心を照らせているだろうか。
いつか星が増えたらあんな風に満天の星空になるのだろうか。
「私、真白さんに会えて本当によかったです」
「……」
「これまでの人生辛いことが多くて、この先生きててもいいことないんじゃないかって思ったこともありました。でもこの世界にはまだ優しくしてくれる人がいる。他人を気遣ってくれる人がいる。それを知ることができて私は、まだ生きてていいんだなって。もう少し生きてみようって思えるようになりました」
「俺は君が思っているほど大層な人間じゃない。過去に囚われて逃げてばかりのダメ野郎だ。それでも君が思うように生きる希望になれたのなら……うれしいよ」
「真白さんはダメ人間なんかじゃありません! 少なくとも……私にとってはヒーローみたいな存在です!」
そう言って葵ちゃんは微笑みかけてくれる。
おそらく彼女は本心からそう言ってくれているはずだ。
でも、それでも俺がしたことは非現実的だけど最低な行為だ。
やっぱり話そう。あの日、葵ちゃんを家に連れてきた翌日俺が何をしたのかを。
「葵ちゃん、あの……」
「どうしたんですか? うっ……うぐっ……」
「葵ちゃん?」
俺が真実を語ろうと決意したと同時に葵ちゃんが苦しみだした。
右手で頭を押さえながらとても苦しそうにもがいていた。
「どうしたんだ!? 大丈夫か!?」
「ま……しろ……さん、私……」
「しっかりしろ! とにかく風呂から出よう!」
葵ちゃんを抱きかかえ、露天風呂を後にする。
両手がふさがっている状態で湯の中を歩いているため、何度もこけそうになる。
ダメだ。ここでつまずくわけにはいかない。
なんとしても葵ちゃんを幸せにしなければ。
それにしても急にどうしたというんだ?
いや……思い返してみろ。前にもこんなことがあったはずだ。
そうだ! あれは葵ちゃんが目覚めたばかりの時だ。
ここまで酷くはなかったがあの時も頭痛がすると言っていた。
ということは俺がかけた鍵が外れかかっているということか?
人が感じきれないほどの幸せを感じたから?
もしそうなら葵ちゃんは妹の存在を思い出してしまう。
そうなってしまったら俺は――くそっ、最悪なタイミングだ。
世界は時に残酷だ。最悪なタイミングで最悪の事態を引き起こすことがある。
でも、どうすれば……ただの大学生である俺は彼女のために何ができる!
落ち着け。焦っていてもしょうがない。とにかく脱衣所まで連れて行こう。
なんとか脱衣所まで戻ってきた俺は意識がもうろうとしている葵ちゃんの体を拭き、服を着せる。いまだに苦しんでいる。
ここからどうする? このまま脱衣所に放置するわけにもいかないし、旅館の人に言った方がいいか? いや、まずは部屋まで連れて行こう。
そう判断した俺は葵ちゃんをおんぶして部屋に戻った。
どうやら俺たちがいない間に女将さんが布団を敷いてくれていたようだ。
枕が濡れないようにタオルを重ね、葵ちゃんを寝かせる。
先程に比べると頭痛はだいぶ治まってきたようだ。
とりあえず売店で水を買って来よう。この場合頭痛薬は効くのか?
仮に俺がやったことの副作用として頭痛が起きているのなら薬ではどうしようもない。
このまま葵ちゃんの体調が戻らなかった時のことを考えてやっぱり女将さんに伝えておくべきか?
そう考えながらも売店までやってきた。
水とドリンクゼリー、一応頭痛薬を買った俺は足を早めて部屋に戻った。
まだ苦しそうではあったが、だいぶ落ち着いたようだ。
規則的な寝息を立てながら眠っている。
その様子を見た俺は薬を飲ませるのを止め、電気を消し、1人であの日のことを思い返していた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます