第16話 家族風呂?!

女将さんから家族風呂は混浴だと聞いた俺たち。

俺の脳内で繰り広げられた天使と悪魔の壮絶なバトルの末、

葵ちゃんと混浴をすることになったのだった。


家 族 風 呂


でっかい垂れ幕にはこれまたでっかい文字でそう書かれていた。

女将さんの言う通り中には誰もいないようだ。


「本当に大丈夫? もし嫌だったら別々に入ろうか?」


最終確認をする。これで葵ちゃんが嫌だと言えば別々に入るだけだし。

何の問題もなくなるのだが。


頼む! 嫌だと言ってくれ! 


「嫌じゃないですよ。さあ入りましょう?」


くそぅ。俺の希望は脆くも崩れ去ってしまった。


脱衣所は家族風呂というだけあって結構広かった。

お互い背中合わせの状態で服を脱いでいく。

衣擦れの音だけが響く室内。


隣で女の子が服を脱いでいると思うと……

ええい、鎮まれ! 葵ちゃんに欲情してどうする。

これはそう、家族風呂だ。ただの家族が同じ風呂に入るだけ。

冷静さを取り戻すために必死でイメージトレーニングをする。


「どうしたんですか?」


突然声をかけられたのでいつものごとく反応してしまう。

振り返っている最中に思い出してももう遅く――

そこにはバスタオルを巻いた葵ちゃんの姿があった。


色白な柔肌に鼻孔をくすぐるいい匂い。

俺の脆い理性を吹き飛ばすには充分だった。


「そ……そんなにじろじろ見られると恥ずかしいですよぅ」

「ご……ごめん、葵ちゃん」

「うふふ、慌てる真白さんも新鮮でかわいいですね」


なんという破壊力。

余裕そうな葵ちゃんから受ける追い打ちに俺はたじたじになるのだった。


「と……とにかく入ろうか」

「そうですよ。さっきから言ってるじゃないですか」


葵ちゃんに怒られながらも風呂のドアを開けると――

まるで霧のような湯気の中から俺の部屋ぐらいはありそうな巨大な浴槽が姿を現した。そのあまりのデカさに言葉を失う俺。

対して葵ちゃんはというと――


「うわぁ! すごい! すごいですよ、真白さん! 私たちのお家ぐらい広いですね」

「俺も全く同じことを考えてたよ。風呂だけで俺の家が負けるなんて……」


それからずらりと並んだシャワーに間隔を空けて座った俺たちは各自汗を流していた。


この温泉特有のシャワーなんか好きなんだよな。

レバーを下げたらお湯が出てきて自動で止まるやつ。

全家庭の風呂にこれがついてたら節水できそうだよな。

そんなどうでもいいことを考えながら体を洗い終えた俺は早速巨大な浴槽に身を沈めた。


「はあ~」


その気持ちよさに思わず間抜けな声が出てしまう。

っと、葵ちゃんも体を洗い終えたようだ。

背後からトテトテと歩く音が聞こえる。

ちなみに俺は葵ちゃんの体を見ないように目をつぶっていた。

音だけの方が余計エロスを感じてしまう気がしたがこればっかりはしょうがない。


「はあ~」


チャプンという水音と共に葵ちゃんの気持ちよさそうな、どこか間の抜けたような声が聞こえる。

やっぱりこの気持ちよさの前にはそうなるよな。


「真白さん? 起きてますか?」

「ああ、起きてるよ」

「もう、だったら目を開けといてくださいよ。本当に寝ちゃいますよ」

「でも……」

「私は大丈夫ですって。マナー違反? だとは思いますけどタオルを着けてますから」

「そうか」


言われるがままに目を開ける俺。隣には小柄な少女が座っていた。

いつもの数倍は露出の高い格好。タオル1枚隔てて大事な部分を隠したその姿はやけに色っぽかった。やっぱり胸は控えめだ。


「真白さんのえっち……」

「ごめん!」

「うふふ、冗談ですよ。私も見知らぬ人と一緒に入るのはちょっと怖いというかこうして真白さんと一緒に入った方が安心できるんですよ」

「ははは、やっぱり葵ちゃんには敵わないな」

「???」


俺の言ったことが理解できなかった様子でちょこんと首をかしげる。

その姿がまたかわいらしい。



数分ほど温泉を堪能した俺たちだったが葵ちゃんはのぼせてきたようだ。

茹でダコみたいに真っ赤になっている。


「私のぼせてきちゃいました」

「そろそろ出ようか」


そうして風呂を後にした俺たち。

日常では味わえない極楽な気分だった。



風呂から帰ってきた俺たちはそのまま部屋に戻り食事を楽しんでいた。

夕食の献立は和食。刺身に天ぷらにご飯とみそ汁、それからカニも出てきた。

いかにも旅館の食事という感じはするがまさかカニまで出てくるとは。


「これがカニさんですか」


その一言に俺は先日商店街で見かけたデカいカニを思い出してしまった。

――強く生きろよ。

心の中でそう念じながらカニの足をいただく。

カニなんてどれくらいぶりだろう。カニカマならたまに食べてたけど本物となると久しく食べていないんじゃないだろうか。

ぷりっぷりの身はカニカマなんかとは比べ物にならないほどおいしかった。


葵ちゃんと雑談をしながらもなんとか食べ終わった。


「ふう。もう食えない」

「おいしかったですね」

「そうだね」


葵ちゃんの手料理もおいしいがたまにはこうして外で食べるのも悪くない。

というか無料であの料理が食べられるのだからうれしいことこの上ない。

これも葵ちゃんが福引を当ててくれたおかげだな。



しばらく食休みをした俺たちは露天風呂に入っていないことを思い出し、せっかく来たのだからと入ってみることにした。


家 族 風 呂


またですか。世の男たちを惑わせる混浴という2文字。

その2文字を聞くだけで妄想が止まらなくなるのだから本当に恐ろしい言葉だ。


やっぱり見知らぬ人と入浴するのは嫌なようで、恥ずかしいが俺と一緒に入ってくれるようだ。

葵ちゃんが信用してくれているんだ。いくら他人を信用しない俺とはいえ、相手が信用してくれているのならそれを無下にはできないだろう。

そうして先に入浴していた俺は葵ちゃんが入ってくるのを待っていたのだった。

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