第11話 クリスマスを楽しもう

今日はクリスマスイブ。


漫画やラノベなどでもクリスマスイベントはよく描かれるものだがそこでのクリスマスといえば冴えない主人公がヒロインとデートをしたり、自宅に招かれたり……など楽しげなイベントが開かれているのが常だ。


もちろんあんなのはフィクションの世界であって俺にはそんな日は来るはずないと思っていたのだが今年はどうやら違うらしい。


目の前には赤い服に赤い帽子――サンタのコスプレをした葵ちゃんの姿があった。

赤と緑というクリスマスカラーに彩られたその姿はとてもよく似合っていた。

いや、たぶん彼女ならどんな服装でも似合うだろうな。


「それじゃあ真白さん! メリークリスマス!」

「メリークリスマス」


ん? クリスマスイブでもメリークリスマスって言うんだっけ?

何しろ俺は家族以外でクリスマスを過ごしたことなんて一度もない。

故にクリスマスはどうやって過ごすべきなのかいまいち理解していないのだった。


まあとにかく楽しめればそれで充分か。葵ちゃんにも楽しんでもらいたいものだ。

そう思いながらテーブルに乗せた鳥の丸焼きを眺める。


「うわぁ! すごいですねこんな大きなお肉初めてみましたよ」

「ははは、普段は節約してるからね。せっかくのクリスマスだしパーッといこう」

「ふふふ、真白さんもテンション高いですね」

「まあ、今まで1人で過ごしてきたからね」

「今年は私と一緒にいてどうですか?」

「うれしいよ、すごく」

「私もです!」


そう言って本当にうれしそうな表情をする葵ちゃん。

その瞳は以前のように暗く濁りきったものではなく、本来あるべき輝度まで戻っていた。

その様子を見た俺はとても安心した。


何はともあれ当初の目的通り葵ちゃんに幸せを与えることには成功しているようだ。

このままいけばやがて俺のかけた鍵は外れる。

でも……それと同時に彼女は妹の存在を思い出すことになる。

真実を語れば俺に対して強い怒りを感じることだろう。


もしそうなったとしても充分強い幸福感を得た彼女が絶望することはないはずだ。

あとは妹をどうにか救って俺の役目は終わり。

俺が嫌われ役になれば全部済む話だ。


葵ちゃんには申し訳ないが施設にでも行ってもらうとしよう。

ただの大学生が彼女たちを養えるとは思えない。

本当に自分勝手な男だ。

なら関わらなければよかったのにと自分で自分が嫌になる。


この日常を失ってしまうのは少し悲しいけどもともとは葵ちゃんを助けるためのことだったし元の日常に戻るだけだ。


「真白さん? どうしたんですか? 難しい顔して」

「ああ、いや、なんでもない。クリスマスを楽しまなきゃね」

「はい! せっかくのクリスマスですから」


それから俺たちはいつも通り雑談をして、聖夜の名にふさわしい楽しい時間を過ごした。

クリスマスというイベントの醸し出す雰囲気にあてられたのか、いつもと同じように食卓を囲む葵ちゃんはそれはそれは楽しそうに話していた。


そうして時刻は21時を迎えた。

そろそろ頃合いだろうと思った俺はあるモノを取り出した。


「葵ちゃん」

「どうしたんですか? 真白さん」

「プレゼントがあるんだ」

「えっ?! 私にですか?」


突然プレゼントがあると言われた葵ちゃんはとても驚いていた。

そんな表情もどこか小動物っぽくてかわいらしい。

俺は持っていた箱を葵ちゃんに手渡す。


「気に入ってくれるかわからないけど」

「開けてみてもいいですか?」

「もちろん」


箱を開けた葵ちゃんは中から2つのものを取り出した。

1つはくまのぬいぐるみ。そしてもう1つは髪飾りだ。


「わぁ……真白さんが私のために」

「どうかな?」

「とってもうれしいです! この髪飾りつけてみてもいいですか?」

「うん、つけてみてよ」


なんてことはないただのヘアピン。

俺は今日のためにこっそり買っていたのだった。

店でそれを目にしたとき葵ちゃんに着けてもらいたいと思ったから。


「似合ってますか?」

「ああ、とても似合っているよ」


普段は腰のあたりまで伸びた栗色の髪を下ろしているだけだった。

それが前髪にヘアピンを付けたことにより美しさとは違う――なんというか少女特有のかわいらしさを醸し出している。

俺が思った通りそのヘアピンは葵ちゃんにとてもよく似合っていた。


俺が素直に賛辞の言葉を口にすると葵ちゃんは泣き出してしまった。


「私、こんなに幸せでいいんでしょうか」

「もちろん。君は救われるべきだよ」

「……真白さん」

「どうした?」

「……大好きです」


涙をこぼしながらも精一杯の笑みを浮かべた彼女の顔はこれまで見てきたどの表情よりも心を揺さぶった。それと同時に俺は強い罪悪感に駆られた。だって俺は葵ちゃんのことを騙してここにいるのだから。


あの日覚悟した通り、今でも罪悪感に押しつぶされそうだ。

それでももう少し。彼女が心から生きる希望を見いだせるまではそばにいてあげたい。

いや、そばにいてあげなければ。


だから今は……こんな最低な俺では葵ちゃんの言葉に答えることはできない。

これまでの彼女は最低な人間としか出会ってこなかったのかもしれない。

でもこれから先の人生で本当にいい人と巡り合えるに違いない。

いいや、きっと葵ちゃんならいい人に巡り合える。

だから俺なんかではなくその人と幸せになってもらいたい。


そんな葛藤を抱えたままクリスマスイブは幕を閉じた。

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