第9話 料理がしたい
12月も後半にさしかかった頃。
葵ちゃんがそろそろ自分で料理ができるようになりたいと言ってきた。
これまで食事は全部俺が作っていたので彼女なりに気を遣ってくれたのだろう。
それ以上に自分から何かをしてみたいと言ってくれるのが嬉しかった。
そして今日この瞬間、葵ちゃんの初料理が始まる!
――といっても学校の調理実習で何回か料理したことはあるらしい。
とりあえず初心者でも簡単に作れるようなものから教えていきたいと思った俺はどんな料理を教えるか考えてみた。
最初の料理として何が適しているだろうか。
カップ麺? いやいやハードルが低すぎる。小学生でも作れるはずだ。
パスタ? ちょっと工程が増えたけど、やりがいとしては物足りないかもしれない。
家はソースも市販のものだし。
やっぱり卵料理か? でも基本卵割るだけだし、しかもIHだからな。
IHで卵焼くのって地味に難しいんだよな。
料理といえばイメージするのは包丁。やっぱり野菜を切らせる?
ちょっと怖い気もするがそうしよう。肉野菜炒めなんかどうだろう?
野菜を切って、肉と炒めて、味付けに困ったら焼き肉のたれを入れとけばなんとかなる。
そう結論付けた俺は大学の帰りに必要な食材を買っていたのだった。
「さあ、作ろうか」
「頑張ります!」
そう言って腕まくりをしてみせる葵ちゃん。すごい気合の入りようだ。
ちなみにピンクのエプロンを用意したのだがこれがまた似合っていた。
「まずは玉ねぎから切ってみよう」
「最初は半分にするんですよね?」
確認をとるやいなや、まな板の上にのせた玉ねぎに向かってものすごい勢いで包丁を叩きつける葵ちゃん。
こわいよ……
まるでハンマーで釘でも打つかのような姿勢だ。
しかも玉ねぎが包丁に刺さったままだし。
なんかこう……アーサー王が岩に刺さった剣を抜くときに間違えて岩ごと持ち上げてしまったみたいな。
もちろん実際は剣だけ抜いたみたいなんだけども。
とはいえさすがにケガをしそうだったので彼女の手の上に手を重ね、スライドして切るよう教える。慣れない手つきでありながらもコツコツと小気味いい音が鳴り響く。
「真白さん!? ち……近いですよ」
「ああ、ごめん。教えようと思ったらつい」
「私は大丈夫です! むしろウェルカムです! ただ、いきなりだったからびっくりしちゃって」
「気をつけるよ」
確かに俺は料理を教えようと熱中するあまり、葵ちゃんの背後から抱き着くような姿勢をとってしまっていた。
申し訳ないな。でもなんか喜んでるみたいだしよかった……のか?
「そうそう。そんな感じ」
「できました! 次は人参ですね」
「人参は固くて転がりやすいからケガしないように気をつけてね」
玉ねぎのくし切りが完了した。
ゲームをしていた時も思ったけど葵ちゃんは飲み込みが早い。
俺のアドバイスに従いながらきれいに切っていく姿を見てはじめてなのにすごいなと感心したのだった。
「よーし、いよいよ炒めるんですね!」
「まずは油をひいて肉を炒めよう」
あの後も人参、キャベツと順調に切り終えていた。
ここからはいよいよ炒めに入る。包丁でケガをしなくて安心した。
「これぐらいですか?」
「うん、ばっちりだ。次は人参をいれて。野菜は固いものから順番にいれていくといいよ」
「なるほど」
この調子ならうまくいきそうだな。
まあ最初の玉ねぎの切り方はかなり衝撃的だったが今の様子を見る限り失敗はしないだろう。
「できました!」
「おつかれさま。よく頑張ったね」
「真白さんに褒めてもらえるなんて嬉しいです!」
うん、はじめてにしては……というか、経験がある人でもこんなに食欲をそそるような料理は作れないだろう。やっぱり葵ちゃんの才能はすごい。
肉野菜炒めを皿に移したあと、白ご飯やみそ汁など諸々の準備をして食卓を囲むことにした。
「「いただきます」」
葵ちゃんが作ってくれた肉野菜炒めを小皿に取り分け、口に運ぶ。
その様子を見て不安そうなまなざしでこちらを見つめてくる。
「どう……ですか?」
「おいしい! はじめて作ったとは思えないよ。葵ちゃんには料理の才能があるかもしれない」
「えへへ、褒めすぎですよ。でも嬉しいです」
料理がほめられてよほどうれしかったのか満面の笑みを浮かべる葵ちゃん。
自分でも食べてみたが、その味に満足しているようだった。
それにしてもかわいらしい女の子の手料理を食べる日が来るとは。
人生何があるかわからないなと改めて思った。
食事も終わり雑談に花を咲かせていると、葵ちゃんが食器を洗いたいと言ってきた。
食器は俺が洗おうかと思っていたが自分から言い出したのなら葵ちゃんの意志を尊重したい。俺たちはキッチンに隣り合い、食器を洗うのだった。
「家事って結構楽しいですね!」
「そうかな? 俺はめんどくさいと思ってたけど」
「それじゃあもっといろいろな料理を教えてください! そうしたら私が真白さんに料理を作ってあげられますから」
そうして隣の俺に微笑みかける葵ちゃん。
その純粋な笑顔に不覚にもドキッとしてしまったのだった。
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