第8話 2人でお買い物
「暇ですね」
今日は土曜日。もちろん大学も休みだったため2人して朝からゲームに興じていた。
しかしさすがに同じゲームばかり続けていると葵ちゃんも飽きてきたようでソファに寝そべりながら暇を持て余していた。
とはいえ確かに暇だな。家でできそうなことはゲーム以外にないし、かといってこの寒い中遠出はしたくない。うーん、どうしたものか。
「それじゃあ買い物に行く?」
確かちょうど夕飯の食材が切れてたはずだ。
それに今更だが葵ちゃんも男物のシャンプーを使い続けたくはないだろうから生活用品も買っておきたい。
俺の提案に目を輝かせながら賛同してくれた葵ちゃんは準備も早々に済ませ、玄関で待っているのだった。
早速この間のショッピングモールで買ったロングコートを着ていた。
試着室で似合っていたので当然なのだが場面が変わろうともその服装は似合っていた。
「お待たせ」
「さあ行きましょう!」
そう言ってさも当然かのごとく手を差し出してくる。
手をつなげってことかな?
「私と手をつなぐのは嫌ですか?」
そう言って上目遣いをしかけてくる。そんな表情をされると断れないじゃないか。
結局手をつなぐことにした。葵ちゃんの手は小さくて温かかった。
しばらく歩くと行きつけのスーパーが見えてきた。
といっても近くのスーパーといえばここぐらいしかないのだが。
「たまには外に出てみるのもいいものですね」
「そうだね」
だけど正直なところ葵ちゃんにはあまり外に出てほしくはなかった。
というのも彼女の親に見つかる可能性があるからだ。
虐待という事実がある以上即通報ということはないだろうが、俺も世間からすれば誘拐まがいのことをしてしまっているわけで。
俺たちの関係性やその背景を知らない人たちからすればきっと俺のとった行動は悪とみなされる。
だけど今更引くわけにもいかなくなってしまっていた。
「どうしたんですか?」
「なんでもないよ。さあ入ろうか」
葵ちゃんが心配そうな目を向けてくる。
ダメだな。しっかりしないと。俺が心配かけてどうするんだ。
それなりの広さを持つ店内には空調が効いており外と違って温かかった。
まずは食料品から探すか。そう思い青果コーナーに足を運ぶ。
「今日は何を作るんですか?」
「うーん。何が食べたい?」
「そうですねぇ、昨日はハンバーグだったし……あっ! 寄せ鍋とかどうですか?」
「いいね! そうしようか」
寄せ鍋は俺の好物のひとつだ。
とはいえ1人暮らしでは鍋料理なんて作る機会はそうそうない。
最近は1人前の鍋を作れる商品も出てきているみたいだが。
それから食料品も選び終え、生活用品を買うことにした。
「葵ちゃん、シャンプーとリンス選んでいいよ。俺の使ってるやつだと流石にパサつくでしょ?」
「でも……」
「大丈夫だよ。ほら髪は女性の命とか言うでしょ?」
「ほんとにいいんですか?」
葵ちゃんは躊躇しながらも女性向けのシャンプーとリンスを手に取った。
パサパサの髪は見たくないからな。
葵ちゃんにはこのままつやつやな髪を維持してもらいたいものだ。
それから一通り必要だと思われる生活用品を選んでいった。
「あっ、私薬局行ってきますね」
このスーパーは店内に薬局を併設しているのだが、どうやら葵ちゃんは薬局に行きたいようだった。表面上は気づかなかったけど体調が悪かったりするのだろうか。
「大丈夫? 俺も一緒に行こうか?」
「い、いえ。一人で大丈夫ですから」
なぜかほんのりと顔を赤くしてそう言う葵ちゃん。熱でもあるのかな。
そう思い、彼女のおでこに手を当ててみる。
うん。熱はなさそうだ。もしかして無理してついてきてくれたのかな。
「ま……真白さん?! なにを……」
「よかった。熱はなさそうだね」
「こんな人目につくところで恥ずかしいですよ…… とりあえず行ってきますね」
そう言うと薬局に向かって走っていった。
まあ本人が大丈夫と言っているのだから大丈夫なんだろう。
1人残された俺はというと葵ちゃんとはぐれてもいけないのでおとなしく薬局の前で待つことにした。
えっと、買い忘れはないよな。
買い物かごを整理しつつも買い忘れがないことを確認する。
そうしているうちに葵ちゃんがビニール袋をぶらさげて帰ってきた。
今気づいたけどお金持ってたのか。まあ当たり前か。
無一文で家出をするような無謀なことはしないだろう。
「お待たせしました」
「おかえり。何買ってきたの?」
俺は単純に疑問をぶつけてみたのだが秘密ですと返されてしまった。
まあいいか。隠し事の1つや2つぐらい誰にだってあるはずだ。
それから会計を済ませ、商品を袋に詰め、店を後にした。
「ううっ、外は寒いですね」
「そうだね。早く帰ろうか」
「……でも、もう少しこのままでもいいかも」
「えっ? なんか言った?」
葵ちゃんがなんか言ったようだがちょうど通りかかったトラックの音にかき消されてしまった。
「うふふ、なんでもありません!」
そう言って笑顔を向けてくる葵ちゃんはこの季節らしく銀雪のように輝いて見えた。
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