第2話 服を買おう

目の前には出会ったときと同じ薄着のままの葵ちゃんがいる。

暖房をつけているとはいえちょっと寒そうだ。

バタバタして忘れていたが服も買ってあげなくては。


「葵ちゃん、これからについて話そうか」

「う、うん」


緊張しているのだろうか。彼女はこわばった笑顔を見せながらうなずく。


「体の調子がよさそうだったら明日服を買いに行かないか?」

「えっ? 服?」

「ああ。さすがにその服1着だけだと不便だろう」

「わかった。私からもいい?」

「なんだい?」

「教えてほしいの。どうして私はここにいるの?」


疑問を投げかけながらも不安げな表情で見つめてくる。

まだ真実を話すわけにはいかない。

とりあえず濁しつつ、状況を話そう。


「実は近所のコンビニで君が倒れるのを見て、ここに連れてきたんだ」

「そうだったんだ……」

「ご両親は心配してるだろうけど落ち着くまではここにいてほしい」


両親というワードに反応する。

それから申し訳なさそうな表情になり――


「ごめんなさい、迷惑をかけてしまって」

「全然気にしてないよ」


むしろ迷惑をかけたのは俺の方だ。


「……もう少しだけ、ここにいてもいいかな」

「ああ……もちろん」


暗い雰囲気になりつつあった室内をなんとか明るくしようとする。


「そうと決まれば、明日はショッピングだ!」

「おー!!」




――翌日。

幸いにも大学が休講だったため、朝からショッピングモールに来ていた俺たち。

ここは田舎ゆえの広大な敷地面積を誇る名の知れたショッピングモールだ。

服、本、食料品はもちろん映画館やゲーセンなどここに来ればわりかしなんでもそろう。

いやむしろここぐらいしか遊び場がないんじゃないかと思うほどだ。


大学が休講だったとはいえ今日は平日。

普通の人にとっては学校や仕事があるわけで休日に比べれば人通りもまばらだった。


「葵ちゃん、どこか寄ってみたいところある?」

「こういうところ初めて来たからよくわかんないです……」


葵ちゃんは敬語に戻っていた。

どうやら昨日は混乱しておりタメ口になっていたようだ。

本人にそれを伝えたところ、年上の人にタメ口だなんて失礼ですよと拒否されてしまった。

タメ口の方が親しげでいいと思うんだけどなぁ。


「じゃあまずは服を買いに行こうか。それからどうするか決めよう」

「はい!」


俺たちは若者向けの洋服店に足を運んだ。

中学生の服か。

俺はファッションに無頓着な方だったし、母さんが買ってきた服を適当に着てたっけ。

葵ちゃんは年頃の女の子だしファッションに興味があるんじゃなかろうか。

そう思って葵ちゃんの方を見てみると……


頭がパンクでもしたかのようにぐるぐると目を回していた。

ただの比喩表現だと思っていたけど実際に目を回している人なんて初めて見たぞ。


「どうしたの?!」

「こんなお店来たことないですし……服が多すぎて……」


どうやら洋服店にも初めて来たらしい。

これは誤算だった。こうなると服を選べる人が近くにいないんだが……


「あら? 真白くん?」


思案に暮れていると後ろからよく知った声が聞こえてきた。


「こんなところで会うなんて奇遇ね」


そこには明るめの茶髪を後ろで1つに束ねた女性が立っていた。

高身長で均整のとれた体。髪型も相まって健康的な印象を受ける。


「紫雲先輩! お久しぶりです」


彼女は紫雲楓しうんかえでさん。同じ大学に通っていて、バイト先の先輩でもある。

年齢は確か俺の1コ上だったような気がする。


「久しぶりね。あら? こちらの女の子は?」


俺の後ろに隠れてちょこんと顔を出している葵ちゃんの姿を見て紫雲先輩が不思議そうに尋ねてくる。

まさかこんな場所で知り合いに出会うとは思ってもみなかった。

例のごとく葵ちゃんの存在はごまかすか。


「実は従妹なんですよ。今遊びに来てて」

「そうだったの。仲いいのね」


よかった。紫雲先輩に納得してもらえたようだ。

一方の葵ちゃんはというとなぜか驚愕した表情でこちらを見ていた。

世紀の大発見でもしたのかな?


「従妹の服を買いに来てるんですけど選び慣れてなくて……」

「お邪魔じゃなければ私が選んであげましょうか?」

「いいんですか!?」

「従妹ちゃんがそれで良ければ」

「どうかな?」

「えっ?! 私は別にかまいませんよ?」


そうして紫雲先輩も含めた3人で服選びを開始した。

ショッピングモール内のテナントだけあって店内の面積はそれほど広くないがそれでも普段6畳の部屋を見慣れている俺からすると結構な広さに感じられた。


店内を回りながら紫雲先輩が横文字ばかりしゃべっていたが、俺にはさっぱりわからなかった。

俺もいい歳だしファッションについて学んだ方がいいかな。

今度黒瀬あたりに聞いてみるか。



一通り店内を見終えた俺たちは葵ちゃんに似合いそうな服をいくつか持って試着室に来ていた。

葵ちゃんは服を抱えながらもおずおずとした様子で試着室に足を運んでいく。

俺と紫雲先輩はというとカーテンの向こう側から聞こえる衣擦れの音を耳にしながら雑談をしていた。


「ふふふ、こうして買い物をしているとまるで家族みたいね、私たち」

「そ……それはどういう……」

「言葉通りの意味よ?」


この人はたまにこういうことを言い出すから恐ろしい。

普段はおっとり系というか母性を感じることがあるのだがこういう発言を聞くに割と肉食系だったりするのだろうか。

まあ冗談を言っているだけなのだろうが。


「かわいらしい子ね、従妹さん」

「ええ、まあ」

「まさか真白くんが女の子と暮らしてるなんて思いもしなかったわ」


紫雲先輩はどこか悲しげな表情をしていたが気のせいだろう。

先輩はいつも明るくて頼りがいのある人だ。

バイトでも助けられてばかりいる。男としては多少不甲斐ない気もするが。


「……2人ともいますか?」


カーテンの向こうから声がかかる。

着替えが終わったのだろうか。


「いるよ」

「いるわよー」


試着室のカーテンが開けられる。

そこには数分前よりも一段と大人っぽさが増した葵ちゃんの姿があった。


「……似合って、ますか?」


恥ずかしそうに俯きながら感想を求める葵ちゃん。

暖かそうなニットとデニムパンツというシンプルで大人っぽい姿とそのしぐさにギャップが生まれ、かわいらしさが引き立っている。

これがギャップ萌えというやつか。


「ほら、真白くん。感想を言ってあげないと」

「似合ってるよ。その……大人っぽくてかわいいと思う」


「!?」


葵ちゃんはより一層恥ずかしそうにして黙り込んでしまった。


それからいろいろな服を試着してみた葵ちゃんだが結局一番最初のコーデとアウターそれに洗い替えのシャツを何着か購入するにとどまった。


「ありがとうございます、こんなにいっぱい買ってもらって」

「いいんだよ。しばらく家にいるわけだし、なにかと不便でしょ?」


確かに結構な値段だったが葵ちゃんのためなら問題ない。

今年の支払いはもう家賃と光熱費くらいだし何とかなるだろう。

当初思っていたよりもお金には困っていなかった。

両親からも2か月に1回は仕送りが来てるしなにより食事も全部自炊だ。

それでもバイトはしておかないと学費がかかるからな。


「それにしても従妹ちゃん、かわいくてうらやましいわ」

「全然そんなことないですって! むしろ紫雲さんの方がきれいでうらやましいです。」


確かに紫雲先輩も周りの人たちに比べるときれいだよな。

葵ちゃんはかわいらしいって感じだけど紫雲先輩は美しいって感じがする。

スタイルもいいし大人の色気ってヤツか?


「ふふふ、うれしいわ。それじゃあ私はこれで失礼するわね。いつまでもあなたたちの邪魔をするわけにもいかないしね」

「そんな、気を遣わなくてもいいのに。でもありがとうございました」

「ありがとうございました。またファッションについて教えてくださいね!」

「ふふふ、かわいい後輩たちの頼みだもの。私にできることは手伝うわ。それじゃあね」

「「さようなら!」」


紫雲先輩がいてくれて助かった。おかげで葵ちゃんもご機嫌だ。


「気に入ってもらえたようでなによりだよ」

「ありがとうございます! 真白さんっ!」


そう言って微笑みかけてくる。

その純粋な笑顔は俺にはまぶしすぎた。

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