第3話 フードコートにて
当初の目的である服を買い終えた俺たちはフードコートで昼食をとることにした。
「俺が来たときはだいたい混んでるんだけど今日は人が少なくてラッキーだったね」
「そうなんですか?」
暇なときにこのショッピングモールをぶらつくことがあるのだがいつもならテーブル席はすべてうまっていてフードコートでの食事をあきらめてしまう。
今日は平日ということもあってかなり空いていた。
「葵ちゃんは何が食べたい?」
「えっと……あれで」
立ち並ぶ飲食店の看板を一通り見渡した後で指をさしたのはラーメン屋さんだった。
「わかった。俺は……ちゃんぽんにでもしようかな」
座っている客は少ないけれどお昼時ということもありどの店の前にも小さな待機列ができていた。
それぞれの目的の店に2人で並び、注文する。
そこでスマホサイズのブザーを受け取る。
フードコートといったらやっぱりこのブザーが印象的だよな。
「こんなところがあったんですね」
「フードコートに来たのもはじめて?」
「はい。基本的に家かその近くで過ごしてましたから」
「退屈じゃなかった?」
「まあ暇だなと思うことはあったんですけどお金もなかったので」
まあそうだよな。
このショッピングモールも俺たちが住んでる場所から電車で2駅といったところだし中学生の財力ではなかなか行く機会もないよな。
そんな話をしているとテーブルの上のブザーが鳴る。
「ふぇっ?! ……びっくりしました。これブザーだったんですか」
「確かにブザーには見えないよね。とりあえず取りに行こうか」
ブザーに驚く葵ちゃんの姿もかわいらしかった。
思わず笑みがこぼれてしまう。
ともあれようやく2人の食事がそろった。
葵ちゃんは目の前のラーメンに目を輝かせている。
よだれでも垂らしそうな勢いだ。
「それじゃあ、いただきます」
「いただきます!」
じゅるじゅると麺をすする音が聞こえる。
「うーんっ! おいしいです!」
「ははは、あのラーメン屋はおいしいからなぁ」
「食べたことあるんですか?」
「前に1度だけ食べたよ。本当においしいよね」
「はい! ラーメンなんてインスタントぐらいしか食べたことありませんでしたから」
いくら目の前の少女が嬉しそうにしているとはいえ彼女には暗い過去がある。
正確には今も解決したわけではないのだが。
今はただ、楽しい思い出で上書きしてあげなければ。
「このちゃんぽんも相変わらずおいしいな」
某チェーン店のちゃんぽんだが、もちもちの麺に飽きのこないスープ。
なにより無料で麺の増量ができるというのは学生の身である俺からしたらありがたかった。
葵ちゃんがじいっとちゃんぽんを見つめている。
もしかしてちゃんぽんを食べたことがないのだろうか。
「食べてみる?」
「大丈夫です!」
「そう言いながらうなずいてるけど……」
口では否定しながらうなずくなんてそんな技どうやったら習得できるのだろうか。
俺は一口分をれんげにのせて葵ちゃんの口元に運んだ。
「そんな、恥ずかしいですよ」
「いいから、口開けて」
食欲には勝てなかったのかしぶしぶといった様子で口を開ける。
麺を口に含んだ途端に目を見開いておいしそうな表情を浮かべた。
「おいしいです! 初めて食べました!」
「おいしいよね」
ちなみに俺は麺類の中ではそばが一番好きだ。
じゃあどうしてちゃんぽんを選んだのかって?
せっかくこういうところに来たんだしどうせなら普段食べないものを食べたほうがいいだろう?
「ところで真白さん、さっき紫雲さんに私のこと従妹って紹介してましたけどどういうことですか?」
「えっ? ああ、俺が年の離れた女の子と歩いてたらいろいろと怪しまれるだろう?従妹という設定にしておけば怪しまれないかなと思って」
「むうっ、私は別に真白さんの彼女という設定でもよかったんですよ?」
……はい?
聞き間違えかな?
「今なんと?」
「だから、私は真白さんの彼女でもいいって言ったんですよぉ!」
葵ちゃんは頬を紅潮させながら勢いよく言ってきた。
そんな大声出したら周りの人が見てくるって……。
案の定近くに座っていた客がちらちらとこちらを見てくる。
「葵ちゃんは冗談が上手いなぁ」
「もうっ! 真白さんのバカ!」
だって中学生と大学生だぞ? 社会から見れば歪な関係だ。
いくら世の中に歳の差カップルがあふれているとしてもさすがに俺たちのようなカップルは受け入れられないだろう。
ましてや相手は未成年だし。
あれ? もしかして俺、誘拐犯になる?
ひょっとしてこの状況やばいんじゃないか?
うーん、でも葵ちゃんの父も家庭内暴力を振るっているわけで俺を通報したとしても自分が不利になるんじゃないか?
……とりあえずそれは置いておくとして。
彼女のことが嫌いというわけではない。
そもそも嫌っていたら助けなどしないし好意を抱いていることは確かだ。
でもそれは親戚の……それこそいとこに抱くような感情であって、恋愛対象に向けたものとかそういうのではない。
そもそも出会って1週間と経っていないし、目覚めたばかりの彼女からしてみればほんの数時間の付き合いなわけだ。
おそらく今まで優しくされることに慣れていなかったからいろいろな感情が混ざって好きと勘違いしているのだろう。
いずれにしても俺に向けてくれている気持ちが本気だとすればもちろんきちんと答える必要がある。
「そういってもらえるのはうれしいよ。でもまた出会って間もないしもう少しお互いのことを知ってからでも遅くはないんじゃないかな?」
「真白さん……私のことをそこまで考えていてくれていたとは! ごめんなさい、先走っちゃいました」
「いいよ。だからそれまでは従妹のふりを演じてくれないかな?」
「わかりました! 真白さんのためですから」
葵ちゃんが聞き分けのいい子で助かった。
でも……恋人か。あのトラウマを克服するまでは俺には務まりそうもないな。
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