第6話 友人

あの後少女には俺が帰ったら今後について話し合おうと言い残して大学へと向かった。


思えば少女の名前をまだ聞いていなかったな。


幸いにも今日はバイトが休みなので早く帰れる。

少女のことは心配だが大丈夫だろう。

あの極寒の中自分で考えて行動したんだ。――誰の力も借りずに。


そんなことを考えながら歩いていると背後から見知った声が聞こえてきた。


「よお、朝から考え事か?」

「黒瀬か」

「なんだよ、黒瀬で悪かったな!」


こいつは友人の黒瀬。

入学式で席が隣だったということで話すようになったが割といいやつだ。

このうらやましいほどのイケメン面を除けばな!


「今失礼なこと考えてなかったか?」

「いいや、お前はいつでもお気楽でいいよなと思ってな」

「何言ってんだよ。せっかくの大学生活だぜ? 楽しまなきゃ損だろ」

「あいにくとこっちには余裕がないんでね」

「そっか金欠で大変なんだっけ」

「まあな」

「困ってることがあるなら言ってくれよ。いつも課題教えてもらってる礼だ」


金欠と聞いてこの発言……実はお金持ちのお坊ちゃんだったりするのだろうか。

イケメンで金持ちとかうらやましすぎるだろ。


――にしても。


「なんで俺より時間があるのにやってこないんだよ……」

「いやぁ、難しくてさぁ。それにほら、壮馬は頭いいから」

「お世辞はよせ。そんなんじゃ卒業できないぞ」

「教授みたいなこと言うなって」

「言われてたのかよ」


「それよりさ、何考えてたんだ? あんな難しそうな顔して」


こいつに少女のことを言うべきか?

いや確かにこいつはいいやつかもしれないが解決策にはならないだろう。

それにまだ少女ともあまり話せていない。

勝手に騒ぎを大きくするわけにはいかないよな。


「黒瀬って妹居たっけ?」

「なんだよ唐突だなぁ」

「いいから」

「いねぇよ」

「そうか」


妹でもいれば年下の異性との接し方の参考になると思ったのだがどうやら黒瀬には妹がいないようだ。


「???」

「何でもない。忘れてくれ」

「……もしかしてお前、ロリコンに目覚めたとか?」

「はぁ!? なんでそうなるんだよ!」

「だって急に妹が居るとか聞くか普通? 何の脈絡もなしに? 

 それになんで妹限定なんだよ」


相変わらず変なところで鋭いやつだ。

いつもはヘラヘラしているくせに。

とりあえず誤魔化しとくか。


「いや、今家に中学生くらいの従妹が来てるんだ」

「くらい?」

「今朝来たばっかりだからまだ全然会話できてないんだよ。疎遠だったし」

「なるほどな。それでどんな話をすればいいか俺に聞きたかったわけだ」

「まあ、そういうところだ」

「あれ? でも壮馬って一人暮らしだったよな?」

「従妹の両親が今年からこの辺りに越してくるそうなんだよ。それで母さんが俺がここに住んでるってことを伝えたら先に従妹を慣れさせておきたいからって」

「なるほどな」


我ながらよくこんなデタラメを思いついたものだ。

大体中学校はまだ冬休みにも入ってないだろう。


「それで、その従妹ちゃんはかわいいのか?」

「はぁ? なんだよ急に」

「どうなんだよ? 大事なところだろ?」


そう言われて俺は彼女の顔を思い浮かべてみる。

透き通るような艶のある栗色の髪。

肩口をくすぐるほどの髪が少女らしさを醸し出す。

そして何より特徴的なのがくりっとしたかわいらしい目。

小動物みたいで庇護欲をかきたてられる。

胸はそれほどでもないが成長期なのだろう。今後が楽しみでもある。


って! 冷静に女の子の体を解説している場合じゃない! 

それこそロリコンじゃないか。


「まあかわいい方だとは思う」

「くぅーっ、うらやましいやつめ。

 従妹とはいえ女の子と一つ屋根の下で暮らすなんて!」


そんなキンキンに冷えたビールを飲んだおっさんみたいなリアクションされてもな……


「漫画の読みすぎだろ? あんなの現実じゃ起きやしないって」

「ばかやろう! シチュエーションは起きるものじゃない、起こすものだろぉ!?」

「そんなんだから女子にモテないんだぞ」


せっかく顔はいいのに中身はこれだからなあ。

残念美人ならぬ残念イケメン。


「ぐっ、言ったな? そういうお前はどうなんだよ?」

「……言うな」

「ハハハ、まあモテない男同士仲良くしようぜ!」


違うんだよ、黒瀬。俺は根本的に他人を信用できないんだ。

忌々しい、あの出来事のせいで。



***



その頃、真白の自宅では――


「うぅ、ヒマだあ」


やっぱり昨日の出来事は夢じゃなかったんだ! 

そう思うと途端に後悔が押し寄せる。


どうしよう私、本当に家を出てきちゃったんだ。小春を置いて。

ごめんね。すぐに迎えに行くから。

だからもう少しだけ我慢してて。


とりあえず今はあの人が帰ってくるのを待っとかないと。

本当に変な人だ。私を襲うならとっくに襲えるはずなのに。


それに今朝はフレンチトーストまで作ってくれたし。

思い出すだけでよだれがとまらない。

あんなにおいしいものがこの世にあったの? 

今まで私の食べてきたものがおいしくなかっただけ? 

ううん、それにしてもあの人の料理はおいしかった。


ここにいればまた……食べられるのかな? 


でもでも! 仮にあの人が私の思うほど危険な人物じゃないにしても

きっとここに私がいるなんて迷惑なはずだ。

顔も良いんだし、見ず知らずの私を助けるような性格の持ち主だ。

彼女さんだっているはず。


せっかく手放したつらい日常に戻るのは心苦しいけどいつまでもここにいるわけにもいかない。

あの人が帰ってきたら話そう。ここにはもう居られませんって。

そしてお礼を言おう。

家族が心配してるのでって言えば帰してくれるはずだ。


……本当はそんなことありえないのにね。


家族は私がいなくなっても別に何とも思わないだろう。

でも妹が心配だ。

まだ小学生なのにあんな苦痛、あの子が耐えられるはずがない。

私が変わってあげなきゃ。


だって……お姉ちゃんなんだから。



***



「ただいま」


見慣れたボロアパートの玄関を開けると少女はまだそこにいた。

よかった。約束通り俺が帰ってくるまで待っててくれたみたいだ。


「おかえりなさい」


荷物を置き、手を洗う。

ちらりと少女の顔色をうかがってみるが思いつめたような表情をしている。


「お話が……」

「ちょっと待ってね、はい」


俺は家にあったファミリーサイズのチョコレートをあげる。


「……ありがとうございます」


やっぱり甘いものは心を落ち着かせてくれるからな。


「さあ、今後について話し合おうか」


緊張した面持ちで少女がうなずく。

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