第7話 リスタート

「さあ、今後について話し合おうか」


テーブル越しに向かい合った少女が緊張した面持ちでうなずく。


「まずは俺から提案といくつか質問したいことがある。

 もちろん嫌だったら答えなくてもいいけどできるだけ答えてほしい」

「あのっ、私……!」

「落ち着いて。俺の話が終わったら君の話も聞かせてほしい」

「……わかりました」


少女の顔からは焦りがうかがえる。俺のいない間に何かあったか? 

昨日までとはまた違った表情をしていた。


「じゃあ始めよう。まずは君の名前を教えてほしい」

「夕凪葵です」

「年齢は?」

「14歳です」

「学校には行けてる?」

「はい、中学校に行ってます」

「それはよかった。じゃあ次に家族のことを教えてほしい」


家族という言葉が出た瞬間、少女の表情が歪んだ。

やはり家族間のトラブルだろうか。

もしそうなら俺は根本的な問題を解決することができない。


「ご両親はご健在なのかな?」

「はい。母も父もいます。でも、父は本当の父ではありません」

「それは……再婚したということかな?」

「はい。それから、私には妹がいます」

「妹さんの年齢は?」

「12歳。小学6年生です」

「妹さんも学校に行けているのかな?」

「はい」


となると学校関係では問題がなさそうだ。

やはり最初の読み通り両親か。

それに両親は再婚したと言っていた。

大方、継父に気に入られなかったといったところか。


「チョコレートどうぞ」

「でも……そんなことしている場合じゃ」

「とにかく落ち着いて」


少女にチョコレートを食べさせる。

こんなときに不謹慎だが小動物の餌付けみたいだ。


次の質問は……読みが正しければ少女にとってはかなり苦痛になるだろう。

それもあって落ち着いてもらっているのだ。


「この質問には答えても答えなくてもいい」

「……」

「率直に言おう。君は両親から虐待を受けているね?」


驚愕の表情でこちらを見る少女。

そこには悲しみだけではない、焦りと怒りも混じっている。


「……どうしてそう思うんですか?」

「君と最初に出会ったとき、そして今も家族というワードに敏感に反応しているからだよ」

「……そうです。私は父に暴力を振るわれているんです」


やはりか。


「もう一ついいかな。暴力を振るわれているのは君だけかい?」

「はい、私だけです」


これですべてつながった。

今少女が一番恐れているのは自分にだけ向いていた暴力の矛先が妹に向いてしまうということだ。

だから焦っていたのだ。


「わかった。答えてくれてありがとう。次は君の番だ」

「あなたはどうして私を助けてくれたんですか?」

「……君が昔の俺にそっくりな雰囲気を纏っていたから」

「もう一つだけ。これは私からの提案です」


嫌な予感がする。

でもそれは……それを許してしまうと少女の心は確実に壊れてしまう。


「やっぱり私は家に戻ります。今までありがとうございました。

 そして、ごめんなさい変な人だなんて言って」

「待ってくれ! まだ俺からの提案を話していない」


少女の顔には焦りの表情が色濃く映る。


いいのか? 

このまま見殺しにして。

助けてあげる素振りを見せながら地に突き落として。


それじゃあまるでのあいつらと同じじゃないか。

俺はそんなことはしない。

ここまで来たなら、これだけ関わったなら責任を持って少女を幸せにして見せる。


――そういえば今日の授業で教授が強いトラウマやストレスなどを抱えた人間に対してとある方法で治療する場合があると言っていた。


それを思い出した俺は立ち上がり棚から1冊の分厚い本を取り出した。


日常生活で使うことなんてないと思っていたがこんなところで使うことになるなんて。

やっぱり大学での学びは実用的だ。


いきなり本を持ってきた俺を少女は不思議そうな目で見る。


「これは俺からの提案だ――」


俺の言葉を聞き、少女は泣き叫ぶ。

顔色はどんどん悪くなっていくばかりだ。


「いやぁ!! やめて! それだけは……そんなことをしてしまったら私は小春のことを!!」

「ごめん。葵ちゃん。俺はつくづく最低な男だ」


この提案を思いついた自分に嫌気がさす。

結局俺は他人を助けるだけの力を持ち合わせていなかった。

できないとわかっていながらも希望をちらつかせてしまう。


もちろんこんなことが成功する確証はない。

こんな方法で救えるのはフィクションの世界だけだ。

素人である俺が試してみたところで現実はそう上手くはいかない。


それでも――目の前にいる少女を救うにはこうするしかないんだ。


俺の言葉を聞いていた少女はだんだんとおとなしくなる。

次第にうつろな目をし始め、やがて眠りに落ちる。

少女が目を覚ましたのは――それから2日後のことであった。

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