第5話 フレンチトースト

翌朝。

昨日は色々と大変だったような気もするが疲れていたので所々記憶が抜け落ちている。

とりあえず隣の部屋に少女が寝ているのを確認する限り昨日のことは夢ではなかったのだろう。


「……らしくないな。俺が人助けなんて」


もう絶対に他人には手を差し伸べない。そう思っていたはずなのに。

少女の混濁した暗い瞳はどこか昔の俺を見ているようでついつい世話を焼いてしまった。


この少女には申し訳ないことをしたな。俺の勝手な都合で家にまで上がらせてしまって。

見知らぬ男の家に連れてこられてさぞかし不安だっただろう。

もしかしたら本当に用事があったのかもしれないし。


少女はまだ寝ている。それもそうか。昨日は色々と疲れただろう。

とりあえず今日は授業に出て、それからどうするか話し合おう。


まだ覚醒しきっていない脳を働かせながらキッチンに立つ。

食材は……かろうじて食パンと牛乳、卵、それからベーコンあとは調味料があるだけだ。

さすがに女の子に俺が食ってるような朝食をごちそうするわけにはいかないだろう。

彼女だって朝からベーコンマヨトーストなんていうハイカロリーな食事は遠慮願いたいにちがいない。


となれば……この材料でできるのはフレンチトーストか。

カロリーは高いがこれぐらいなら彼女も許してくれるはずだ。

そうと決まればさっさと作ろう。


「……う~ん」


フレンチトーストも出来上がったところで少女を起こしに行った。


彼女には物置と化していた部屋で寝てもらっていた。

向こうの部屋にも暖房はあったし、なにより男の俺と同じ空間で寝るのはさすがにマズいだろうと思ったからだ。

幸いにも来客用の布団があったので助かった。

まさかこんな形で2DKの恩恵を受けるとは。


「おはよう」

「……うん……って! 誰!?」

「そっか、名乗ってなかったね。俺は真白壮馬。ただのダメ大学生だ」

「ふぇ? ここどこ?」


まだ寝ぼけているのか眠そうに目をこすりながら少女が問いかけてくる。


スカートのまま割座――所謂女の子座りをしているため下着が見えそうになる。


たまに勘違いされるが俺は他人を信用しないだけであって嫌っているというわけではないのだ。


つまるところ人並みの性欲は残っているわけで――

女の子に耐性がない俺は目の前の光景にドキドキしつつも見ないように目をそらす。


「ほら、寝ぼけてないで。朝ごはんできたよ」

「えっ? 朝ごはん……ここは……私の家……じゃない!?  

 だってあれは夢だったはずじゃ……」

「夢じゃないよ。そりゃ急に連れてきたのは悪かったとは思ってるけど……そのことも含めて後で話そう」

「う、うん」


「それじゃあ気を取り直して、いただきます」

「いただきます」


今日のフレンチトーストは会心の出来だ。

日頃から節約のために自炊をしている俺にとって料理はお手の物だが他の人に食べてもらうのは何気に今日が初めてだったりする。


これまで上辺だけの友人関係しか築いてこなかったからな。

招待するような人もいないしされもしない。

だからといってどうとも思わなかったが。


「……おいしいです!」


恐る恐るといった感じでフレンチトーストを口に運んだ少女だったが、

口に含んだ途端に目をぱっちりと見開き頬をほころばせていた。

いかにもにへへという擬音が似合いそうなかわいらしい表情だった。


そんなにおいしかったのか。

まずかったらどうしようとか思っていたが気に入ってもらえて嬉しい。


嬉しい……か。


久しぶりに感じたような気がする。


「気に入ってもらえたようでよかったよ」

「……朝ごはんなんて久しぶりです。それにフレンチトーストなんて初めて食べました」


そう呟く少女の瞳にはうっすらと涙が浮かんでいた。


それを見て俺は何とも言えない気持ちになる。

朝ごはんを久しぶりに食べた、と。


おそらく少女は丸1日あのコンビニにいたはずだ。

にもかかわらず親が来る素振りはなかった。


中学生の移動範囲しかも徒歩となると家からはそれほど離れてはいなかったはずだ。

それにずっとあそこにいたのなら目立っていたはず。


やはり虐待か。確証はないが目の前にいる少女に直接確かめればいいだけの話だ。

でも、なんとなく少女にそれを聞くのは酷なことだと感じた。

今は少女のメンタルを落ち着かせることを優先しよう。

話はあとからでもできる。


「ごちそうさまでした」

「お粗末様でした」


食器を片づけ、歯を磨き、身だしなみを整える。

いつものルーティンだ。


でも今日はちょっとだけ楽しかった。そんな気がする。

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