第4話 家出少女④

私は夕凪葵ゆうなぎあおい。いわゆる家出少女だ。

今は家からだいぶ離れたコンビニの前にいる。


アイツのせいだ。アイツのせいで……私の家族は壊れてしまった。

いまさら嘆いても仕方のないことだけど。


幸せだった過去を取り戻すことなんかできないし他人に期待するだけ無駄だ。

大人なんて誰もあてにならない。

みんな自己保身に走って動こうとしない。

私はもう誰にも期待しないし信じない。自分の力だけで生きる。


そう思っていたのに。何なのこの状況? 


なぜか見知らぬ男が話しかけてくるし紅茶まで買ってきた。


男は紅茶を手渡してきたけど飲めるわけがない。

男が店内で何をしていたのかちゃんと見てないし怪しい薬でも入っているのかもしれない。


どうせこの男も私のことを騙すんだ。もう大人は信じない。


男は私の話を聞きたいと言っていたけど話すことなんて何もない。

見ての通りだ。

つらい日常に嫌気がさして家を出てきた中学生。ただそれだけ。


でも男が時折見せる表情はどこか今の自分を映しているかのようだった。

まるで他人を信じていないかのようなハイライトのない空っぽな瞳。

こういうのを死んだ魚の目って言うんだっけ。


男がどんな人生を歩んできたのかはもちろんわからない。

それでも、似た者同士なのかもしれないとちょっとだけ思ってしまった。



それから私はなぜか途中までお姫様抱っこされて家に連れてこられた。

こんな時間だから周りに人はいなかったけどかなり恥ずかしかった。

お姫様抱っこなんて幼稚園の頃以来だった。


恥ずかしげもなくあんなことをするなんてやっぱりこの男は変わっている。


どうせこの先希望がないならこの変な男にいいようにされて消えていくのもいいのかもしれない。

そう思った私は男の家に上がり込むことにした。


玄関、キッチンと一続きになった先の部屋に案内される。

それほど広くはない部屋だ。


テレビや本棚、テーブル、ソファもあって地べたに座れるような場所は一部しか残っていない。

男が普段リビングとして使っている部屋だそうだ。


床はフローリングに水色のカーペットが敷いてあり、私は座布団に座った。

この部屋は洋風という感じなのになぜかふすまがあり、その先にはもう1つ部屋があるようだった。



それからしばらく雑談をしていたけど――

ピピピという電子音が鳴ったとともに男がお風呂が沸いたことを告げてきた。


「お風呂沸いたよ。先に入ってきたら?」

「私はいいです。どうせ明日にはここを出るんで」

「ダメだ。体を温めないと」

「はぁ……わかりました」


私は断ったけど男の言葉に押されてお風呂に入ることになった。


見知らぬ男の家に連れてこられてお風呂?

絶対あの男は私のことを狙ってる。

弱っている様子の私に優しく接して、いいタイミングで本性を現すつもりだろう。


まあどうでもいいや。結局は行く当てもないし。

そう思っていると男が疲れたような声で告げてきた。


「俺は仮眠をとるから。お風呂から出たら起こしてもらえると助かる」

「……なんで私がそんなこと」

「おやすみ」


男はよほど疲れていたのかもう寝息を立て始めていた。

見知らぬ場所に1人取り残された私はしぶしぶ決断する。


「しょうがない、入るか」


タオルはこれを使えばいいのかな? 

お風呂の近くにあった3段ボックスからバスタオルを取り出す。

まああの男のことだし適当に使っといても問題はないだろう。


「げっ、男物のシャンプーしかないじゃん。まあいいか」


シャワーで汚れを落としてから湯船に浸かる。

2日ぶりのお風呂だ。お湯が体に染み込む。

浴槽は家のよりも少し狭かったけど文句は言ってられない。


「ふわぁぁ」


安心したからか欠伸がこぼれる。

自分ではそうでないと思っていたけど体は緊張していたんだ。

なんだか眠くなってきたな。

瞼の制御が効かない。

私は赤ちゃんみたいに眠ってしまうのだった。


「……って! ダメ! さすがに浴槽で寝てたら溺れちゃう」


そんな最期もいいかとも思ったけどあの男からすれば迷惑だろう。

私も他人に迷惑をかけてまで死ぬつもりはない。


お風呂から上がり、タオルで体を拭いていた私はあることに気が付く。

もっと最初に気づくべきだった。


……着替えがない!! 


どうしよう。

さすがにこの男が女物の服を持っているとは思えないし。

というか持っていたら人間として終わっている。


仕方がない。着てきた服を着るか。

家から逃げてくるときに適当にとった服だけどまさかこんなに薄い服だとは思わなかった。

今思えばよくこんな寒い格好で外にいたな、と。


湯冷めしそうだったけど室内には暖房がつけられている。

割と暖かいので風邪を引く心配はなさそうだ。


着替えも終わり、男を起こしに行く。


そういえばこの男ドライヤー持ってないのかな。


「起きて」

「ううっ……」

「ほら起きてください」

「……もう……ちょっと……」

「起きろ!」

「は、はいっ!」


飛び起きた男はまだ寝ぼけているのか急に正座を始めた。

その様子があまりにもおかしくてつい笑ってしまう。


「ようやく笑ってくれた」

「……変な人ですね」

「それでいいんだ。俺は変な男さ」

「ところでドライヤー持ってますか?」

「あるよ。確か洗面台の下の棚に入れてたはず」

「わかりました」


確かにこの男は変な男だ。もちろん信用したわけじゃない。

明日にでもなれば本性を現すかもしれない。

男なんてそんなもんだ。


でも不思議とこの男はそうじゃないような気がする。


どうせ人知れず消えるつもりだったんだ。

今はもう少しこの男のところにいるのも悪くないかもしれない。

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