仮屋

コラボイズ

仮屋

信号が赤になる。

一郎は無視して渡ってしまおうかと思ったがそれはやめといた。

一郎は今周りの人から自分がとう見えるのかが気になって仕方がない。

信号が青になる。

信号待ちしていた人が一斉に歩き出す。

一郎も一緒になって歩く。

一郎は信号を渡って、近くのベンチに座った。


今日も自分は失敗してしまった。今日の会議で使うという大事な書類を無くしてしまった。

このようなことが最近何回もあり、もう上司からは呆れられている。

近くで酒を飲んで盛り上がっている大学生が目に入る。

自分も大学生の時は、こんなふうに友達とバカなことをしていた。

その頃の自分は卒業したら一流企業に就職して、順風満帆な生活をすると信じていた。自分に自信もあった大学ではタイピングが一番速かった。

今の自分をその頃の自分に見せたくない。その頃の理想の自分とはかけ離れ過ぎでいるから。

「あ、すみません」先程の大学生の集団の1人がこちらに飛んできた缶を拾い戻っていく。

自分も家に帰ろうとベンチから立ち家の方向へ向かった。

数十分歩いたところで見慣れないお店が1軒たっていた。看板には風楼堂と書いてあり、窓は2020年ラーメン大賞受賞を全力でアピールしていた。

ちょうどお腹も空いていたので、その店に入った。

「いらっしゃいませ」

店内には老人が1人いるだけだ。他の店にはない何かがここにはあるような気さえもする。

入り口近くのカウンター席が空いていたのでそこに座る。

「メニューはそちらにあるんで」老人が近くにあった黒い板を指して言う。

「こちらお冷になります」

メニューを見ると醤油ラーメン、塩ラーメン、味噌ラーメン、豚骨ラーメン、チャーハン、餃子と書いてある。

「醤油ラーメン1つ」

「はい」と言って老人は厨房へラーメンを作りに行った。

数十分後醤油ラーメンが出てきた。

「お兄ちゃんそんな暗い顔してどうしたの」老人がそんなことを聞いてくる。

できるだけ辛いのを表に出さないようにしていたつもりだがどうやら出ていたらしい。

「今日ちょっと会社で叱られちゃいまして」

「それは辛いね。私も昔は君みたいなサラリーマンだったのだよ。」

「そうなんですか。どうして今ラーメン屋を?」

「あそこの写真見えるかい」

老人が老人の若き頃と隣に誰かが一緒に写っている写真を指さした。

「隣の人はねぇ勝さんって言ってすごい人なんだよ。今ラーメン業界のトップをいく人だよ」

「へぇ〜」

「私がサラリーマンだった時取引相手との待ち合わせに遅れて、その取引がなくなってしまって、クビになってしまったことがあってね。その夜から仕事場がなくなりお金もどんどんなくなって、3ヶ月後には公園暮らしを始めたよ。公園暮らしを始めてしばらくして勝さんのラーメン屋が近くにできてね。毎日その店から出てくる人を見るたび、どんなラーメンを売っているのか気になり始めた。それに勝さんが気付いてある日公園までラーメンを持ってきてくれて、これを食べろそうすれば大抵のことは忘れられるなんてことを言い出すもんだから、そんなわけないでしょって言ってラーメンを食ったんですよ。そしたら本当に今までのことがどうでも良いような気がしてきて、気付いたら泣きながらラーメンを食べていました。その日、勝さんに弟子入りを頼んでそこから何年も修行して今こうして自分の店を開けたんだ。あ、ごめんね話長くなっちゃって」

「いえ」

「そのラーメンはその時の勝さんのラーメンを再現したもので、大抵のことを忘れられるほど美味しいですよ」

「本当ですか?」

箸を手に取りラーメンを食べる。

「本当だ。美味しいですね」

「だろ」

その時なんだか心の中のモヤっとしたものが無くなった気がした。

ラーメン一杯で簡単に動いてしまうほど心というものは不安定なのかもしれない。

明日また会社へ行こうと思った。また何か会社であってもこのラーメンを食べれば、そんな些細なことは忘れてしまうだろう。

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仮屋 コラボイズ @singetunoyoru

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