第2話 ラクシャサ

「前回は21世紀の終わりごろ、正体不明の新型の病原菌が突如世界的に蔓延したところまでお話ししましたね」


先生はそう言うと、教室の前面にあるスクリーンに映し出された当時のニュース映像を僕らに見せた。教室には僕と同じ7歳くらいの子供が20人ほどいた。


「この新型病原菌を科学者はモタバウイルスと呼称しました。モタバウイルスの致死率は98パーセントにも及び、しかも感染してから48時間以内に死亡するという恐ろしいウイルスで、空気感染したこともあって、70億の人類は僅か3年ほどでほとんど死に絶えました」


スクリーンには、次々と様々なデータが映し出された。


「しかし、このウイルスはその恐るべき致死率に比例して、非常に短命で、人類を殺しつくすと同時に、ウイルス自体も死滅しました。だが、我々人類の苦難はこれで終わったわけではありませんでした」


スクリーンには死んだ人間が胞子のようなものに包まれて、しだいに人間とは違う、「何か」に変貌していく様子が映し出されている。そして、その「何か」は再び、起き上がり、生きた人間のように歩き始めた。


「彼らは人ではありません。正確にいえば、あの胞子が生命体で、人間の死体を動かしているのです」


「何か」は最初はただ歩いていただけだったが、そのうち仲間どうしで、つかみ合いを始め、動物のように噛みつき、血まみれになり、相手が動けなくなるまで、徹底的に相手の身体を破壊した。


「彼ら、いえ、アレには知性の欠片もありません。ただ攻撃本能しか持ち合わせておらず、自分の周りで動くものは手当たり次第に攻撃し、破壊し、その死体の肉を食べるのです。我々はアレを古代インドの伝説に出てくる人食い鬼に因んで「ラクシャサ」と呼称することにしました」


何人かの子供たちは恐ろしさのあまり、目や耳を閉じたりしている。


「科学者の多くが亡くなり、研究施設もほとんど使用できない現在、ラクシャサに関してはほとんど何もわからないのが現状です。もちろんモタバウイルスと謎の胞子の因果関係も不明です」


僕はスクリーンに映るその元人間だった「何か」を見つめる。


「一つだけ確かなことはアレの現在の主な獲物は我々人間なのです」


スクリーンが消え、先生が教壇から降りて、僕らのほうに歩いてくる。


「生き残った我々人類は21世紀中期ごろの核戦争危機用に建造した地下のシェルターに避難して、エリア1からエリア99までの都市国家とそれらをまとめる人類統合政府を作ったのです」


先生は僕ら一人一人に話しかけるように授業を続けた。


「君らは各エリアに住む生き残った人類の精子と卵子を掛け合わせて生まれた、いわば人類の希望。悪魔どもから人類を守る栄誉を与えられた選ばれた戦士たちなのです


そして先生は笑顔で、こう授業を締めくくった。


「君たちの命は我々人類を守るためにあるのです」








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