第14話:枯れ尾花・前編

 1942年9月9日20:30天候曇り、その日の演習を終えた大和は停泊地である宿根沖南20km地点に戻って来たところであった。


「この辺りで良いだろう、推進機停止!」

推進器停止すいしんきてぇーし!!」

 東郷の指示を席から立ち上がった十柄が声を張り上げ復唱する、すると10ノットで航行していた大和の巨体は惰性となりやがてその場に停止する。


「十柄少佐、後は任せる」

 艦内の各部確認の報告を聞いた後、東郷は艦長席から立ち上がり艦橋を後にする、十柄は「了解しました」と敬礼し副長席から艦長席に移り細かな指示を出している。


 その様子を見ていた正宗は東郷を追う様に早歩きで扉に向かい、途中十柄に「八刀神少尉、退室します!」と敬礼をするとまた早歩きでツカツカと艦橋を後にする。


「東郷艦長、お忙しい所申し訳御座いません、少しお時間宜しいでしょうか?」

 正宗は通路で昇降機エレベーター待ちをしていた東郷に追い付き声を掛け敬礼する。


「八刀神少尉か、別にかまわんが何かね?」

「ありがとうございます! お話と言うのは兄の……八刀神 景光の事です……艦長、あの男・・・は電算室で何をやっているのでしょうか? あの男・・・は確かに天才かも知れませんが真面な人間では有りません、そんな人間にこのふねを弄らせるのは危険で有ると具申します!」

 正宗は直立不動で意見具申をする、景光が回転翼機ヘリコプターこの艦やまとに降り立ち一週間、東郷に書類を渡した直後に「やる事が有る」と言って数人の研究員と『電算室』に入り、そのまま籠り切りなのであった。


「私も詳しく理解している訳では無いが、『電脳とやらの性能向上バージョンアップ』と言っていたな、艦政本部の指令書も有るのだ、無下には出来まい……」

「くっ!」

「だが、山本長官の指示で電算室には保安隊員に扮した技術員を数名配置している、何か問題が有れば彼らが止めるだろう、八刀神少尉、この件は少尉の責務の範疇外だ、君に思う所が有るのは知っているが公私混同は止めたまえ」

「……っ!? 自分は……っ!? ……いえ、確かに出過ぎた行為でした……御手間を取らせ申し訳御座いませんでした、失礼致します……」

 正宗は言い淀んだ後、少し俯き拳を握り締めるが、やがて東郷に向き直り機敏に敬礼し昇降機エレベーターに乗る東郷を見送った。


 正宗と別れた後、昇降機エレベーター内で東郷は溜息をつき表情を曇らせる、立場上ああは言ったものの、一週間前の景光との邂逅を思い出す、180㎝の細身の長身に切れ長の瞳の端正な顔立ち、透き通った声には熱を感じず其の存在自体が無機質な人形の様であった。


 しかしこの艦やまとを語る時には豹変しその言葉の端々に、そしてその瞳に確かな狂気を宿していた、実弟である正宗の証言、そして山本からの密書・・・・・・・に有った通り、東郷もまた彼を非常に危うい存在であると感じていたのである。


 だが其れでも、八刀神景光は大日輪帝国に蒼燐核動力炉あまてらすもたらした救世主である。


 其の影響力は計り知れず日輪国内だけで無く世界各国の重鎮に多くの信奉者を持っている。


 そんな彼を敵に回す事は国家を敵に回すに等しい、それに若し万が一、彼が他国に亡命するような事態になれば、それは国家存亡の危機と言っても何ら過言では無い。


 だからこそ彼の兵器を玩具の様に扱う我儘もあっさりと通った、大和型の建造が承認されたのも其の一つで有り、天才的な頭脳と子供の様な無邪気な狂気を併せ持つ救国の英雄、それが八刀神景光と言う存在であった……。


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「よぉ、八刀神、お前も例の話聞いたか?」

「ん? 例の話? 何の事だ?」

「何だ知らねーのかよ、……何でもな、艦内に出るらしいんだよ……」

 ふねの大食堂で遅めの食事を摂っている正宗と戸高であったが、戸高が唐突に話題を振って来る、周囲に気を配り小声で正宗に耳打ちするが然し、その表情は悪徳商人のそれ・・であった、その戸高の様子に正宗は胡乱げな視線を向ける。


「……出るって何がだ?」 

「何って、決まってんだろ、これ・・だよ、!」

 そう言って戸高は両手を垂らし舌を出す仕草をする。


「何だ、残暑にやられた阿呆が出るのか、そんなもの保安科に任せて置けば良い……」

「んぁ!? 誰が阿呆だ 幽霊だよ、ユーレイ!」

 正宗の言葉に表情を崩し詰め寄る戸高、そんな阿呆……もとい戸高を冷ややかな目で見据えたまま箸でおかずをつまみ白米をほうばる。


「……」

「出来たばかりの新造艦で幽霊か、だとしたらその幽霊は何の恨みで化けて出てるんだ?」

「うっ!? いや、まぁそりゃ……確かにそうだけどよ……」

 正宗が食事を口にしたのを見て律儀に咀嚼しているのを黙って見ていた戸高であったが、食事を呑み込んだ直後に正宗から発せられた台詞に歯切れが悪くなる。


「……大方人影か何かを幽霊と見間違えただけじゃないのか?」

「いや、そうかも知れねーけどよ、もし本当に居たら面白くないか?」

「面白い訳無いだろう、士気に関わる、お前も士官なら下らん話を面白がるな」

「うぐっ! 真面目かよ……けど実際艦内の彼方此方あちこちで噂になってんだぜ? 何かあるとは思わないか?」

「……かも知れんが何かあれば保安科が動く、俺達は俺達の仕事をすれば良い」

「……お前さぁ、もっとこう、若者らしい好奇心ってやつを持てないわけ?」

「軍人に必要なのは好奇心では無く冷静な判断能力だ、そして俺達は軍人で今居るのは軍艦の中だ、限られた資源と空間リソースで乗員が個々の仕事を全うし最高の性能を発揮する軍艦のな……」

 そう言い切ると正宗はみそ汁の御椀を取り一気に飲み干すと手を合わせ「ご馳走様でした!」と礼儀正しく言う、その様子を戸高は頬杖を突きながらジト目で見ている。


「……何だその目は? 言いたい事があるなら言葉にしろ」

「べっつにぃ~? 清廉潔白な優等生様の正論にぐぅの音も出ないだけですよぉ~」

 そう言うと戸高は拗ねた様にプイっとそっぽを向く、その様子に正宗が溜息を付いていると、何やらおずおずと正宗達の席に近づいて来る3人の少女達が目に入る。


「あ、あのっ! 艦橋士官の方ですよね?」

「今、幽霊の話ししてませんでした?」

「し、してましたよねっ!?」

 おずおずと距離を詰めて来た割には、代わる代わるまくし立てる様に声を発する3人娘に周囲の視線が集まる。


「何だお前達は……って、おい、戸高!」

「その通りっ! 俺達は大和艦橋班、九嶺海軍士官学校第七十ニ期生、精鋭エリート中の精鋭エリートさっ! それで? 御嬢さん方は幽霊の話に興味が有るのかな?」

 戸高は明らかな不快感を露わにする正宗を少女達の視界から隠し、気取った声色で机の上に寄りかかり気障きざなポーズを取ると、親指で自分を指しながら白い歯を見せてニカリと笑う。  


「きょ、興味と言うか……ねぇ?」

「う、うん……」

「わ、私達……さっき見ちゃったんです……資機材搬入倉庫で……幽霊を……」

 先程の勢いは何処へやら、少女達は歯切れ悪く言葉を口にする、戸高が詳しく話を聞くとこの3人は資機材管理班の班員で、自分達の担当区画である資機材搬入倉庫で幽霊と思しき存在を目撃してしまったのだと言う。


「資機材搬入倉庫って言ったら艦尾の航空機格納庫の下に有る区画だな……」

「そうです、私達、もう怖くて怖くて……如何しようって話してた所に……」

「艦橋士官の方達が幽霊の話をされてたので……」

「何とかして貰えるんじゃないかなぁ……と」

「お、おい戸高、言っとくが……」

 そう言って潤んだ瞳の上目使いで戸高を見つめる3人娘、この状況で戸高が暴走しない筈は無く、正宗の危機管理能力が警鐘を鳴らし注意を促そうと言葉を発するが時既に遅く……。


「いよっし!! 御嬢さん方の悩みは分かった! 丁度休息時間だし俺達が幽霊の正体を掴んでやるから大船に乗ったつもりで待ってな……ってもう大船に乗ってるか!? なんつって! なははははっ!」

 そう言って締まりの無い笑い声と締まりの無い鼻の下を伸ばした表情で締まりの無いギャグをかます戸高に、正宗は机の上で額を押さえている……。


「あ、ありがとうございます! 男性班員は私達の事見下してて頼りたくないし、保安課の人達に相談しようにも、あの人達何か怖くて……」

「艦橋班の方達が優しい良い人で良かったね!」

「うん!」

 少女達は先程とは打って変わって花の咲いた様な笑顔になりキャイキャイと喜んでいる、その様子に流石の正宗も水を差す様な真似は出来ず、只呑気に鼻の下を伸ばす戸高を背後から睨み付けるに留まった……。


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「この先が資機材搬入倉庫です……」

 正宗と戸高は3人娘に案内されて資機材搬入倉庫前までやって来た、道すがら幽霊を目撃した状況を聞いた所、3人が倉庫内の物資を搬送先別の区分け作業をしていると、コンテナの物陰からいきなり見知らぬ白髪の少女が現れ3人と目が合った、白髪の少女は驚いた様子で逃げ出した為、3人は密航者かと思い追いかけた所行き止まりで見失ったとの事であった。


「コンテナの陰か上に隠れてた、とか?」

「いえ、その場所のコンテナは電磁石式クレーンで持ち上げ二段重ねにしていたので高さが5以上有り掴む場所も無いので上るのは不可能かと、あと隙間無く敷き詰めていたので人が隠れられる様な場所も有りませんでした……」

「当然コンテナの扉には鍵が掛かっているので中に隠れるのも無理です、そもそもあの短い時間でコンテナの扉の開閉をすれば分かりますし……」

「なので壁をすり抜けたとしか思えなくて……そうなるともう最近噂の幽霊かな、と……」

 戸高の疑問に3人娘が代わる代わる答えていくが、その状況を思い出したのか3人の表情に先程までよりも強い恐怖が浮かび上がり足が止まってしまう。


「ふむ、……百聞は一見に如かずと言うしな、まずは現場を見て見ない事には始まらんか……ん? 如何した? 倉庫は其処なんだろう、行くぞ?」

 正宗は思案しながら歩いていたが、ふと気づくと3人娘は後方で立ち止まったままであった。


「ほ、本当に行くんですか?」

「ま、まだ幽霊がいるかも?」

「こ、ここ今度こそ取り憑かれる……かも?」

 倉庫を目の前にして怖気づいたのか、3人娘達は不安げな表情で身を寄せ合いながら立ち尽くしている。


「はぁ……分かった、お前達は此処に居ろ、俺達が見て来る、行くぞ戸高」

「あいよ、んじゃちょちょいと行って来るんで待っててね!」

 ツカツカと倉庫に向かう正宗の後を追いながら上半身を3人娘に向けひらひらと手を振る戸高は上機嫌で正宗の後に次いで倉庫内に入る。


 資機材搬入倉庫は6程の高さが有り、幅が30長さが40程の広さがあるが、大小のコンテナやあらゆる物資が積み上げられている為、迷路の様になっている、勿論コンテナはしっかりと固定されている為余程の事が無ければ崩れる事は無さそうだ。


 倉庫内の調光は管理班長が節約家で有る為抑えられて薄暗い上にコンテナを積み上げている為、場所によってはかなり暗い場所も有る、何かを幽霊と見間違える可能性は十分に有ると思われた。


 倉庫の艦尾側には上下開閉の大きな鎧戸シャッターが3つ付いており、その先には甲板に直結する昇降機エレベーターを備える荷卸し場が有るのだが今は鎧戸シャッターが閉まっている為、正宗達からは見えない。


 また、正宗達が入って来た扉の左右には扉付の出っ張り・・・・が有り、其の中には下に降りる階段が備わっている、左右どちらも階下の管理班の事務区画に繋がっているが、3人娘の話だと階段前の扉は管理班員のみが持つ鍵で施錠されているらしい、念の為正宗と戸高が確認したがちゃんと施錠されていた。


「彼女達の話だと此処が件の行き止まりか……」

「あー……確かにこりゃよじ登るのも無理そうだし、人間の隠れる隙間何て無いな……」

 3人娘が幽霊を見た通路はコンテナに囲まれた3程の幅の通路であり行き止まり部分は壁(隔壁)であった、コンテナは神銀鉄エルディウム製で倉庫側に予め設置されている固定具でしっかりと固定されており、コンテナと天井の隙間は1程あるが、高さ5にもなる二段重ねのコンテナをよじ登るのは無理そうだ、コンテナ間や隔壁との隙間は精々5㎝程でありネズミ位しか隠れられそうに無い。


「此処で人を見失ったとなると、本当に幽霊としか思えねーなぁ……」

「天井との隙間は電磁石式クレーンの為に空けられた1程か、それなら隠れるのは不可能では無いが……」

「この高さじゃ無理だろうなぁ、蜘蛛みてぇに壁を這えるなら別だろうけど」

「いや、そうでも無いぞ? これを持っててくれ」

「は? お、おいっ!?」

 そう言って正宗は戸高に刀を預けると、凄まじい加速力でコンテナに向かって走り出し、コンテナの側面に向かって跳躍すると其のまま蹴り上げ宙を舞う、そしてその勢いで反対側のコンテナの上部分を掴み、身体を捻り込むと難無くコンテナと天井の隙間に滑り込んだ。 


 その瞬間正宗は何者かの気配を感じ身構える、その視線の先に光る二つの目と暗闇に蠢く何かを捉える、その何か・・は正宗と視線が合った瞬間物凄い勢いで走り去る。


「戸高、そっちに逃げたぞ、捕まえろっ!!」

「は? そっちって……こっちっ!? 捕まえるって……何をっ!? ってうごふっ!?」

 突然の正宗の叫び声に戸高が狼狽えているとコンテナの上から白い物体が飛び出し戸高の顔面に着地する。


「な、何だこいつっ!? ぶへらぁっ!!?」

 顔面に張り付いた白い物体を剥がそうと手を伸ばす戸高で有ったが、その前に白い物体は戸高の顔面を蹴り上げ跳躍し逃げ出そうとする。


「させるかっ!!」

「ふぎゃっ!?」

 しかしコンテナの上から飛び降りた正宗が跳躍中の白い物体を右手で鷲掴みにし捉える。


「いっててて、何だったんだ? って正宗そいつはっ!?」

「うにゃぅ……」

 正宗の右手で硬直し微動だにしないその白い物体は、まだ子供と言える白い猫だった、観念したのか水色の大きな目を少し見開き正宗を凝視している。


 白と言うよりは白銀色の毛並みに宝石の様な水色の瞳、特に猫好きと言う訳では無い正宗も魅入る程に整った容姿の猫であった。


「ね、猫っ!? まさか幽霊の正体ってそいつかぁ!?」

「状況的にその可能性が高いな、其処の箱の上にこいつが乗れば、丁度人間の女性の目線だしな……」

 そう言って少し呆れた様に積み上げられた木箱に視線を向ける正宗、半目で疲れ切った表情の戸高、白けた空気が場を包んでいたその時、複数の駆け寄る足音が近づいて来た。


「あっ! クロちゃんっ!? す、すみません、私は主計科、資機材管理班主任、吉野よしの 美奈子みなこ二等兵曹です、実はその子、積み荷に紛れていた子で、私が世話をしている猫なんですっ!」

 足音は先程の3人娘ともう一人、腰まで伸びた髪を三つ編みにした丸眼鏡の少女、吉野のものであった、吉野は正宗に首根っこを掴まれているクロを見ると少し血の気が引き即座に頭を下げる。


「そういう事か……幽霊騒ぎの犯人はこいつだ、恐らくは其処の箱の上に乗っていたこいつを幽霊と誤認したんだろう……」

 正宗は半ば呆れた様な口調で言うとクロを吉野に手渡す、吉野の腕に包まれたクロは安心したのか目を細めると、自分の尻尾を抱き枕に丸くなり水色の綺麗な瞳で正宗を睨み付ける。


「えー……? クロちゃんが幽霊の正体? そ、そうなの、かなぁ?」

「クロちゃんを見間違えるかなぁ……? どう見ても人間の女の子だった気がするけど……」

「でも、薄暗かったし……幽霊の噂で皆怖がってたから見間違え……たのかも?」

「そもそも噂の幽霊って黒髪に白い着物姿だったよね?」

「え? 私は白いドレス姿って聞いたけど……?」

「あれ? 袴姿じゃ無かったっけ?」

「えーでも私は……」 

 3人娘は正宗の出した結論に納得行って無い様子であったが、徐々に話題の論点がずれて行き井戸端会議の様相を呈していた……。


「あー……ところでさ、その猫、何で白猫なのに名前がクロなわけ?」

 戸高は自分達の会話に夢中な3人娘に苦笑しながらも吉野に当然の疑問を呈する。

 

「あ、やっぱり変ですよね……でも、私が見つけた時この子真っ黒に汚れてたもので……」

「な~るほどね! それにしても可愛い猫だなぁ、雄雌どっちかな?」

「あ……」

「フシャーーーーっ!!!」

「うおっと!?」

「す、すみません、この子男性に触られるの嫌いみたいで、因みに女の子です……」 

「そ、そうなんだ、正宗が鷲掴みにしちまって気が立ってるだろうし、気安く触ろうとした俺が悪いな……ハハハハハ……」

 クロの性別を確かめようと戸高が手を伸ばすとクロは目を吊り上げて威嚇する、それに対し戸高は正宗を悪者にしつつ乾いた笑いで誤魔化すしか無かった。


 因みに軍艦に限らず船上で猫を飼う事は割とよくある風習であり、『船乗り猫』と呼ばれ親しまれている、元々は食料を食い荒らし伝染病を媒介するネズミ対策として乗せられていたが、今は主に愛玩動物としての側面が大きい。


 正宗は今回の誤認の原因の一つに倉庫照明の暗さを挙げ、吉野にもう少し明るくする様指示を出した後、女性達を軟派しようとした戸高の首根っこを引きずりながら倉庫を後にした、正宗に引きずられながら女性達に手を振る戸高の姿を吉野達は苦笑しながら見送った……。


 吉野が倉庫内の照明を節約したのは日輪人が自前の蒼燐フォトン粒子の恩恵を受け始めたのが比較的近年である為だった、十数年前までは日輪は蒼燐フォトンを英国と米国から輸入していた、故に蒼燐フォトン輸入国にとって有限である蒼燐フォトン粒子を節約する事は当然の事だったのである。


 その為、今現在に置いても『勿体ない』の精神は健在であり日輪人の美徳とされている、故に吉野の指示は結果的に騒ぎの原因の一つとなってしまったが、日輪人の気質としては仕方が無いと言える。 


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 資機材搬入倉庫を後にした正宗と戸高は艦橋へと上がる昇降機エレベーターに乗っていた、訓練の終わった艦内は軍艦で在るにも係わらずゆったりとした雰囲気であった、これは大和が新造艦で且つ若者が多いからである、通常であれば年配軍人の締め付けや稀に行き過ぎた体罰などが横行している、故にこの艦やまとの雰囲気は日輪海軍の中でも特に異例と言えた。


「ったくよぉ、折角女子とお近付きになれる好機だったのにさぁ……まぁ然しあれだな、幽霊の正体見たり枯れ尾花とはよく言ったもんだよ、あんな可愛い仔猫を幽霊と見間違えるとはなぁ……」

「恐怖心は往々にして真実を捻じ曲げる、軍人は……特に俺達士官は常に冷静沈着に物事を見る必要があると再認識させられたよ……」

「相変わらず真面目だねぇ……」

「海軍士官として当然の事だろう……お前はもう少し、いやもっと襟を正せ……」

「はいはい、気が向いたらな!」

「……」

「お、付いた付いた、んじゃ真面目にお仕事をしますかね?」

 呆れて額を押さえる正宗をしり目に戸高は伸びをすると飄々と歩き出す、と、その時艦橋内から複数の叫び声が聞こえて来た、それに艦橋の扉の前の保安隊員2名が反応し中に入ろうと扉を開けた瞬間、艦橋内の人員が保安員を付き飛ばし外に転がり出て来た。


「十柄少佐!? 一体何事ですっ!?」

 艦橋から飛び出し、壁にへたり込んでいる十柄は顔面蒼白となっていた、正宗が声を掛けるが普段の毅然さは見る影も無く、口をパクパクさせるばかりで要領を得ない。


「で、ででで……出た……出たんだ……出た……本当に……」

 それが十柄がやっと絞り出した言葉であった、しかし要領を得ない内容に正宗は他の艦橋要員達を見るが、既に遠くに逃げた者、その場にうずくまり話せそうに無い者ばかりであり、正宗は呆れた様にかぶりを振ると刀に手を掛け慎重に艦橋内に進入する。


「なっ!?」

 そこで正宗が見た物は、自分の、戦術長席の横に佇んでいる人物の姿であった、後ろ向きで顔は見えないが腰まで伸びた黒髪に白いドレスの様な衣服から女性であると推測出来る、然しその姿を見た瞬間、正宗の表情が一気に強張る、然もあろう、恐怖心による誤認等では断じて無く、紛れも無く其の女性の姿は透けて見えていたのである……。


 正宗はまず我が目を疑った、だが幾ら目を凝らしても間違いなく向こう側が透けて見えている、即ち眼前の女性と思しき者は少なくとも人間では無い事になる。


 正宗は刀の柄に手を掛け意を決して前に出ようとする、が、次の瞬間何者かに肩を掴まれる。


「(おい、何やってんだ、あれはマジでヤバいって!)」

 戸高だった、幽霊に気付かれない様小声で正宗に話しかける、その背後には及び腰の保安員2名がピストルを握り締め固唾を飲んでいる。


「(だからと言って正体不明の者に艦橋を占拠させたままでは不味いだろう……)」

「(そりゃそうだけどよ、其れこそ保安科の出番だろ、あいつ等に任せ……たら艦橋で銃ぶっ放しそうだな……)」

 戸高は振り返り背後の保安員を見るが、顔面蒼白で腰が引け、よく見ると銃を握る手も震え切っている保安員を見て即座に考えを改める。


「(あー……よし、分かった! 乗員の中に坊さんか巫女さんが居ないか確認しよう、んで居たらそいつにお経とかで除霊して貰うってのはどうだ?)」

「(……忘れたのか? 神道仏教関係者は陰陽庁・・・管轄の部隊に配属され通常の部隊には居ないだろう……)」 

「(あ゛あ゛っ! そうだった……巫女服、見て見たかった……)」 

 戸高は頭を抱え項垂れる、その戸高の様子に正宗は溜息を付きながらも僅かに口角を上げ、静かに歩みを進める。


「(ちょっ!? おまっ! 待……っ!!)」

 制止しようとする戸高をしり目に正宗は階段を静かに下り、謎の女性から6程の位置で停止する、その手は刀の柄に掛かっており、謎の女性が妙な動作をすれば側叩き切れる体勢を取る。


「そこのお前、何者だ? 氏名と階級、所属を言えっ!!」

 正宗は警戒体制のまま謎の女性に向かって叫ぶ、すると謎の女性はたおやかに体を回転させ正宗に向く、謎の女性が動いた瞬間、耐え切れなくなった保安員2名は、情けない悲鳴を上げ脱兎の如く逃げ出し、正宗を追って階段を降りていた戸高もその場で固まる。


 回転させた体に絹の様な黒髪が纏わり、膝下丈の白いスカートがふわりと靡く、まるで人形の様に整った顔立ちはとても美しいが無表情で無機質な雰囲気を漂わせている、年の頃は十代半ば程に見える。


 余りにも可憐なその姿に戸高は阿呆の様に惚け、正宗も刀の柄から手を放してしまう、謎の少女は無表情のまま正宗を見つめている。


「……っ!? お、お前は、何者だっ!?」

 正宗はハッと我に返ると刀の柄に手を戻し再度警戒態勢を取り叫ぶ、すると謎の少女は無機質な表情をそのままに口を開く。


『ワタシ ハ ヒヨリ アナタ ハ ダアレ?』


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