第15話:枯れ尾花・後編

 謎の少女ヒヨリは、たどたどしいが正しく鈴の音を鳴らした様な透き通った声を艦橋内に響かせる、その小さな体から発せられたとは思えない、だが大音響とも違うハッキリと耳に入って来る声は到底人間ひとから発せられたものとは思えなかった。


「や、八刀神、答えるなよ? それ答えちゃいけないやつだぞっ!?」

「……俺はこの艦の戦術長、八刀神 正宗海軍少尉だ」

「答えちゃったよっ!? 何で答えるんだよっ! 怪談じゃ絶対やっちゃいけない禁忌タブーだろうっ!!」

 正宗の後ろで頭を抱えて青くなりながら叫ぶ戸高を完全に無視し、ヒヨリの出方を待つ正宗の蟀谷こめかみからは冷や汗が滴り落ちている。


 ヒヨリの表情は全く変わらず、何かを考える様に正宗を見つめている、其の為正宗も必然的にヒヨリを凝視する事になり、不意に3人娘の一致しない幽霊の目撃証言を思い出す。


 白い着物、ドレス、袴、その謎は何の事は無い、ヒヨリが身に纏っている衣服が其の3つの特徴を取り入れた和洋折衷の衣装で在ると言うだけの話であった。 


『・・・センカン ヤマト センジツ テウ ヤトガミ マサムネ カイグン セウイ ・・・ヤトガミ ・・・ヤトガミ? ・・・アナタ モ オトウ サマ?』 

 ヒヨリは所々単語のおかしい抑揚の無い言葉を発し最後の言葉の後、無表情のままコテリと小首を傾げると其の姿が揺れ出し煙の様に忽然と消えてしまった……。


「き、消えたっ!? 消えたのか……っ!? な、何でっ!? 答えるのが正解って事か? って言うか最後のお父様って如何言う意味何だっ!?」

「……」

 狼狽える戸高をしり目に正宗はヒヨリの立っていた位置に歩み寄り片膝を付き屈み込むと、何やら床を凝視した後天井も凝視する。


「おい、八刀神!」

「……騒ぐな、手品の種は分かった、手品師の正体もな……」 

「えっ!? なっ!? おっ!? て、手品……? つまり、本物の幽霊じゃ無いのか?」

「ああ、正しく幽霊の正体見たりってやつだ……」

 そう言いながら立ち上がり振り返った正宗は真顔で有りその瞳には冷たい怒りが見て取れ戸高は思わず息を呑む。


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 戦艦大和中枢区、動力炉や艦体維持管制装置等が集中する大和の心臓部と言える最重要区画である、その一角に有る電算室に続く通路に兵靴へいかの音を響かせながら進む一団があった、大和艦長、東郷を先頭に十柄副長、技術長の青年、そして正宗と戸高に、数名の士官を伴っている。


 やがて一団は電算室の扉の前に到着する、竣工前に景光が山本長官を案内したあの扉である、扉の前には保安科の隊員2名が立哨しているが東郷が開錠を求めると速やかに応じられた、艦内最高権力者の命令であるから当然である。


 電算室の扉は聞き慣れない空気の抜ける様な音と共に左右に開き、全員が通ると同じ音と共に閉まる、電算室を始めて見る東郷以外の者は目を見開き驚く、然もあろう、其処には艦橋設備より複雑な機器が部屋の側面に隙間なく設置され、部屋の中央には5程の高さの大きな機器が存在している。


 側面機器の大半は外板の一部が外され、其処からまるではらわたが飛び出したかの様に無数の配線が床に入り乱れている、其処に繋がっているモニターと金属製のタイプライターの様な物で数名の技術員が何かの作業をしている、それは現在で言う所のキーボードで有るが、この時代の人間に其れを理解できる知識は無い。 


 景光は中央の大きな機器に備わっている制御盤の椅子に座り一心不乱にキーボードを打ち、東郷達の入室に全く気付いていない様であった。


 よく見ると中央の機器も外板の一部が取り外されており、そこからソフトボールより少し大きい水晶玉の様な物が見えている、明らかに重要な部品で在ろうその水晶玉は全体的に何かの化学式の様な模様が浮き上がっており、その模様から中心に向けて常に光の粒の様なものが集まっている、更にその下には人一人が入れそうな窪み・・が有り、その上下にはレンズの様な物が見て取れる。


 戸高や技術長の青年が物珍しそうにキョロキョロと周囲を見回している中、正宗は何故かその水晶玉から目が離せなかった、水晶玉に見つめられている様な錯覚と気配を感じたのである、それはまるでその水晶玉に命が在るかの様に感じられたのだ。


「八刀神博士、艦長よりお話が有る、作業を中断して頂けないか?」

 電算室の光景に呑まれていた十柄であったが、ハッっと我に返ると一歩歩みを進め一心不乱に作業をする景光に呼びかける、が返答は無くカチャカチャとキーボードを打つ音だけが続いている。


「……っ!? 八刀神博士っ! 艦長よりお話が有るっ! 作業を中断して頂きたいっ!!」

 景光の態度に眉を吊り上げた十柄は言葉と声量を強め再度呼びかける、その声の大きさに周囲の技術員が作業を止めて視線を向ける、景光は然もめんどくさそうに溜息を付くとキーボードを打つ手を止め、のそりと回転椅子を回し十柄達の方を向き頬杖を突きながら眼鏡に手をやり十柄を睨み付ける。


五月蠅うるさいなぁ……凡人がこの私の邪魔をするんだ、相応の理由が有るんだろうね?」

「なっ!? ぼ、凡……っ!? か、艦長命令なんだぞ! 技術仕官風情・・・・・・が幾らなんでも不遜が過ぎるのではないか八刀神博士っ!!」

 呆れた様な口調と態度の景光に憤慨した十柄は言葉を荒げる、すると奥に居た技術員の一人がツカツカと歩み寄り、景光と十柄の間に割って入ると立ち塞がる様に十柄を睨み付ける、その人物は景光と同じ白衣と四角いメガネを着用した二十代半ばの女性であった。


「お言葉を返させて頂きますが、博士は艦政本部の要請を受けて任務に就いて居られます、海軍技術特佐・・・・で在られる博士はそもそも中佐同格、そして従事中の任務・・・・・・に置いては、准将と同格の権限が与えられております、詰まり貴方の態度と発言の方が余程不遜であり不敬で有るのですよ? 十柄少佐・・?」

 白衣の女性は少佐・・の部分を強調しまるでハエでも見るかの様な侮蔑の眼差しを向けている、十柄は反論しようとしたのか口をぱくぱくさせるものの、ぐうの音も出ないと言った状態になっている。


 十柄は海軍兵学校首席のエリート軍人であり、階級に付いては当然熟知している、然しそれ故に技術仕官・・・・を軽視していたので有った、其れは十柄だけが技術仕官蔑視をしていると言う訳では無く、日輪陸海軍では戦わない士官・・・・・・は暗にその立場を軽視されているのである。


 しかし今回は相手が悪かった、八刀神 景光はその階級に寄らず、そもそも救国の英雄と言う稀有な称号を持っているのである、そんな景光を並みの・・・技術仕官と同列に扱った十柄は愚かと言わざる得ない。


「私の部下が失礼をした、然し艦内で発生している奇妙な事象・・・・・に付いて是非博士の意見を聞きたくてね、忙しいだろうが艦内の士気に関わる重要な問題故、少し時間を貰えないだろうか?」

 言い返す言葉も無く俯いて握る拳を震わせる十柄を見兼ねた東郷が前に出る、すると女性技術員は一度景光を見つめた後、一歩後ろに下がり道を開ける。 


「分かりました、それで? 奇妙な事象とはどの様な?」

「其れは直に目撃した彼……八刀神少尉より説明して貰おう」

 そう言うと東郷は正宗に視線を写し、それを受けた正宗が前に出る。


「八刀神? お前は……ああ、そう言えば私には弟がいたか、この艦に乗っていたとはな、名前は確か……村正・・だったかな?」

「……僭越ながら是より先は自分が御説明させて頂きます、宜しいでしょうか八刀神博士?」

 わざとか本気か、椅子に座り薄ら笑いを浮かべながら正宗おとうとの名を間違える景光に其れを訂正するでも意に介する様子も無く話を進める正宗、空調で適温に保たれている電算室コンピュータールームの温度が下がったかの様な空気を室内の全員が感じ取っていた。


 景光がすまし顔で「どうぞ」と促すと、正宗は艦橋内で起こった事を室内の全員に聞こえる声で事細かく説明した。


「……以上が艦橋内での顛末です、自分は即座に少女の立っていた場所を確認しました、すると床と天井に不自然な……透鏡レンズが埋め込まれているのを確認、念の為、他の幽霊騒ぎが有った場所も確認した所、殆どの場所から同様の透鏡レンズが埋め込まれているのを確認しました、即ち今回の幽霊騒ぎは明らかに人為的な事象であると断言出来ます」

 そう言い切り正宗は、話を聞き椅子から立ち上がり目を見開きながら口角を上げる景光を睨み付けると東郷に向き直り一礼し後ろに下がる。


「さて、八刀神博士、この艦は細部に亘るまで貴官が設計したものと聞く、今の八刀神少尉の話を聞き、本件について貴官から説明出来る事が有るのではないかね?」

 東郷は言葉では質問の体を保っているが、その表情は威圧感に満ちており明らかに「知っている事を全て話せ」と言っている……のだが当の景光は口角を上げたまま眼を見開きその場をうろうろと歩きながらぶつぶつと独り言を言っている始末であった、その様子に東郷は目を伏せ呆れた様に溜息を付きかぶりを振る。


「実に興味深い! 村正・・の話の通りなら日和・・は自己の判断で艦内各所の投影装置に出現し且つ村正・・疑問を投げかけた・・・・・・・・事になる、は日和にそんなプログラミングはしていない、そしてと並列化していない以上これ・・は日和個体の動作という事になるっ!! 詰まりそれは……」

 景光は嬉々として更に目を見開き口角を上げ白い歯をむき出しに声を張り上げる、その様子に東郷達はドン引きし同じ研究員の中の数名も明らかに引いている、だがそんな周囲の空気など気にも留めず自己解釈の独り言は延々と続いている。


「す、すみません東郷艦長、博士はこうなると暫く戻って・・・来ません、僭越ながら私が御説明致したく存じます……」

 そう言って出て来たのは気弱そうな痩せた丸眼鏡の男性技術員であった、歳は30代と思われ、少しとがった唇と三白眼が陰湿な雰囲気を醸し出している。


「ふむ、君は?」

「あ、失礼致しました、私は海軍第六技研電子科主任、山崎やまざき 耕平こうへい技術中尉です……」

 山崎は鋭い眼光の東郷に睨まれ腰低く引き攣りながら上擦った声で何とか答える、その額や蟀谷からは大量の汗が滴っており頻繁にハンカチで拭ってる。


「そうか、では君の知っている事を教えてくれたまえ」

「わ、分かりました、まず結論から申し上げますと、八刀神少尉の推察通り、艦内の幽霊騒ぎの原因は現在調整作業中である此方の人工知能・・・・日和ひよりによるもので相違有りません……」

 そう言うと山崎は部屋の中央に存在する大きな機器を掌で指し示す、そのたもとをウロウロする景光はまだぶつぶつと考え込んでいる。


「ふむ、日和とは本艦の維持管理を司る装置だと聞いているが、人工……知能とは?」

「正式名称はてらす式伊号端末・艦体維持管制装置・日和です、装置の機能を自動で運用する事の出来る思考する機械、と御考え下さい、そしてその日和と乗員との意思疎通の為に開発された機構こそ、今回の騒動の原因となった立体映像投影装置・・・・・・・・なのです、これは実際に見てもらった方が早いでしょう、芦原さんお願いします」

 山崎に促され、先ほどの女性技術員がキーボードを操作すると中央の機器の窪み・・の上下に備わっていたレンズ部分から光の粒子が照射される、すると光の粒子は見る見る人の形を形成し、やがてそれは艦橋で見た日和ひよりの姿となった。


 日和ひよりは浮遊感の有る体勢からゆっくりと地に足を付かせるとそっと瞼を開き一同を見据える、その一挙一動に東郷を始め技術員と正宗以外の者達は目を剥いていた。


「さあ日和、此方の方々にご挨拶をするんだ」

『……ミナサマ ハジメマシテ ワタシハ テラス シキ カンタイ イジ カンセイ ソウチ ヒヨリ ト モウシマス コンゴトモ ヨロシク オネガイ イタシマス』

 山崎に促された日和は少し思案した後、手を前に組み姿勢を正し自己紹介を行いお辞儀をする、言葉使いこそ抑揚の無いたどたどしい口調であるが、その動作はたおやかで在りとても作り物とは思えない。


「こ、これは……っ! 映写機とは根本的に違う……のか? それに……こ、この音声は何処から? 音響装置スピーカーは見当たらないけどっ!?」

 日和の一挙一動に驚き、ぐるぐる眼鏡を光らせ日和を凝視するのは技術科長の[平賀ひらが 源治げんじ]で有る、普段のやる気の無い気だるげな表情とは打って変わり、ぐるぐる眼鏡の奥の瞳を輝かせている。


「ご指摘の通り映写機とは全く違います、映写機はフィルムに光を当てて平面の銀幕スクリーンに残像を投影にするのに対し、八刀神博士の立体映像投影装置は上下に設置された蒼燐フォトン粒子照射透鏡レンズより処理命令符号化入力プログラム情報に従って照射される蒼燐フォトン粒子によって日和の姿を立体的に投影しているのです! そして、音声も上下に設置された指向性音響装置・・・・・・・によってあたか立体映像ホログラムが喋っているかの様に聞こえるよう調整されています!」

「す、すばらしい! 流石は世界から東洋の天才オリエンタル・ジーニアスと称される八刀神博士だ、僕何かとは発想の次元が違うっ!!」

「 「 「 「……」 」 」 」 

 得意げに熱弁する山崎に物凄く食い付く平賀、対して話に全く付いて行けず無言で棒立ちとなる東郷達。  


「(な、なぁ八刀神、俺は映写機の仕組みからして分からんのだが、お前分かるか?)」

「(映写機に関しては少しは、な、立体映像ホログラムとやらに関しては全く分からん、映写機の様な仕掛けだと思っていたからな……)」

「(あー…俺はそもそも銀幕スクリーンの映像とどう違うのかも分からん……)」

 気まずい沈黙の中声を潜めて喋る戸高と正宗であったが、よく見ると周囲の士官たちもぼそぼそと話し合っていた、恐らくは山崎の説明の1割も理解出来てはいないのだろうが……。


「なるほど、仕組みの理解は追い付かないが、この立体映像とやらの実験が今回の騒動を引き起こしたと言う事か、研究熱心なのは素晴らしい事だが艦内で実験を行うならば私に事前報告するのが筋ではないかね?」

 それまで意気揚々と熱弁していた山崎であったが、東郷の鋭い視線と指摘を受け口ごもり再び大量の発汗をし必死にハンカチで拭っている。


「日和が此処以外の投影装置に出現したのは我々としても想定外だったのですよ艦長、まさか勝手に出歩く・・・とは思わなくてね?」

 いつの間にやら戻って来ていた・・・・・・・景光は悪びれる様子も無くそう言うと寧ろ誇らしげに日和を見る。


『モウシワケ ゴザイマセン オトウサマ モ ヤマザキサマ モ ゴタボウ ノ ゴヨウス デシタノデ カイワ ノ アイテ ヲ モトメテ カッテニ イドウシテ シマイマシタ ゴメイワクヲ オカケシタ ヨウデ モウシワケ ゴザイマセン……』

 相変わらず抑揚の無いたどたどしい口調では有ったが、その動作は嫋やかで礼儀正しく謝罪の意を表していた。


「ふ、ふん! タネが分かれば如何と言う事は無い、要は立体的に見えるだけ・・の映像なのだろう! こんな気味の悪い下らん機能は軍艦には不要だ!」

 ようやく立ち直り気を取り直した十柄が日和を指さし睨みつける、その様子を見ていた景光が心底面倒くさそうに深い溜息を付くと、芦原と呼ばれた女性技術員が眉を吊り上げツカツカとモデルの様な歩き方で十柄の前に躍り出ると白衣の下から見える細い腰に右手を当て十柄を睨みつける。


「なっ!? 何だ……っ? じ、事実だろう? こんな無駄な機能が戦艦にどう必要だというんだ!?」

「この立体映像投影装置がどれほど高度な技術か、その無限の可能性を脳味噌まで筋肉で出来ている少佐殿には理解出来ないのでしょうが、この技術が進歩すれば三次元の立体的なレーダー表示技術等に転用も可能なのです、それが不要な技術と言えますか?」

 オホーツク海の氷の如き冷たい眼差しで射貫く様に十柄を睨みつける芦原、再びぐぅの音も出ず押し黙る十柄であった、それを見かねた正宗が口を開く。


「質問なのですが先ほど思考する機械、人工知能と言われましたが、其れはつまり今のヒヨリの言葉も事前に録音した音声では無くヒヨリが……機械が自分で考えて喋っていると?」

「ええ、その通りです少尉、当然立体映像の動きも実時間リアルタイムで日和が動かしております」

「そんな事が……今の科学技術で可能なのか……」

 芦原の答えに正宗は眉をひそめる、海軍士官である正宗は技術士官ほどでは無いにしろ、最新軍事技術にも精通している、故に第六技研の技術者達の語る内容が如何に現実離れした内容であるかを理解しているのである。


 然し現に目の前にその技術は在る、景光は人格破綻者であるが手品の様な誤魔化しの小細工を弄する人物ではない、だが民間よりも50年は進んでいる最新軍事技術を学んで来た経験からも目の前の技術が在り得ない事も事実であった。


 この時代、米国ですらようやく弾道計測を行えるコンピューターが開発されたばかりである、人工知能など発想すらされていない未知の異物で有った、故に正宗は脳内で自問自答を繰り返し、やがてその視線は自然とあの球体・・・・に向けられていた。


 仄かに蒼いソフトボール大の水晶玉、表面の科学模様から何かを読み取るように光の粒が中心へと集約されている不思議な球体、明らかに現代科学技術から逸脱した過剰技術オーバーテクノロジーで有る事は明白であった、正宗は本能的にそれ・・こそが自分の疑問を解決すると察した。


「ふっ……あれ・・が気になるか? 我が弟がそこの盆暗・・同穴どうけつむじなで無く安心したぞ? クククッ……ハハハハハッ!! そう! 正解だっ!! 其の蒼燐核水晶珠フォトン・コア・オーブこそ量子電算機・・・・・日和の核、即ち電脳・・そのものだ!! 其れが在ればこそ人類を遥かに凌駕する高度な人工知能を実現させ故に複雑な構造物の自動管理を可能としているのだよ!! ……成ればこそ人工知能は、日和はっ!! ……究極兵器の礎となるのさ……クククッ……アハハハハハハッ!!」

 景光の嬉々とし狂気を孕んだ笑い声が電算室コンピュータールーム内に響き渡る、歌劇の如く両手を広げ其の双眸は見開かれ怪しい光沢を輝かせる、口角は上がり切り白い歯に粘液を纏わせたまま大きく開かれている。


 その姿は控えめに言っても狂人と評するより他無く、明らかな嫌悪の視線を向ける正宗達は元より他の技術員や山崎までもが怪訝な表情を露わにしている、ただ一人だけ恍惚の表情で景光を見つめる芦原を除いて……。


「八刀神博士、君は……何を造ろうとしているのだね……君の言う究極の兵器とは一体何なのだ!?」

 東郷は眉間にしわを寄せ景光を問い詰める様に語尾を強める。


「フッ! 艦長も長官と同じ事を問いますか……全く、何時の世も天才は凡人には理解されないな……」

「なっ! 兄さ……八刀神博士、今の発言はいくら何でも……っ!」

「事実だろう? 日和の事すら理解し切れていない者にこの先の展望を話したとて理解出来る筈も無い、それに……国家の最重要軍事機密をここで話していいのですかね、東郷大佐・・?」 

「……確かに越権行為だったな、失礼した八刀神特佐・・

 暗に大佐ごとき・・・に話す事は無いと言って来た景光に対し訝しげな表情で自分の非を認める東郷、だが当然納得はしていない。


「では艦長、退室して頂いても宜しいでしょうか? 博士は大変お忙しい身ですので……」

 そう言って東郷の前に立ち塞がる芦原には言葉の丁寧さ程の敬意は全く感じられない、彼女にとって景光以外は如何でも良い様であった。


「分かった、では引き上げるとしよう、ただ芦原女史、今後はこう言った事案は早めに報告を頂きたい、お忙しい博士の御身を煩わせない為にもね?」

 東郷が僅かに口角を上げそう言うと芦原はあからさまに眉を顰める、それに慌てた山崎は芦原を隠すように前に出て「そ、その様に善処致します!」とハンカチで額を拭いながら言う、その様子を見て山崎の気苦労を察した東郷は苦笑で返し電算室を後にする。


 東郷達が退室する中、正宗はふいに日和を見る、両手を前に組みその表情は真顔で有ったが、何故か正宗には自分の行動が原因で事件となってしまった事に落ち込んでいる様に見えた、機械が作った幻影、頭ではそう理解していたが何故か其れに納得出来ず、日和が本当に落ち込んでいる様に感じられたのである。


「日和、だったか、寂しければ何時でも艦橋に来い、手が空いてる時なら話し相手くらいにはなってやる、じゃあな」

 凛々しく微笑みそう言うと正宗は踵を返し颯爽と東郷達の後を追って電算室を後にする、日和は数秒微動だにしなかったが、やがて僅かにコテりと小首をかしげる。


『……サビシイ? ワタシハ サビシイ? サビシイ ッテ ナアニ?』

 集音調整した日和のその独り言は誰の耳にも届く事は無かった……。


 ・

 ・

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 電算室から出た後、士官組は各々の所用の為解散し正宗と戸高だけが昇降機エレベーターに乗り艦橋に向かっていた。


「なんつーか、未だに理解が追い付いてないや……何かあそこだけ異空間つーか、空想小説の世界つーか、現実味が無いってーの?」

「言いたい事は分かるが、あれ等・・・は全て兄の空想を現実にした物だ、認めたくは無いが、兄にはその能力ちからが有る、世界すらも変えかねない能力ちからがな……」

「あー……何かすげー人だったな、色んな意味で……けど頭良い筈なのに弟の名前間違えるとか……っと、すまん……」

「気にするな、俺も気にしていない、昔から研究以外に興味を持たない人間だったからな、予測の範疇さ」

「いや少しは気にしろよ……」

「5歳の頃に離れてからは殆ど会ってないからな、俺も俺の家族は草薙家の人達だと思ってるし今更気にもならんさ」

「そう言うもんかねぇ……まぁお前が辛くないならそれで良いけどよ……」

「ああ、それよりも艦橋の皆に今回の顛末を説明をしなきゃならん事の方が気掛かりだ、言い方を間違えると此方の正気を疑われかねん……」

「まぁ、俺なんか自分の目で見てもまだ信じられないからな……お、着いた着いた、んじゃお仕事しますかね!」

「 「 「うわぁああああっ!?」 」 」

「 「きゃあああああっ!!!」 」

 二人が昇降機エレベーターから降りた瞬間、艦橋方面から複数の悲鳴が聞こえて来る。


「何だろ……何かすっげー既視感デジャヴが……」

「ま、まさかっ!!」

 正宗と戸高が艦橋前に走り寄ると前回とは違う乗員達、藤崎と如月、他数名が十柄達同様艦橋から飛び出て壁にへたり込んでいた、その様子を横目に正宗と戸高は艦橋内部に飛び込む、すると其処には……。


『オマチ シテオリマシタ イツデモ キテイイ ト イワレマシタ ノデ サッソク キテシマイ マシタ オトウ サマ?』

 予想通りに日和が戦術長席横に立って?いた、日和は無表情のままコテリと小首を傾げ語り掛けて来る、正宗は呆気にとられ口を半開きにし飛び込んだ時の姿勢のまま固まっている、戸高は引き攣った半目の表情で呟いた。


「あ、あははは……説明の……手間が省けたな……だがまぁアレだ、説明聞いても大抵の奴は『幽霊の正体見ても理解不能』だろうが、な? あはははは……」

 艦橋内に戸高の乾いた笑いが響き、正宗は右手で額を抑え日和は小首を傾げ藤崎達は訳が分からず固まっている、その後正宗は日和の自己紹介を兼ねて一連の幽霊騒ぎの顛末を説明する事になるのであった……。

   

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