第2話:帝都皇京・緊急大本営連絡会議

 1942年6月13日早朝、山本は帰投した艦隊を浜須賀基地に残し、自身は昨晩書き上げた報告書を携え車で帝都皇京へと向かっていた、本日急遽行われる事となった緊急大本営連絡会議に出席する為である。


 山本を乗せた車はやがて建物も疎らな閑散とした場所に入る、所々復旧はされているが倒壊した建物がそのままの状態で放置されている場所も多い、その建物の残骸から元々は栄えた町で在った事が伺える。


 これらは本戦争で攻撃を受けた訳でも自然災害でも無く、19年前の人災による大災害・・・で出来た物であった。


 そしてその数キロ先にはここからでも見える巨大で高い塔が聳え立っている、それは高さ333mメートルを誇る『皇京都庁タワー』である。


 因みに電波塔では無く政府機関を集約した巨大ビルディングで有り333mメートルの主塔の周囲には200mメートル級の副塔が4つ並んでいる、これは鋼鉄を遥かに凌駕する剛柔性を持つエルディウム合金の開発による産物の一つである。


 車が進むと皇京都庁タワー周辺の様子も見えてくる、閑散とした周囲の街と違い十数階建てと思われるビル群がその周囲を囲んでいる様だ、それはこの時代に在って摩天楼と呼んで差支えない光景であろう。


 更に車が進むとその摩天楼の周囲は海に囲まれている事が分かる、空を飛ぶ航空機パイロットであれば良く分かるであろうが、実はこの摩天楼は直径10kmの円形浮揚島の上に建設されているのである。


 今から19年前の1923年9月1日、陸軍主導の元行われた蒼燐核水晶精製の失敗によって帝都皇京は直径20kmのクレーターと化し海水が流入し海没した。


 事前に周囲40km四方の住人は避難させていた為、人的被害は軽微であったが帝都消滅は人心的にも経済的にも日輪帝国に甚大な被害をもたらし、事前に通告を出し神皇の承諾を得ていたにも関わらず陸軍に非難が集中した。


 その理由は事故の僅か半月後に夢見大島(皇京湾から南に100㎞の位置ある直径35㎞の円形島)でも蒼燐核水晶の精製が可能である事が分かった為で有った。


 それによって他国の科学者の言葉を鵜呑みにし、ろくに調査もせずに帝都の中心で精製に踏み切った事が非難の対象となったのである。


 然し陸軍にも言い分は有った、よりにもよって首都で蒼燐核水晶の精製に踏み切ったのは蒼燐フォトン粒子の発見者にして蒼燐核動力炉フォトン・コア・リアクターの開発者であるエルデティーナが指し示した『理力の泉』の場所が日輪帝国の支配地域では帝都皇京しか無かったからであった。


 陸軍上層部からしてみれば蒼燐核動力炉フォトン・コア・リアクターの保有は先進国への最低条件であり全てに優先する急務であった。


 故に何処に在るかも分からない安全な『理力の泉』を探すより有ると分かっている場所でリスクを冒してでも早急に動力炉の保有を確実にしたいと願ったのは軍だけでは無く、多くの国民の切なる願いでも有ったのだ。


 現状軍の兵器は軒並み蒼燐フォトン粒子を動力源としており、神銀鋼かぐしらがね(エルディウム合金の和名)の量産や兵器の修理にも蒼燐フォトン粒子は必須である、そして兵器だけで無く蒼燐粒子は民間の工業施設の動力としても必須で有るからだ。


 其れ等を稼働させる為の蒼燐粒子蓄力器フォトンバッテリー蒼燐粒子蓄力炉フォトンエンジン充填チャージは当時、英国ブリタニアス米国コメリアに頼っていたので、如何しても日輪帝国は蒼燐核動力炉フォトン・コア・リアクター保有国に頭が上がらず、外交面で不利な条件を飲まされ続けていたのである。


 故に蒼燐核動力炉フォトン・コア・リアクターを保有する事は日輪にとって国家百年の夢であった、然しその夢は帝都皇京と共に文字通り消し飛び、先進国の仲間入りどころか後進国に逆戻りとなる可能性さえ有った。


 政府は夢見大島での精製を検討するが、研究チームの人材を全て失った陸軍には無理な相談であった。


 そこで民間の最大手財閥である四菱重工に依頼を打診したが、調査と研究チームの編成に手間取り作業は遅々として進まず政府は頭を抱えた。


 そこに現れたのが新型神銀鋼エルディウム装甲で財を成した八刀神造船の社長、『八刀神やとがみ 長光ながみつ』であった。


 彼は皇京湖(皇京跡の蔑称、正式名称が無かった為、揶揄的に付けられた)に浮揚島メガフロートを建造しその内部で蒼燐核動力炉フォトン・コア・リアクターを建造するとのたまったのである。


 政府は既に海と化した皇京跡で仮に失敗しても痛手は無いと考えこれを承諾、八刀神造船に一任した。


 これを受け八刀神造船は直ちに浮揚島メガフロートを建造し、事件から僅か一年半後、見事蒼燐核動力炉フォトン・コア・リアクターの核である蒼燐核水晶フォトン・コア・クリスタルの精製に成功する。


 それも世界最大級の質を誇るS級ランクの蒼燐核水晶フォトン・コア・クリスタルであった、更に政府関係者を驚かせたのは、その陣頭指揮を執っていたのが当時9歳の少年だった事であった。


 その少年は八刀神 長光の長男『八刀神やとがみ 景光かげみつ』であった、実は八刀神造船の躍進の元となった新型神銀鋼エルディウム装甲の開発も彼が陣頭指揮を執ったものであり、その才能に全世界が驚愕し東洋の天才オリエンタル・ジーニアスと称賛された。


 そして蒼燐核水晶フォトン・コア・クリスタルの精製から8ヵ月後の1925年10月28日ついに日輪帝国は世界最大出力を誇る蒼燐核動力炉フォトン・コア・リアクター天照あまてらす』を完成させた。


 是により日輪帝国政府は八刀神造船の建造した浮揚島メガフロートを中核とした帝都復興計画を立ち上げ、天照の力を使い半ば力技で浮揚島メガフロートを拡大し1930年1月1日には首都機能が再び移転された。


 その時この浮揚都市の名称は『新皇京』とされたのであるが、一般的には皇京と呼称され、あまり使用されていない。


 その新皇京は現在も拡大工事中で有り、将来的には海上部分を全て覆い元の面積を取り戻す計画が立案されているが現在は周囲の復興も新皇京の拡大も停止している、しかしそれは戦争が始まったからでは無く、この無理な復興計画こそが戦争を引き起こしたと言える。


 実は蒼燐核動力炉フォトン・コア・リアクターさえあれば理論上神銀鋼エルディウム合金は無限に創り出せる、しかし元となる既存の金属を錬成して精製する方法とではその精製速度は数百倍も違い、実質巨大都市家復興計画に充てるには不可能な方法であった。


 そこで陸軍が目を付けたのが広大な土地に膨大な金属資源を有する隣の大陸、煌華民国の領土である煌華大陸であった。


 後に傀儡国家『天洲てんしゅう国』建国や日煌戦争(紛争)に発展する日輪軍のその行動は英国ブリタニアスを初めとする西欧列強の利権に関わるもので有った為、各国との関係が急速に悪化、鉱物資源を初めとする物資の輸出停止等の経済制裁を受けると、日輪側も日迎伊三国同盟(日輪帝国、ゲルマニア共和国*後のグロースゲイル第三帝国、イルタリア王国間の相互補助軍事同盟)締結を以て態度を硬化させ更なる関係悪化を招き、遂には本世界大戦への参戦と言う大博打を打つ事になったのである。


 そしてその大博打は大失敗に終わろうとしていた、そもそも山本は米国との開戦は断固として反対していた、如何に世界最大の蒼燐核動力炉フォトン・コア・リアクターが在ろうとも、人口と国土面積による工業力の差は如何ともし難く、勝つ事はまず不可能、良くて早期決戦による引き分け(講和)が関の山と考えていた。


 ミッドラン攻略はその為の布石で有り、皇国の興廃を賭けた一戦で有ったが、結果は痛恨の大敗であり、正に危急存亡の秋であった……。


 沈痛な面持ちの山本を乗せた車は全長10kmに及ぶ鉄橋を渡ると新皇京に入る、神銀鋼エルディウム合金で構築されている浮揚島メガフロート上に大量の土砂が盛られ、まるで普通の陸地の様に整えられており、知らなければ此処が海の上に浮いているとは思いもしないであろう。


 今、山本を乗せた車が走っているのは外周区の街であり、その町並みは60年代の日本に近いと言える。


 しかしその中枢である丸之内霞ヶ関地区へ入ると其の様相は一変する、そびえ立つ高層建築物の外壁全てが神銀鋼エルディウム建材と言う金属と石材のどちらともつかない新素材で作られており、そのデザインは現代日本人が見ても近未来的と言える。


 ただ、道行く人の服装や車等の外観は昭和初期の日本と同じで有り、建物内に置かれている家具や什器等もこの時代相当の物である為、建物とのミスマッチは凄まじい事になっている。


 もっともこの世界のこの時代に置いて、そう感じる者は居ないであろうが……。


 やがて車は霞ヶ関の中央にそびえ立つ皇京都庁タワーに到着する、この超高層ビルの地下20階相当の位置に世界最大の蒼燐核動力炉フォトン・コア・リアクター天照アマテラスが存在し、日輪帝国のあらゆる行政機関が集中する場所で有ると共に大本営を初めとする陸海軍司令部もここに存在している。


「お待ちしておりました長官、会議室までご案内致します!」


 山本の姿を見つけた礼服姿の若い海軍士官は山本に駆け寄ると海軍式の敬礼をする。


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 若い海軍士官に会議室まで案内された山本が会議室内に入るとロの字型に配置された机の席に数名の軍高官と官僚らしき人物が席に座っていて、入り口から見て左側の陸軍の軍服を着た高官達は冷ややかな視線を山本に送る。


 机の上のプレートには内閣総理大臣、大蔵大臣、外務大臣、陸海軍各大臣、陸軍参謀総長、そして海軍軍令部総長と連合艦隊司令長官の役職と名前が書かれていて内閣総理大臣はまだ到着していない様であった。


 山本は連合艦隊司令長官と自身の氏名の書かれたプレートの有る席に歩み寄り、その隣に座っている男性に会釈をした後着席する、そのプレートには軍令部総長・永野ながの おさむと書かれている。


「山本君、まずは大儀だったね、陸軍の連中は色々言って来るだろうが耐えてくれたまえ」


 永野は机の上で手を組み、前を向いたまま山本に問いかける、山本も永野に視線を向ける事無く「心得ております……」とだけ伝える。


 その時秘書官を連れた男性が入って来る、スキンヘッドに丸メガネ、口にはちょび髭をはやした鋭い眼光の男性は威風堂々と内閣総理大臣のプレートの有る席へと座る、彼こそが元陸軍大将にして大日輪帝国の現総理大臣『東条とうじょう 正機まさき 』である。


「さて……それでは事の顛末から聞こうか?」


 東条は机の上で手を組むと、その鋭い眼光を永野と山本に向ける、永野に目で促されると山本は資料を片手に立ち上がり、MI作戦時の詳細報告を行う、その後は大方の予想通り、山本が陸軍からの叱責を受け、永野がのらりくらりとそれを躱す、狐の狸の化かし合いが続いた。


 結論としてはミッドラン攻略を主軸とした作戦は全て破棄され、失った艦隊航空戦力は当面各基地航空隊の増強によって補う事となった。

 その一環として南方はソロン諸島、ガーナカタル島に飛行場施設を建設し『ラウバル基地』との連携強化にて豪州国オストラニアと米国を分断する事が決定され、飛行場建設の任にはトーラク諸島を拠点とする第四艦隊の『井上いのうえ 成将なりまさ』提督が抜擢された。


 山本は米国のソロン諸島侵攻を危惧し陸軍駐留部隊の増強を具申したが、陸軍は煌華戦に注力する事を理由にこれを拒絶、永野からも米軍は南方を重要視していない為、現行戦力で問題無しと説得され黙らざる得なかった……。


 会議を終えた山本は暫く永野と雑談をした後廊下の椅子に腰を落とし煙草に火をつける。


「おお、こんな所に居られましたか、探しましたぞ、長官殿」


 突如自分を呼ぶ声に振り向くと其処には山本より一回り大きくがたいの良い軍人が立っていた。


「君か……わざわざ僕を笑い来たのかね?」

「まさか、出撃前の約束をお忘れですかな?」

「……例の一号艦の件かね?」


 山本が訝しげに見据えるのは九嶺くれ鎮守府司令『豊田とよだ 義武よしたけ』海軍中将である、山本の言葉を受けて豊田は歪んだ笑みを浮かべながら頷く。


「既に進捗は8割に到達しており、このまま順調に行けば8月6日には竣工できます、その前に是非、長官にご覧頂きたく……それに、あの・・八刀神博士もお待ちですぞ?」


「ふぅ……こう見えて忙しい身なのだがね、まぁ、九嶺くれの視察を兼ねて行くよ、僕が科学者である八刀神博士に会っても意味は無いと思うけどね……」


「いやいや、我が国の救世主たる八刀神博士と救国の志士である閣下が今会わず何時会うのです? では、明朝お迎えに上がります、特別製の一式陸攻で我が九嶺くれまで一飛びと行きましょう! がははははっ!」


そう言って立ち去る豊田の後姿を胡乱げに見据える山本は煙草を灰皿擦り付けると軽く溜息をつくのであった……。

 




   ~~登場兵器解説~~


◆一式陸上攻撃機:双発蒼燐推進 最大速度:650㌔ 搭乗員:4名   

 武装:12㎜機銃X1/500㌔蒼燐爆弾X1⇔250㌔蒼燐爆弾X2⇔50㎝蒼燐航空魚雷X1

動力:火星一型蒼燐発動機 航続距離:4100㎞

 概要:日輪海軍が開発した陸上攻撃機、開戦初期のマルー沖海戦において英戦艦ハウを撃沈、プリンス・オブ・ウェールズを大破後退させ、航空火力で戦艦を沈められる事を実証した。

 

 

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