第3話:大和の鼓動

 1942年6月14日昼、山本は豊田に連れられ平島ひらじま県、九嶺くれ市に来ていた、瀬戸内海と四州山脈ししゅうさんみゃくに守られた天然の要塞であり、帝国海軍の最重要施設である九嶺くれ海軍工廠を擁する東洋一の軍港として名高い。


 近年、ドック施設の規模でこそ紀伊きい尾張おわりを建造した天洲国の旅仁港に劣っているものの、地の利と工廠としての質は未だ最高峰である。


 その理由の一つが東洋の天才オリエンタルジーニアスと称される八刀神 景光が自ら九嶺海軍工廠の新型設備を手掛けたからである。


 山本の眼前には6年ほど前に造られた超大型ドックが在った。


 直径600メートルを超えるドーム型のその施設は山をまくり抜き完全密閉型のドックとして建造された九嶺海軍工廠の中枢であり、内部にも景光が手掛けた様々な新技術が導入されている。


 その内の一つが今山本の目の前を歩いている全高6メートルの有人ロボット、その名も『鉄人てつじん』である。


 その用途は大型の溶接機を使用する為の物であり、アームクレーン型の溶接機が構造上届かない場所を溶接する為の物である、因みに動きが遅く強度的にも脆い為、兵器への転用は難しいとされている。


 現代日本人が見ても驚くであろうその光景に山本が苦手な豊田の前で目を剥いてしまったのは仕方ないと言える、ハッと我に返るが時すでに遅し、豊田の勝ち誇った笑みを見て山本は顔を逸らし苦虫を噛み潰した様な表情を悟られまいとする……。


「はっはっは! この程度で驚かれては困りますぞ? 本命はまだ、この中に在るのですからな?」


 そういって両手を広げて得意満面になる豊田、訝しげに視線を逸らす山本、苦笑する部下達、山本は仕方なく豊田に案内されるままにドックの中へと入って行く。


 しかしそこで山本が目にしたのは体裁を気にしていられない程の光景であった、其処にはミッドラン攻略で自身が乗艦した戦艦紀伊を超える巨大戦艦が鎮座していたからである。


 更にその艦の形状は山本が今まで見て来た艦とは一線を画していた。


 流れる様な流線型の艦体、彫が深く鋭利に突き出した艦首上部と下部球状艦首バルバスバウ、そして何より艦体の真下、即ち船底に4基の砲塔の様な物体が備え付けられていたのである。


 その物体は直列配置、背負い式で設置されており前後2基づつ、中央は少し盛り上がり間があり、水流を極力妨げない様に流線型の形状を維持している。


 逆さから見れば、そう言う形状の戦闘艦と見れる形をしているのである。


「な、何だこれは……豊田君、これは一体何なんだね!?」


 普段は温厚で冷静な山本だが今は見る影も無く狼狽え豊田に食って掛かる。

 

「御覧の通り、戦艦ですよ……大和型一番艦、超戦艦大和やまとです!」


 突如背後から発せられた声に山本が振り返ると、白衣を着た20代後半のスリムな男性が歩み寄って来ていた、切れ長の目をこの時代にしては珍しいスクエア型の眼鏡に隠し山本の3メートルほど手前で立ち止まると眼鏡に手を掛け不敵に微笑む。


「全長398メートル、全幅54メートル、基本排水量16万トン、世界最大の64㎝三連装砲を4基搭載し、その最大速力は実に70ノット、そして980mm零式相転移装甲を艦全体に施した鉄壁の完全防御、これが超戦艦以外の何に見えると言うのです?」

「いや待ちまたえ、今の説明だけでもおかしい所が多々有るだろう! 何だね速度70ノットに980mmそう……何某なにがし装甲とは、最新鋭の陽炎かげろう型駆逐艦でさえ60ノットだよ? そんな重装甲でそんな高速が……我が国の蓄力炉エンジンで出せる筈が無い……」


 白衣の青年の言葉に間髪入れず反論した山本だが、言葉の後半は力を無くしていった。


「確かに、超一流の蒼燐核動力炉リアクター技術を持ちながら蓄力炉エンジンとなると三流に落ちるのが我が国の現状でしょう、しかし、兵器の速力は蓄力炉エンジンでは無く推進機スラスターで決まるのですよ、故にこの艦に搭載された推進機スラスターはコスト度外視の特別性なのです、まぁ燃費もコスト度外視ですがね」


「……思い出したよ八刀神博士・・・・・、君が関わった兵器は燃費を計算に・・・・・・入れていない・・・・・・と言う事をね……」


あれ等・・・は私の設計を無視して軍部が動力部を勝手に変更したからですよ……」


 そう言って悪びれる事も無く米国人の様に肩を竦める八刀神、山本はそんな彼を訝しげに見据える。


「戦闘機や戦車に蒼燐核動力炉そうりんかくどうりょくろを積み込む設計なんぞ採用出来る筈無いだろう! 少しは費用対効果というものを……っ!!!」


 そこまで言葉を発し、山本はハッと目を見開くと首を振り眼前の巨大戦艦を凝視する。


「ま、まさか……」

「ええ、そのまさか、ですよ? この艦の動力には蒼燐核動力炉そうりんかくどうりょくろを使用しています、つまり、航続距離は理論上無限、どんなに燃費の悪い推進機スラスターを積んでも全く問題が有りません、動力である蒼燐粒子そうりんりゅうしは無限に供給されるのですからね?」


 八刀神がカチャリを眼鏡に手をやると四角いメガネは不気味に光る、山本は余りの衝撃に唖然とし口をパクパクさせている。


「何をそんなに驚かれているのです? 蒼燐核動力炉そうりんかくどうりょくろ搭載艦なら既に実戦配備されているでしょう?」

「なっ!?」

「機動巡洋艦出雲いずも、ああ、分類上は重巡洋艦でしたね、あと、駆逐艦島風しまかぜもそうです、出雲に至っては巡洋艦ゆえに多少細身とは言え、大和と同じ様な形状をしていると言うのにお気付きになられませんでしたか? やはり直にご覧になった事が無い様ですね、豊田司令に無理を言ってこの場を設けて頂いて正解でした」


時に両手を広げ、時に手のひらで大和を指し、歌劇の様に芝居がかった動作で西洋貴族の如く礼を取る八刀神、山本はそんな八刀神を苦虫を噛み潰した様な表情で睨む。


 しかしそれは八刀神の芝居がかった動作に苛立ったと言うだけでは無く、出雲や島風の事を正確に把握し切れていなかった自分に対しても苛立っていたからであった。


 山本は出雲や島風を試作実験艦と認識していた、同型艦が存在せず、兵装の運用データを取る為に造られたふね、それには軽巡洋艦夕張ゆうばりと言う前例が有ったからだ。


 そういう意味において山本の認識はある意味正しかった、しかしその内状を全く勘違いしていた自分を真面目な山本は許せなかったのである。


 山本は上を見上げ、ようやく大和の上部建造物と兵装を真面に認識した、今までは艦体、特に艦底を注視していた為気付けなかったが、成程確かに見た事のある形であった。


 特に一番主砲、二番主砲と来て、本来なら三番主砲の備えられているべき場所に何故か存在する巨大な回転式砲塔ガトリングカノン、確かに出雲にもこれより小型だが同じ様な配置で装備されていたと思い出す。 


「出雲に島風、そしてこの一号艦大和やまと、恐らくは二号艦・・・三号艦・・・もなのだろう? それほどの蒼燐核動力炉そうりんかくどうりょくろを一体何処で……いやそうか! 夢島泊地・・・・に停泊している八刀神財閥の工作艦伊邪那美いざなみだな?」


「ふっ、工作ですよ閣下、あれ・・は軍籍には在りませんからね、あと、もっと言うなら、この艦以降・・・・・大型艦全て・・・・・ですね、但し二号艦と三号艦は大和の7割程度に炉の質を落とし、それ以降は私が開発した新型蓄力炉エンジンとの混合機関として設計した蒼燐核動力炉リアクターを搭載していますので、コスト面はそこそこ・・・・改善されていますよ?」


「ちょっと待ちたまえ、新型蓄力炉エンジンだと? そんな物が有るなら蒼燐核動力炉そうりんかくどうりょくろなんぞ積まなくても良いのではないかね?」


それで・・・勝てますかね? 現行の兵器でも確かに我が軍は性能的優位は保っています、しかし閣下の推進する航空火力はいわば消耗戦、よしんば航空機は生産し補充出来ても搭乗員はそう簡単には補充出来ないでしょう? ならば最後に物を言うのは圧倒的性能差を持つ戦艦での決戦に他ならないのですよ!」


「それはっ……! そうだが……しかし時代はもう動き出している、航空火力で戦艦が簡単に沈められる時代なのだ、今更戦艦の性能を幾ばくか上げた所で……っ!」


「だとしても、今後・・物量で劣るであろう我が国が連合軍に対抗するには個々の性能を上げるしか無いのでは? それに……これ・・以前、そして以降の艦は兎も角、少なくともこの艦と二号三号艦には現行の・・・魚雷は効きませんよ?」


「な!? 魚雷が……効かないだと? そんな馬鹿な事が……!」


 八刀神の言葉に山本がさらに目を剥く、当然であろう、魚雷の効かない戦艦など、本当であれば戦術どころか戦略が引っ繰り返る事になるのだ。


「お伝えした筈ですよ、この艦は980mm零式相転移装甲・・・・・を艦全体に施した鉄壁の完全防御であると、水線上両舷は勿論、甲板、水線下、そして艦底・・に至るまで全てを、です、そしてお気付きになりませんか? 塗装前ですから外殻の構造がよく分かるでしょう?」


「………………っ!? 継ぎ目が……殆ど無い……!? そんな馬鹿なっ!!」


「ふっ! この艦は大きく分けて外殻を22枚のパーツで構築しているのですよ、甲板5枚、水線上両舷6枚、水線下両舷6枚、艦底5枚、とね、無論細部パーツを除いて、ですがね」


「馬鹿な……いくら製鉄技術において世界最高峰の我が国であってもそんな巨大な装甲を造れる筈が無いっ!!」


「ご存知とは思いますが、エルディウム合金は精製時の形状を維持しようとする働きがあります、形状の記憶、欠損部分の再生等です、無論、その為には高濃度の・・・・蒼燐粒子の存在が必須条件ですが……」


「それは知っている、だがそれと、この話と何の関係が有ると言うのだね?」


「……例えばこのエルディウム製のスパナ、仮に折り曲げたとしても高濃度の・・・・蒼燐粒子を与えてやれば元の形状に戻り、切断しても切断面を繋ぎあわせて高濃度の・・・・蒼燐粒子を与えてやれば、これも元に戻ります、因みに余談ですが、切断した部分を分けて其々それぞれ高濃度の・・・・蒼燐粒子を与えてやるとスパナは2本になります、相応の時間は掛かりますがね」


 山本の目の前でスパナを揺らして見せる八刀神、口角を上げて語るその八刀神を見て山本は少し眉をひそめ「それで?」と続きを促す。


「まぁ、重要なのは2本に増える事よりも、切断面を密着・・・・・・させれば・・・・元通りになる、と言う事の方です、もし、これと同じ事が、全く別の部品・・・・・・でも出来るとしたら、どうです?」


 八刀神は妖しくメガネを光らせ山本に詰め寄る、山本は思わず仰け反り表情を引き攣らせる……。


「全く分からん、もったいぶらず言って貰えんかね……?」


「ふっ! 理論上、『どれ程巨大な建造物であっても一枚物ワンピースに出来る』と言う事です、まぁ、実際は大きさ、と言うよりは質量と形状によって限界は有るのですがね、この艦の外殻が一枚物ではなく22枚に分けてあるのも、それが限界だからです、因みにこの艦の外殻も元々は200以上のパーツを纏めた・・・物なのですよ! それと、内骨格は艦首から艦尾までを複数の一本物の骨組みキールで支える様に拘りましてね!! 飛行船や木造建築等も参考にして理論上完璧な構造で構築致しました、従って艦が折れる等と言う無様な事は起こり得ないでしょう!! ええ、絶対にっ!!!」


 大和を背に両手を広げ高々と叫ぶ八刀神に周囲の視線が集中し、当然一緒にいる山本達にも視線が注がれる。


「……君のこの艦に対する拘りは分かった、だが分からないのは、張り合わせるだけで各部品が引っ付くなら、なぜ今までの艦で同じ事が起こらなかったのだね?」


 山本が周囲の視線を気にしつつも疑問を呈する、すると八刀神はもの凄い勢いて山本に詰め寄り、それこそ鼻と鼻がぶつかりそうになる距離まで近づいてくる。


 山本は思わず「ひぃ!」と叫びそうになるのを必死に抑え先程よりもえぐい角度で仰け反る事で対処する……。


「良く聞いて下さいましたっ!! その答えを今からお見せ致しましょう!! さぁ!! 大和の艦内へ! さぁっ!!」


 八刀神は目を見開き興奮気味に大和に架けられたスロープを指し示す。


 正直山本はドン引きしており叶うならこのまま帰りたいとさえ思っていたが、それが叶う空気では無い事を悟り軽く溜息を吐き、両手を広げ芝居がかった動作のまま大和艦内に向かう八刀神に付いて行く。


 大和艦内では配線工事や内装工事が行われており、山本達は時折配線をまたぎ、繋ぎかけのケーブルを避けて屈み、作業員とぶつかりそうになりながらも、ようやく目的の場所に付いた様で、八刀神はくるりと山本達に向き直り得意満面に壁の操作パネルを操作すると重厚な扉が空気の抜ける様な音と共に軽快に開く。


「こ、この部屋は……一体……!?」


 山本は周囲を見回し呆然とする、然もあろう、この時代の人間が見ても理解できる筈が無い物がこの部屋には詰め込まれていたのである。


「この部屋は蒼燐核動力炉そうりんかくどうりょくろの直上に有りましてね、直に動力炉リアクターと繋がって……ああ、失礼、この部屋はコンピュータールーム……と言っても分かりませんか、まぁ、『電算室』とでも覚えておいて下さい、そして目の前に在るのがこの艦の電算機『艦体維持管制装置・日和ひより』です!!」 


「で、電算機……? 艦体維持……管制……装置……?? ……ひより!?」


「専門的な事を説明しても理解は出来ないでしょう、なのでこうお考えください、大和の機械的な脳・・・・・『電脳』であると!!」


「…………豊田君、君はこれ・・を理解出来ているのかね?」

「いえ、全く、ですが素晴らしい技術である事は分かりますぞ? がははははっ!!」

「…………」


「さて、先程の疑問への回答ですが、実に簡単な話なのですよ、この日和電脳には事前に『直すべき艦の形』を入力してあります、つまり繋ぎ合わせた部品同士の溶接部を『損傷』と認識させ、入力された『直すべき艦の形』に日和が修復・・した結果が22枚の外殻、と言う事です、ご理解頂けましたか?」


「分かる訳が無かろうっ!! 八刀神博士、君の話を信じるなら、この大和ふねは自己の判断に置いて自らの身体からだである艦体を管理していると言う事になる……っ! 兵器が、勝手に、だ……っ! ……八刀神博士、君は一体何を造った!? 何がしたい? 何故私を此処に呼んだ? 私に何をさせたいのだ?」


「何を造った? 決まっているでしょう? 兵器ですよ、この戦争に勝つ為の、ね? 艦体維持管理のルーティン……手順は私が事前に入力したと申し上げた筈、『日和』が勝手に判断している訳ではありません、現バージョンでは・・・・・・・、ね……。 そして、私のしたい事? 此処に閣下をお呼びした理由? 閣下に何をして頂きたいか? それも決まり切っているでしょう!! このふねを使って、戦争に勝利して頂きたいのですよ!! 兵器を造る目的がそれ以外に有るとでも?」


「っ!?」


「……先に私が造った出雲は正当に評価して頂けず、トーラクで輸送船の護衛や上級士官のホテル替わりに使われているとか? まぁ、それは別にいいのです、あれ・・この艦やまとを造る為の試作品ですから、それは、ね? ですが、この艦やまともその様に使われては困るのですよ、最強の戦艦をホテル替わりとか、冗談では無いっ!! 軍艦は戦う為に有るのですからっ!! ……それを閣下に御理解頂きたく、この場を設けさせて頂いたのです」


「軍艦は戦う為に有る……? それは違う! 軍艦とは、兵器とは本来、戦わない為の抑止力で有り、そう在るべきなのだ!」


「ふっ! 成程確かに、そう在れば理想では有りましょう、然し、現に戦争は起きているのです、敵を殺せ、敵を滅ぼせと! 敵も味方もそう叫び、そう望み、そうしている! ならば守らねばならないでしょう? 郷土を! 領土を! 利益を! 国民を! 家族を! そして前線で命を賭して戦う兵士達を!! ……その為の大和ですよ、閣下、聞こえませんか? この、大和の鼓動が……まるで、早く敵を撃ち滅ぼしたいと、そう言ってるように聞こえませんか? 私にはね、そう聞こえるのですよ……」


 そう言って微笑む八刀神の眼は全く笑っていない、その眼の奥には妖しい光沢が、狂気が宿っている事を山本は見逃さなかった、数多見て来た軍人の狂気とは全く異なる異質の狂気、それは、八刀神ののたま蒼燐核動力炉の振動やまとの鼓動も相まって生粋の軍人である山本の背筋に薄ら寒いものを感じさせていた……。


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