30.「孫子」第十二章・火攻篇

 火攻めには五つの種類があります。

 「兵士を焼く」「食糧庫を焼く」「輸送中の軍資を焼く」「金庫を焼く」そして「通行箇所に火をかける」です。

 もちろん火をかけると言っても簡単ではありません。大規模なものならなおさらでしょう。

 基本的に、火をかけるに適切な日というものがあり、まず空気が乾燥していることが第一、そして月が箕宿※(きしゅく、いて座付近)、壁宿※(へきしゅく、ペガスス座付近)、翼宿※(よくしゅく、コップ座付近)、軫宿※(しんしゅく、からす座付近)にかかる初夏と秋口に行うと、風が吹いて火が煽られやすくなります。


※2500年前の中国の天体図基準です。

※箕宿(現在のいて座付近、南中時期9月上旬)

※壁宿(ペガスス座付近・同10月下旬)

※翼宿(コップ座付近、同5月上旬

※軫宿(からす座付近、同5月下旬)


◇◇◇


 これらの風にうまく乗って火をかけたら、シチュエーションに応じて兵の出し方を考えます。


 兵士に火をかけたら、彼らはパニックに陥って右往左往します。

 それに乗じて、外から一気に自軍を送り込めば、彼らは行くも戻るも逃げるもできずに、やすやすと討ち取られます。パニックに乗じて、というのが原則ですから、彼らが慌ててない場合は、しばらく様子を見ましょう。

 火勢がもしも敵軍の方へ、方へと流れていくようでしたら、それに応じて兵を出すのも良いでしょう。ただし、進軍原則を破ってまで攻撃する必要はありません。あくまでも「火勢に加えて自軍が有利な場所、シチュエーション、態勢にある」というのが大事です。


 基本的に放火は呼応勢力や先遣隊によって中からかけるのが有効ですが、可能であるなら外から火をかけても構いません。(風が大きく敵軍方向へなびくなど)こちらから火をかけて向こうへ流れていくと判断できた時など、外から火をかけることが有効な場合もあるのです。


 火攻めの時に風下である時は攻撃をせずに、風が変わるのを待ちましょう。風上から風下へ火が流れていく時に仕掛けるのが肝要です。

 風を使う時は、視界が開けて変化に呼応できる明るいうちが良いタイミングです。夜の風は利用してはいけません。周りが判断できないうちに風向きが変わって、こちらへ火勢が及ぶ可能性があります。


◇◇◇


 自然を利用した攻撃というものは、その性質をよく理解した上で使うべきです。

 たとえば火攻めなどはどのように火が向かうか、そして味方に燃え移らない場合はどのような時か、ということを知悉してこそ可能になります。そうでないうちはうかうかと火攻めをすることはできません。

 同じように、水攻めは大軍と呼応してこそ役に立ちます。上流から水の勢いに従って後ろを追いかけるように、軍の多くを出して攻めるのがポイントです。


 大切なのは、その性質を強く理解しておくこと。

 火は着火箇所を選ぶことはできますが、一度つけたらなかなか止まりません。

 水攻めは地形や堤防によってある程度のコントロールは可能ですし、流すにしても一瞬です。

 そうした性質を利用して、効果的な扱いを心がけるのが肝要です。


◇◇◇


 勝利した後を整えるのも重要です。

 ちゃんと功績をたたえて公平な報償を与え、あとは軍や占領地を治めるのに心を配りましょう。勝っても、報償を与えず、次の戦略の構築もしなければ、単に戦費を無駄遣いしたのと一緒です。

 将軍たる者は、「次」の戦いにそなえるのもその役割の一つです。

 乱れた軍を建て直し、次の戦場の有利不利を改めて分析し、危ないと思ったら占領地からてこでも動かない、もしくは攻められても大丈夫なように陣営をより強固にすべきです。

 もちろん君主(文官)もそれを汲み取って「次の戦いを、はよ次の戦いを」とせかしてはいけません。

 こと怒りに委せて戦うというのは愚の骨頂です。

 あくまでも情勢の有利不利、あらかじめ決めていた大義名分の通りに動くべき。

 感情というのは時間が経てば治まるものです。

 しかし一旦国が滅びると、それは取り返しがつきませんし、死んだ者も帰ってはきません。

 そもそも戦争は国を、人を保全して初めてその意義が立つのです。

 戦うなら慎重に、打って出るなら充分な勝算をもって。

 これが国を護り、軍をいたずらに費消しないコツです。


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