27.「孫子」第十一章・九地編/3
うまい戦い方というのは、連携が重要です。
孫子はこのたとえとして「率然の如し」という存在を持ち出しました。
率然とは、「急に動く」という意味でもありますが、ここでは空想上の(反応が著しく迅い)蛇のことを指します。一説には呉(蘇州)から遠く離れた北京付近の常山(河北省の山)にいる大蛇であるとも言われます。
「率然」は、非常に動きが巧みで、頭を叩けば尾がその相手に襲いかかって打ち倒します。また、尾を叩けば頭をもたげて襲いかかります。ちょうど真ん中を打っても、尾と頭の双方が即座に反応します。
よく孫子は「軍はこの率然の大蛇のようになれるか」と問われることがあったようですが、彼は「できる」と答えました。
そもそも、危難に遭っては、たとえかたき同士であっても、協力し合うものなのです。呉の国民にとって越は赦しがたいライバルではありますが、同じ船で遭難しかけたら、力を併せてことに当たることでしょう(※呉越同舟の語源)。
右手は左手の代わりにはならず、左手は右手の代わりになることはありませんが、両方の力を併せれば、片手でやるよりもはるかに多くのことができるのです。
「軍隊が一致する」と言うと、物理的な一致――車同士を鎖で繋ぎ、車輪を土に埋めて強力な陣地を作る――を思い浮かべる人も多いのではないでしょうか。
しかし、それではいざという時に動けず、再び動かす時に大変です。
また、敵がまともにその陣地へ当たってくれる保証もありません。
「固めた陣地」というのは、決して「不敗の場」とは言い切れないものなのです。
孫子の言いたい「軍隊の一致」とは、連携です。
作戦通りに動かす力、地形に合わせた動き、皆同じように決死の覚悟で戦える状況、をそれぞれ整えること。
そのためには、号令に合わせて一致した動きを見せることが大切ですし、地形に合わせた動きの周知も大切です。その上で彼らを死地――戦わなければ生き残れない状況――に追いやれば、彼らは生き残るために必死の思いで戦いますし、実際に生き残る可能性もきわめて高くなるのです。
◇◇◇
軍隊はどこに裏切者やスパイが潜んでいるか分かりません。
また、死地に関して先んじて察知して、そういう戦いを避ける者もいることでしょう。
そこで、将軍は余計なことは言わずに、ただ勝利を願い、兵士の無事を願い、身びいきをせずにいるべきです。余計なことを言うな、というのは、現場を大切にしないわけではなく、むしろ大切にしたいからこそ、ノイズを与えて惑わせたくない、という思いの表れです。
もちろん敵やスパイに、観測や探知の機会を与えてこちらの作戦が察知されない目的もあります。
作戦は状況に応じて(破綻しない程度に)切り替えて、駐屯地も固定せず、本陣本隊がどこへ行くかも、迂廻したりして、敵にも味方にも余計な情報を与えないようにすべきです。
しかして、軍隊に関しても余計な情報はなるべく与えず、ただただ指示に従って戦えば生き残れるようにする、というのが理想です。それはまるで高みに昇らせて梯子を取り外すようなもの。戻るに戻れず、進むしかないとなれば、人は自然と前に進みます。冷たいようですが、これも戦争に勝つための原則なのです。
それはまるで羊を動かす羊飼いや牧羊犬の如し。
羊自身は、後ろから突っつかれ前はただただ進むのみであり、たぶん自分がどこから連れられどこへ向かっているかは理解していないでしょう。
軍隊も一緒です。動員は、指示だけで良いのです。後退や退却や決戦は、おのずからそうなるように将軍が仕向けますから、兵士は余計なことを考えなくて済むのです。これは個人の有限なリソースをどう割り振るかの問題でもあるのです。
戦いとなれば、突然退路を断たれて目の前の兵士に武器を振るうしかなくなる状況へ追い込まれますが、そのように仕向けるのが、「将軍の本当の仕事」であると言い切ってもいいでしょう。
もちろん、将軍は兵士をいたずらに殺すことは絶対に避けなければいけません。ゆえに、地形の把握、「九地」に応じた軍の動かし方、また士気や疲労度と言った兵士箇々の要素には常に気を配るべきです。死地に投じても(疲労困憊だったり恐怖がなお勝ったりという状況で)戦えない、みたいなことはできるだけ避けて下さい。
あくまでも将軍と兵士がしっかりとその役割を果たすことが肝要です。
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