13.「孫子」第六章・虚実篇/2

 かつて「兵は詭道なり」と述べました。

 戦いは騙し合いの連続である、という意味です。


 相手の攪乱もその詭道の一類であるとは言えましょう。

 隙を突いた攻撃。神速の後退。油断させるような動き。あるいはこちらに罠があるぞと見せかけた足止め。

 そこにあるのは、相手の情報の把握と、こちらの情報の秘匿。

 相手の行動を充分観察してその機先を制し、自分たちは相手から意図を見抜かせないような、虚実ないまぜの、ひたすら幻惑した動きを見せねばなりません。


 もしもそれがうまく行けば、たとえ大軍相手でもこちらの対策にある程度兵を割かねばならず、軍を分裂させることができます。その分裂した軍に、こちらが兵力を集中させて10倍の敵で当たることができれば、常に多勢で無勢を叩ける理想的な形になります。

 こちらの動きが気取られてはいけません。

 自分たちが主戦場をスルーして別のとこへ行けば、彼らはどこで衝突すればいいのかを把握できないままになるでしょう。

 幻惑に次ぐ幻惑、攪乱に次ぐ攪乱。

 これを繰り返せば、相手は自分たちに対し、たとえ兵力において勝っていてもそなえを厚くせねばならず、そうすれば、相手の数の有利は少なくなります。


 そしてそなえを厚くすればどこかがおろそかになる。これも陣形の基本です。

 前を厚くすれば後ろが薄くなる。

 後ろを厚くしようとすれば前がおろそかになる。

 右に厚くすれば左は攻めやすくなる。

 左に兵力を集中させれば、今度は右から攻められる。

 全方向にそなえをすれば、今度は全方向において攻めやすい形になっていくでしょう。そうなればしめたもの、こちらはどこを攻めても数の有利を守れる、という寸法です。


 大事なのは、「ここで戦えば(戦争の基本として)負けぬ」状況を作り出すこと。

 これだけは口を酸っぱくして言い続ける、「孫子の兵法」の神髓です。

 ですから、こちらから攻めれば相手は対応しにくい、というのを先に見抜いて、そこへ一気に兵力を突っ込むこと。戦う場所をこちらの主導で常に決めてしまうことです。

 それが迅ければ迅いほど、相手は対応しにくくなります。

 「右が突然攻められた!」と言われても、左陣は咄嗟に駆け付けることは難しい。

 「左が突然攻められた!」と言われても、右陣は咄嗟に駆け付けることは難しい。

 いわんや前軍と後軍の関係をや、です。

 一つの陣でさえ、このようにどこどこが攻められたので、すぐに対応せよ、というのは難しいものなのです。ましてや(こちらの幻惑で)分裂させて別行動を取らせ、お互いの距離がキロ単位で離れた軍など、連携どころではないでしょう。


 大軍に当たる、というのは、すなわちそういうこと。

 大切なのは「多をもって少に当たる」という戦いの原則を貫くこと。

 相手を幻惑し、そなえの薄いところを作り出させ、その薄くなったところを突くこと。

 相手が多ければ攪乱して兵力を分散させること。

 そうすれば、(孫武のいる呉国のライバルの)越国がいくら強くても、勝つことは難しい。たとえ大軍を擁していても、決定的な勝利を奪うことあたわず、です。

 ひたすら幻惑と攪乱につとめ、虚実ないまぜの情報を敵に与え続け、マトモに戦えない状況を作り出すべし。それが孫子の述べたい部分です。


 ではどこが薄くて、どこが厚いか、ということですが。

 それはやはり、実際に試してみるほかありません。

 まずは目算ではかり、次に敵軍を刺戟してはかり、そして彼らの態勢を確認します。そして彼らの動ける・動けない地勢を知った上で、実際に戦ってどのくらい強いのかを試してみる。何でも机上の計算と判断で済ませられるほど、戦場は甘いものではないのです。

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