8.「孫子」第四章・軍形篇/1

 孫子は「自軍の勝てる状況の整備と、相手の油断を待つ」ことの重要さを説いています。

 すなわち、自軍の勝利条件とそのための準備は怠らない。

 その上で相手の出方を待って、その隙を突き、できるだけ「勝てる」という状況をひたすら待つのです。

 とは言うものの、どんなに防備を固めても、どんなに最新鋭の武器を揃えて、将軍に兵士に有能な人物を据えて、内外に精強な軍を整えたとしても、そもそも戦争の勝利というのは敵方の出方あってのことですから、どうしても状況の半分は向こうの方に頼るしかありません。

 「勝つのは難しくないが、100%はない」という言葉は、それを如実に表したものです。99%までは整えることはできても、最後の1%とか、あるいはもっと大きいかも知れませんが、もしかすると相手が自棄(やけ)になって無謀な戦いを繰り広げるかも知れない。その時の流れ矢などが自軍に損害を与えれば、「完全な勝利条件」は失われます。


 「負けない準備を整えた」というのは、防備を固めることです。

 一方で「勝てる準備を整えた」というのは、攻撃あってこそのことです。

 大切なのは、負けない準備と勝てる準備を同時に整えること。

 すなわち防備一体の行動、いわゆる「行軍や展開の大切さ」を知ることです。

 防備をいくら固めても、どこかに穴があればそこを突かれます。

 一方、勝てる準備とは、充分な余裕をもって行動することです。

 つまり、弱点の把握とその対策を行い、同時に余裕をもって戦う態勢を整える――これが「戦いに勝てる状況」の絶対条件であると、孫子は言います。


◇◇◇


 とは言っても、勝てる準備とはどうすればいいのか。

 孫子は、「誰にでも分かるようなパーフェクトな勝利は、最良では言えない」と述べています。そんなことができれば、誰も苦労はいらないからです。

 では立派な勝ち方さえすればいいのか。

 それさえも彼は「それも結果論、所詮は評価に左右されるシロモノであり、どうにでも変わる」と言っています(※そう直接言っているわけではないですが、意訳意訳)。


 軽い羽毛を持ち上げて力持ちだ、と褒めあげる人はいません。

 太陽や月が見えるから目が良い、と褒める人もいません。

 同様に「雷のとどろく音が聴こえるから耳が良い」などと言う人もいません。

 そんなのは「誰にでも分かること、できること」だからです(※2500年前の価値観です)。


 戦争上手と言える人のやることは、「勝てる準備は怠らない、勝って当然の状況は整える」、これだけです。

 ゆえに、彼らは派手な名誉もはっきりした武勇を示すこともありません。

 ただ、戦争に勝てる人、という評価があるのみです。

 本人にしてみても、「勝てる戦を勝った、既に負けている相手に勝った」だけの話であり、「何のことはない」のでしょう。

 そもそも、そういう人は相手の隙を逃しません。

 ここを突けば勝てる! というところをことごとく突いていきます。

 あるいはそれをして「不敗の人」と言うのかも知れませんが、勝つべきに勝ち、負けぬべきに負けない、というのはこのことを言うのでしょう。


 勝てる軍というのは、戦端を開く前から勝っています。

 負ける軍というのは、戦端を開いてから勝ちを摸索します。

 同じ戦端を開き、勝つにしても、順序が逆なのです。

 そして勝てる軍が、やはり勝っていきます。

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