六章二十一話:千日手
川村が一点を奪い返したことで、北雷は一度ローテーションを挟むことになった。
バックライトに川村、バックセンターに神嶋、バックレフトに能登、フロントレフトに野島、フロントセンターに涼、フロントライトに火野が配置される。
このローテーションの特徴は北雷ライト側に火力の高い選手が配置されること、同様に北雷ライト側に高さが集中することである。対する緋欧もレフト側に火力の高い選手、高さが集中している。双方似たような布陣になったところで、試合が再開された。
川村のサーブが堅志を狙う軌道を描く。このサーブは堅志が拾い、保多嘉にパスが渡った。それを待ち構えていたように片岡がトスを呼ぶ。
「保多嘉!」
保多嘉も一切の迷いを見せない。迷う理由がなかった。
片岡に相対するのは火野と涼の二枚ブロック。その二人を、片岡の容赦のない一撃が襲う。ストレートスパイクが二人の腕に叩き付けられ、涼が叫んだ。
「ワンタッチ!」
真後ろにいたのは川村だった。誰かと入れ替わる隙すら与えられず、スパイクを受ける。
「ミコト!」
野島にボールが渡った。
「神嶋!」
バックセンターの神嶋が大きく前方に出ていた。高い打点からスパイクが打ち込まれる。保多嘉と由利、片岡の三枚ブロックを打ち破り、一度堅志の手に触れてからボールがコートに落ちた。
神嶋が意地で一点奪ったことで、北雷の持ち点は二十二点となる。緋欧とは二点差をつけることに成功した。審判がホイッスルを鳴らし、能登と川村が代わる代わる神嶋の背中を叩いた。
「ナイスキー神嶋!」
「あと三点!」
一方で、野島と涼は冷静である。
「絶対にデュースにだけは持ち込ませたくないですね」
「サーブ権を手放さなきゃ多少は優位に立てる。今のシチュエーションで片岡がサーバーになったら、地獄を見るヨ」
二人の最大の関心事は緋欧バックライトの宗方と何かを話していた。互いに難しそうな顔をしているが、さすがに声までは届かない。
「マイナステンポで来られた場合だとこっちは対応できませんから、とりあえず普通のスパイクは全部押さえるしかないですね。ブロックで前の三人を使い切ってでも止める価値はあると思います」
「今は、上手いこと朱ちゃんが神嶋の兄貴を封じてくれることを祈るしかないネ」
試合再開のホイッスルが鳴った。
川村のサーブは、先程のものとは少し違った軌道を描く。堅志自身を狙うコースではなく、堅志の動線を塞ぐコース取りである。緋欧コートバックライト方面にボールが走った。そのコースから意図を理解した堅志は、それでもスパイクを受ける。
「保多嘉!」
パスを受けた保多嘉の指に違和感が走った。それでも反応している時間などない。真っ先に片岡が反応するが、その後ろで宗方が少し遅れて動く。
「二番あるぞ!」
「六番!」
北雷コートで人が動くのを保多嘉は横目で見ていた。片岡が跳び、それに合わせて北雷のブロックが跳ぶ。前衛三人を一極集中させた三枚ブロックである。北雷の対応を笑うように、片岡は何も持たない右腕を振り抜いた。直後、その後ろで跳んだ宗方がスパイクを叩き込む。ブロックに阻まれないスパイクはそのまま北雷コートの中央に着弾した。審判が緋欧の得点を認めてホイッスルを鳴らす。緋欧は二十一点目を手に入れた。北雷との点差は一点に縮まった。
「これは厳しいですね……」
二階観客席の迫水は、北雷のブレーン二人より難しい表情を見せていた。横にいる吟介が首を傾げて問う。
「厳しい、と言うと?」
「まず、次に緋欧のサーバーになるのは緋欧の二番です。それだけでもかなりしんどいですが、サーブ権を失ったのが痛手になります。バレーボールにおけるサーブ権は試合の主導権と言っても過言ではないと私は考えていますが、北雷はまさにその主導権を奪われてしまったわけです」
「北雷がここから巻き返すのは難しいですか」
「点数で言えば北雷の方が有利ですが、緋欧相手に一点差のアドバンテージは存在しないのと同じこと。元々総合力では北雷が劣る勝負です。そこだけ見れば北雷は不利と言い切っていいでしょう。しかし、ここで一つ見落としてはいけない要素があります」
突然迫水がスマートフォンを片手に握りしめて熱っぽく語り始めた。
「情報を集めたところ、これまで北雷は不利な勝負も勢いで押し切ってきたことが分かりました。もちろん勢い以外の要素もあるでしょうが、特筆すべきは相手のランク。三浦商業、秦野中央、三浦国際など、いずれも自分より格上の相手です。どの試合でも追い詰められる場面はあるものの、その場面を吹き飛ばし、相手を嘲笑うように勝利を掴んでしまう」
「なるほど」
「つまり!」
ここで声が大きくなる。妙なスイッチが入った解説者を見る吟介の目はどこか冷ややかだった。しかし夢中になっている方は気がつかない。
「北雷には格上の相手に勝てる地力があるということになります。しかし、それを引き出すには普通の試合展開ではダメなんです。格上の相手との試合で、かつ不利な場面を経験しなければならない。北雷の欠点ではあるでしょうが、これは非常に面白い特徴です。そして恐らく、北雷の選手達や監督はそのことに気がついていない」
「ならどうやってここまで勝ってきたんでしょうか」
「それは私にも分かりません。が、ちょうどタイムアウトを取ったようですね。どんな手段で対策するのか楽しみです」
喋るだけ喋って満足したらしい。吟介は迫水に先程から抱えていた疑問をぶつけた。
「ちなみにどうやってそんな情報を得たんです?」
「知り合いに高校バレーマニアがいましてね。ついさっきその存在を思い出したので連絡したんです。五年ぶりくらいに連絡を取ったんですが、挨拶もそこそこに情報だけ寄越してくれました」
世の中には一定数変な人間がいるものだと、吟介は半ば呆れる。一方で、迫水の言い分に納得いかない気分でもあった。自身の妹が、チームの特徴を理解していないはずはないと信じているからである。誰よりも自分のチームに向き合う姿を見ている吟介としては、そこだけが納得できない。顎を撫でたところで、タイムアウトが終了した。
タイムアウトが終了し、コートに戻った緋欧のメンバーはローテーションを済ませる。
バックライトに片岡、バックセンターに宗方、バックレフトに堅志、フロントレフトに織部、フロントセンターに由利、フロントライトに保多嘉が入った。前衛の高さは変わらないが、これまでと比べて火力が下がったような印象を受けるローテーションである。しかし、その部分は片岡がサーバーとなったことで帳消しにされている。
緋欧側の観客席ではけたたましくメガホンが打ち鳴らされていた。それを遮るようにホイッスルが鳴り、片岡のサーブで試合が始まる。開幕早々、片岡は川村を狙ったサーブを打ち込んだ。分かりやすく北雷の使える選択肢を潰しにかかる。意外なことに、川村はそのサーブを自ら受けに行った。川村がサーブを受けると二階にも聞こえるような音が聞こえる。それでも、野島に向かってパスが出た。
「綺麗に上げましたね。彼は守備専門ではないのに」
吟介が意外そうに溢した言葉に、迫水が反応する。
「エースはサーブで狙われるものと相場が決まっています。スパイクが上手いだけではその役を全うできないんですよ」
パスを受けた野島だったが、トスを上げられる相手は限られていた。彼が緋欧コートを観察している間にも着々と相手のブロックが動く。
「十二番、一番あるぞ!」
「三番!」
「ツー!」
飛び交う声から、選択肢をほぼ奪われていることを告げられる。だが、ここで折れる野島ではない。彼の手を離れたトスは、涼の右手に渡った。北雷ライト側にブロックが寄っているため、フロントセンターの涼の場所は若干手薄である。しかし、足の長いスパイクでは確実に拾われる。目の前に入り込んで来た堅志の姿を意識しながら、涼はスパイクを叩き込んだ。スパイクを追って堅志がコート前方に動く。それより先に、スパイクがアタックライン手前に落下した。審判がホイッスルを鳴らす。北雷の二十三点目を認める音であった。
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