2.ほのかの旋律2
彼女は天才だった。中学三年から高校一年の秋にかけて、彼女は事実そう呼ばれていた。
きっかけはコンクールで入賞し、著名な音楽家がそれに対して称賛のコメントをしたことだった。音楽家の言葉は有名な雑誌に載り、そこから彼女の評価は様々に変化した。テレビの取材が来たこともあったし、学校もそれをひとつの誇りとして周りにアピールした。彼女がヴァイオリンを弾いていると、それを見に来た学生で、一時期音楽室前の廊下は埋め尽くされた程だった。
けれど、彼女はその後、いくつかの賞を取ったが、ある時からばったり賞を取らなくなった。それが丁度、中学三年の冬から高校一年の夏にかけてだ。
高校でも半年ほどの間は、好奇の的として彼女は見られていた。だがやがて賞が取れなくなると、次第に侮蔑の的として視線を浴びることとなった。彼女の奏でる音色には一時期誰もが深い息をついて見せたのに、今では通り過ぎる生徒の誰もがくすくすと笑う。
彼女はいつもその度に演奏をやめて、少しだけ悲しそうな目で音楽室のドアの向こうを見つめ、唇を軽く尖らせた。
「なによ、誰も私の演奏なんてちゃんと聞いてなかった癖に」
彼女はいつも文句を言ってどうにか痛みをやり過ごしていた。僕はその文句の後に生まれる一瞬の空白や微かな憂いを帯びた眼差しが悲しすぎて、彼女の側にいた。
彼女が天才でなくなってからもずっと彼女の側にいたのは、僕だけだった。誰も彼女の側には寄らなかった。天才であった頃は遠巻きに見つめて、その後は逃げるようにして避けた。
二度目の夏。あるいは、中学から数えれば、五度目の夏。
僕だけが、それを彼女と分かち合うことが出来る。それは嬉しいことだし、素晴らしいことでもあった。彼女には悪いけれど、それは僕にとって本当に価値のある事実だった。
僕は、ほのかのことが好きだ。それは友達としてではなく、それを超えた先のカタチだった。
彼女なら僕のことをきっと分かってくれるだろうし、僕は彼女のことを誰よりも理解していたいと思っていた。理解なんて、仲が良くなるほど遠くなってしまうことのようにも思うけれど、それでも僕は彼女の様々なことを受け止めたいと思っていた。
そうして僕のことも、受け止めてもらいたい。自然に発生するその感情に振り回されて、今日までの時間を共に過ごしてきた。彼女と一緒にいればいるほど、惹かれていく自分があることに僕は気がついていた。
惹かれている。あるいは、引っ張られている。
彼女の中には僕と同じ何かがあって、それはN極とS極のように、僕をぎゅっと引き込む力だった。僕と彼女は性格なんて全然違うし、趣味や嗜好も違うけれど、それでも同じ何かが共鳴し合って、僕らを近づけている気がしていた。
嘘だと思うかもしれない。勘違いだとも思うかもしれない。でも根拠だって、ちゃんとある。
そう、僕らは同じだった。同じような境遇で育ち、同じような言葉を投げかけられて、僕らはこれまで生きてきたのだった。
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