15

――今更だが、この広いテーマパーク内は移動手段も多種多様で、バス電車船は勿論、空飛ぶ円盤や特殊な移動用魔物なんてのもある(居る)ので、そこは目的に合わせて利用していただきたい。


で、今僕らは――目的地まで歩くのも疲れるんで――途中見つけた人力車ならぬ【鮫力車さめりきしゃ】で移動中。


宙を泳ぐ不思議な鮫フライシャーク――世にはトルネードシャークだのゾンビシャークだのが居るらしいから飛ぶくらい不思議じゃないかも――がゴロゴロと引く荷車は揺れもなく快適で、時間さえあれば僕の代わりにガイドして回って貰いたいくらいだが、今は急ぎである。


車並みの速度の鮫力車のおかげですぐに目的地前に到着。

園で『一番大きい檻』だから分かりやすい。

今から見る魔物はとてもデリケートな存在だ。

写真撮影禁止、私語禁止、餌やり禁止。守れなければ命の保障は無い。

それでも、この怪物園一番人気。

理由はその『見た目』で。


「こんなに近いのにまだ檻の中の魔物さんが見えませんね……」

「中の人はシャイだから、特殊な磁場の揺らぎを発生させて遠くから見られないようにしてるんだ。間近なら見えるけど、そこに行くまでも入場、閲覧時間制限をかけるほどさ」


だからこそ、ここがテーマパークで一番の長蛇の列だ。

ま、勿論馬鹿真面目に並ぶつもりは無いけど。

やって来た僕らを受け付けの人が気付くや否や「今機嫌悪いですよ?」と確認してくるが「ヘーキヘーキ」と通して貰った。

機嫌の悪さは僕が原因だし、行ったら行ったで更に悪くなりそうだが別にいいや。


「今更ですが、中に居るのはどんな姿をしたお方なのです?」

「んー……まぁ龍湖的には『嫌な気分に』なるかもだけど……見てからのお楽しみっ」


そして、辿り着いた目的地。

ゲームのダンジョンでいうならラスボス部屋。


そこは檻、というよりは部屋だった。

スイートルーム。

バカ広いスペース、

高級カーペットと特注クソでかソファ、

食べ物ギッシリな業務用冷蔵庫とフルーツ盛り合わせ、

映画館並みのスクリーン。

部屋の壁全体が透明な強化特殊板で覆われて――窮屈にならないよう天井は開いて――おり、逆マジックミラーのようにあちらからはこちらが見えない仕様。

 そんなVIP待遇を、部屋の中心に居る主は受けて当然という太々しい態度で、身体を丸めて寝転がっていた。


「――綺麗」


僕には呆れる光景。

だが、初めて見る龍湖や一般客らには余程素晴らしいモノに見えるらしく、魂を抜かれたように惚けた顔。


傷一つなく透き通るような銀鱗、

一軒家ほどの威圧感タップリな巨躯、

逞しくスマートな両翼の――【ドラゴン】。


「こ、この方がこのテーマパークで一番偉いお方、なんですよね?」

「そ。【グラヴィ・ドラゴ・クイーン】。若い頃は魔王やってた悪の親玉で、プランテーションの創設者の一人で、全従業員の魔物(一部除く)の代表。

 まぁ今あんな感じにグータラだけど」

「で、でも、凄いオーラを感じますっ。存在感がすごいっ。龍湖程度の者が挨拶する事すら烏滸がましいですっ。そ、そう、まるで、一昨日初めて寵さんを『この目で』見たときのような衝撃っ」

「うーん、あの時のと今の僕は『別』というか……というか、大丈夫? アレ、君んとこにいた【ウミヘビ】の亜種みたいなもんよ? 見てて辛くない? 名前なんてったっけ」

「【りばいあ様】ですか? た、確かに似たオーラの雰囲気を感じますが……」

「ん、まぁハッキリと『超下位互換』なんてのは言い辛いよね」


 曲がりなりにも、龍湖の人生の【象徴】だっただけに。


「圧倒的存在という意味では、確かに『思い出してしまう』ので龍湖の身は竦みます。ですが不思議と恐怖や圧迫感は覚えません。寧ろ……何だか、寵さんと同種の『匂いとオーラ』を感じて安心するような……」

「うーん、僕はそんなにクサく無いような? (スンスン)」

「く、クサいって意味じゃないですっ、グラヴィ様もっ。……しかしこれで一つ得心が行きました。寵さんがあの時、『りばいあ様』を見ても落ち着いていたのは、普段からグラヴィ様を見ているから、だったのですね?」

「んー……別に目の前の【アラサーオオトカゲ】を見慣れてるから、ってわけじゃないけど……常日頃から周りに強い人に触れてるからってのはあながち間違いじゃないかもね。ん?」


――ふと。

      ムクリ   

     ドラゴンが顔を上げ、『僕を見た』。


「ふわっ!? こ、こっち見てませんかっ? 睨まれてるような……うるさくし過ぎて怒らせちゃいましたかねっ?」

「いや、あっち側には音も視線も匂いも完全シャットアウトだよ。ただ、まぁ、僕の存在には最初から気付いてるだろうね。ニートだの穀潰しだのアラサーだのの悪口(真実)には敏感なんだ」

「あわわわっ、ダメですよっ、どんどん顔が険しくなってますっ。いくら知り合いでも悪口はっ」


「いいのいいの。【息子】だし」


え?

龍湖は小さく息を漏らす。

「ぐ、グラヴィ様は……寵さんの……お母様、という事です? 若だの王子様だの呼ばれてるのも……?」

「そだよー、ドラゴンキッズだよー。まぁ僕はあんな姿になった事無いけど。なれるかもわかんない」

「な、ならば! 尚の事っ、寵さんにお世話になった件でご挨拶しなくてはっ」

「やー、今はやめといた方が。結構僕の事にはドライなママンだけど、僕が女連れてるの見ると不機嫌になったりもする我儘なおばさんだから」

「うっ……だ、だから今、グラヴィ様はこちらを睨んでおられるのでは……龍湖としては良好な関係を築きたいのに……」


とは言う彼女だが、ママンは良くも悪くも気心の知れた相手としか会話しないコミュ症だ。

僕の交友関係にも殆ど口を出さないので、ママンに挨拶だとか機嫌取りとかは不要。


「まー」


と。

 皆の意識がドラゴンに吸い寄せられていた隙を縫うように、【子供】。

一人の子供が、いつの間にやら『ドラゴンの巣に入り込んでいた』。

トテトテと小走りで部屋の主に駆け寄り、お気に入りのぬいぐるみを見つけたかのようにギュッと、大木のような尾に抱きつく。


「え――ええ!? ま、まずいですよ寵さんっ。お、女の子があそこにっ」


 他の客も気付いたようで、騒つき始める。


「そだね。でも気にしないでいいよ」


 僕と同じような落ち着いたノリで、ママンを担当する従業員も「問題ありませーん」と対応していた。


「そ、それはもしかして、グラヴィ様は子供全般には優しい、と?」

「や? 少しでも騒ぐ『よその』子供が目の前に居たら『キーキーうるさい!』って葬ろうとするよ」

「やっぱりあの子が危険です!」


 気にしないで良いっつってんのに、心配性め。

そんな周りの不安を煽るように、ママンは尾に引っ付いた子供をそのままヒョイと持ち上げる。

およそ一五メートルほどの高さにまで達した子供は、けれど泣くでも怯えるでもなくキャッキャと楽しそう。

そしてあろうことか、子供はパッと手を離し、尻尾を滑り台のようにコロコロと転がってって……バインッ! と付け根の出っ張りでジャンプ。


「キャ!」


 思わず目を瞑る龍湖。あの勢いのまま落ちれば大怪我は必至だろう。

『普通の』子供ならば。


 カプッ 


ママンはジャイロ回転する子供を容易く口で咥えて止め、そのまま手元に置いた。

 元気一杯で更に暴れようとする子供だが、ママンは抱え込むようして落ち着かせ……そのまま二人で眠りに落ちた。

同時に、ママンが張っていたピリピリな空気が収まる。


「え、ええっと……あの女の子は? あとで食べる予定のオヤツ、では無いですよね?」

「んー、【弟】? みたいなもんだね、僕の」

「おと……、……いえ、そうですね。寵さんを見れば、あんな可愛らしい男の子が居ても変ではないですね」


長い銀髪、整った顔立ち、漏れ出す愛されオーラ……うちの弟を初見で男の子だと看破した相手はそう居ない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る